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「ふう、こんな大仕事になるなら、エステル先輩にも手伝って貰えばよかったですね!」

 私を、私の頭部を両手で大事そうに抱えて、赤髪の少年がはにかむ。
 そう、今日のクエストは彼等にとって、大仕事だったに違いない。私ことライオネルの、バラバラになった五体を捜して集める……それは、未だ活動範囲が限られているとはいえ、広大なラグオルの大地では難儀だっただろうと私は思った。
 私の名はライオネル、アンドロイドのハンターだ。……ハンター、だった。先日のラグオル調査で原生動物を相手に不覚を取り、哀れ五体は四散……ん? 一つ足りない? いやいや、頭部を中心に四散したのだ、これで五つ。なるほど、貴方はなかなか細かいことが気になる性質のようだ。

「エステル? ああ、アイツな。あれだ、今日は……女だ」

 少年は不思議そうに小首を傾げた。
 この、妙な違和感は何だろう? 森中を駆け巡って、小川のせせらぎから私の右足を見つけ出してくれた、彼は非常に仕事熱心なハンターズなのだが。どこか、年頃の多感な特徴を感じない。この歳でまさか……いや、その可能性はないだろう。きっと、生まれ育った環境に問題があると私は分析する。
 それにしても、これが噂の……失礼、私達一部のハンターズにとって、彼等はちょっとした有名人なのだ。森でパイオニア1軍の秘密施設を発見し、そこに巣食う巨大なドラゴンと戦った勇者。私は今日、少しだがその実力の片鱗を垣間見た。

「女、って……やだなぁ、師匠。先輩はいつも女の子じゃないですか」
「……いや、いい。めんどくせぇ。気になったらお前さんの、先生とやらに聞いてくれや」

 無精髭の男が深い溜息をついて、やれやれと首を左右に振る。
 この男、ヨラシム=ビェールクトの腕は噂に違わぬものだった。私をばらばらにし、右腕を飲み込んでしまった巨大なヒルデベア。それを苦もなく、彼は一刀の元に斬り伏せたのだ。その太刀筋は我流のもので、私の様に正当剣術をインプットされた者よりも、鋭く、荒々しい。
 そう、つまり洞窟と呼ばれる新たな領域への、その扉を開いた者達は……程度の差こそあれ、強烈な個性と確かな実力、そして秘めたる潜在能力を持ち合わせているように感じる。それはリーダーのフォニュエールを欠いた状態でも、充分に伝わった。
 勿論、貴方の力も私にはよく解った。それに貴方の気持ちも。何故なら――

「二人とも、お喋りはそこまでです。ザナード君、その件に関しては後程、初歩からみっちりと」
「は、はあ……何だろう、先生が言うからには凄く大事なことなんですね!」
「いーからだーってろって。で? やっこさんは見つかりそうか? カゲツネ」

 大事な中心を欠いた私を、各々手に抱えて。三人のハンターズはぐるりと市場を見渡した。
 ここはパイオニア2の中でも、比較的下層に位置する巨大マーケット。ラグオルの異変を契機に、その全容は様変わりしていた。以前は総督府の指導の下、配給制に近い形で整然とチケットによるやり取りが行われていたが。今は、限られた物資が変動相場制で、直接メセタで売買されていた。
 いわば闇市場だと言ったのは、貴方だったかな?

「モノメ買うよ! モノメイト! 一個で80、十個なら1,000!」
「対アルダービースト用のフォトンあるよ! 銃も剣も、杖もあるよ〜!」
「ナウラ三姉妹の新作ケーキだ、ナマで拝んで驚きやがれっ! さあ買った買った!」
「これポプキンス、本当にこんな場所でフォトンドロップは見つかるのかね」
「間違いないよパパ! この間ボク、ここで買ったもの! 一つ800,000メセタだよっ」

 市場は人でごった返していた。
 売り手も買い手も皆、しきりに声を荒げて手で記号を編む。空中を粒子の文字が乱舞し、瞬く間に無数の取引が成立し、それに倍する数の設け話がフイになる。これでは、総督府も介入を諦める訳だ。
 しかし、実にいい……この活気は、虚無の宇宙を流離う中に、確かに息衝く人の生きる意志。私はそう思うが、貴方はどうかね? 職業柄、管理統制された空気よりも私は……おっと、そんな事を語らっている場合ではなかったのだ。

「さぁて、ザナードッ! こん中にいやがるぜ……どうやって見つけてやろうか」
「はいっ、師匠っ! ライオネルさん、発信源は近いですか? とりあえず一周しますので……」
「――見つけました」

 私の頭部と右腕から、両足が急速に離れてゆく。それが余りに唐突だったので、ザナードと呼ばれた少年は驚き、思わず私を落としそうになったくらいだ。
 貴方はここで私に、意外な一面を見せる。

