《前へ 戻る TEXT表示 | PSO CHRONICLEへ | 次へ》

 激震に船は揺れた。大きく傾き沈みかける。
 それはあたかも、ほの暗い水の底へと、引きずりこもうとしているかのようにエステルには思えた。だが、眼前の巨大なワームに知性は感じられない。ただ本能が命じるままに、獰猛な闘争心で牙を剥いてくる。船体は既にひび割れて浸水していた。

「上がってきやがったな……俺ぁ大概のモンにゃー驚かないけどよ。こいつぁ」
「明らかに原生動物ではありませんね。恐らくこれが、パイオニア1の秘密でしょうか?」
「師匠、先生っ! 今はそんなことっ、言ってるぅ、場合じゃあっ!」

 激流が飛沫を上げる、その中心へと仲間達が駆けてゆく。否、既に急斜面と化した甲板上を滑り降りてゆく。その先頭に立つヨラシムを追い越し、果敢にもザナードがセイバーを振りかぶった。粒子の刃が甲殻上で弾けて霧散し、ニノ太刀、三ノ太刀を虚しく拡散させる。
 無駄と知るやザナードは、飛び退きながら片手で印を結ぶ。ザルア、実行。

「っしゃあ、せぇ、のぉ! っと、流石に硬ぇな! エステル、もっとレベルの高いのよこせや!」
「言われなくても! ジェルンだって! ザナード君は回復っ」

 我に返ったエステルの脳裏を、稲妻のように術式が駆け巡る。即座に印を結んでかざした手は、ザナードよりもより強い力でザルアを実行した。対象となった巨大ワームの表層部で、甲殻を織り成す分子の結合が弱まってゆく。同時に畳み掛けるようにジェルンを放ったところで、エステルはクラインポケットをまさぐる。
 フルイドの量が心許なかったが、余力を持って対処できる事態ではなかった。
 むしろ、死力を尽くしてさえ、乗り切れるかどうか……不安が胸中に立ち込める。

「ヨラシム、奴が