「らっしゃい、らっしゃい! さあさ、安いよぉ! アンドロイドのボディパーツ、まだッガ!」
「その手ぇ放しな、この盗人野郎! ……さあ、お放しなさい」

 ガラン、と音を立てて、私の胴体が転がった。まだ繋がったままの左腕が、だらりと力なく横たわる。
 もっと丁寧に扱って欲しいのだが、私はその旨をハンターズの男達に伝えることができなかった。貴方が豹変したからだよ。森や洞窟での、冷静で紳士的な態度が、一瞬で殺意に包まれ姿を変える。

「っと、まぁ落ち着けやカゲツネ。人間ってな結構脆いんだからよ」
「先生っ、兎に角話を聞いてみましょうよ! 何か深い事情があるかもしれないですっ!」

 貴方は今、太い腕で一人のレイマーを掴み……その首筋を片手で締めつけながら、高々と吊るし上げている。自由な気風がウリの市場も、流石に騒然として視線が殺到する。それでも貴方はお構い無しに、口調だけは元通りに……怒りを納める気配を見せない。
 僅かに身を揺すって貴方は、小脇に抱えた私の両足を肩に掛けた。

「まま、まっ、待ってくれっ! わーった、わーったよ! 返す、返せばいいんだろ!?」
「……」
「ちょっと魔が差しただけなんだよ、フォトンリアクターが入ってっからよ。その、売れるな、って」
「…………」
「大丈夫だ、売るつもりだったから処置は完璧だぜ。くっつけりゃすぐに直る……そう、治るさ」
「………………貴方は、五体がバラバラになった経験がおありですか?」

 レイマーの男が手足をばたつかせるも、貴方の豪腕はピクリともしない。ただ静かに暗く光るメインカメラで、じっと睨みながら言葉を選ぶ。男は「は?」と、間の抜けた声を絞り出した。

「これからライオネル氏を工房に運び、バラバラになった身体を治療します」
「お、おう、そそそ、そうしてやんな……そ、その、悪かったよ。なあ?」
「何も今更、法だ人権だと問うつもりはありませんが。一つ、教えて差しあげたいと思いましてね」
「そいつはありがたいね、こんな事で移民局に突き出されちゃ敵わないからよ」
「身体が元に戻っても、バラバラになり売られた記憶は消えない……その"こんな事"をっ!」

 周囲を包むざわめきが、悲鳴へと変わった。貴方はもう片方の手を、フルパワーに震わせながらゆっくり男へ伸べたからだ。その意味が伝わり、酸欠気味の男の顔がさらに青白くなる。闇雲に振るわれる腕を、貴方はガッチリと掴んだ。

「カゲツネ先生っ! 駄目ですよっ、そんなことしたってライオネルさんは――」
「まあ待て、ザナード。おもしれぇ、少し教育してやれや……カゲツネ」

 私の右手で肩をトントンと叩きながら、ヨラシムはザナード少年を引き止めた。
 その時にはもう、男は泣き出して命乞いを始めている。それでも、貴方の手は緩む気配を見せない。

「まっ、待て待て、待ってくれ! 金か? なあ、アンタ等も金で雇われてんだろ? だったら――」
「同胞の痛みはプライスレスですよ、ミスター。さあ、先ずは……右手ですっ!」

 男は合えなく失禁して失神した。
 貴方はそこで初めて、メインカメラにゆっくりと柔らかな光を灯す。そのまま男を放した手で、私の転がる胴体を丁重に拾い上げた。肩には私の両足を掛けたままで。
 周囲の野次馬はやがて、事態が集束したと知るや……それぞれ各々に、自らの利益を得る為の時間に戻っていった。そんな市場の背景へと溶け込み、私は身体の全てを取り戻したのだった。

「ああ、びっくりした。先生、何だかすっごく怖かったです。まるで――」
「ま、誰だって腹に据えかねるか。とりあえずアレだ、早いとこくっ付けちまおうぜ」

 貴方は仲間達に振り返ると、私の身体の大半を一人で抱えて歩き出した。
 こうして私は工房に運び込まれ、無事に五体満足な身体で彼等に報酬を払うことが出来た。本当にありがたい……そう、感謝の念を感じる、これは私の心からの気持ちだ。それは貴方もそうなのだろう? あの時見せた怒りや殺意、それはヒューマンやニューマンと変わらぬものだと私は信じている。
 こうして私ことライオネルは、五体バラバラになった挙句に、コアであるフォトンリアクターを納めた胴体を売り払われそうになるという、前代未聞な体験をすることになった。貴方は後に、可愛い赤毛の生徒に語ることになるだろう。たとえ鋼の肉体を持ち、生殖機能がなく、個体数を管理されているとはいえ……私達アンドロイドが、種族として認められた人間であるということを。
 もっとも、ザナード少年はもう解っていそうなのだが、それは私の思い込みであろう。

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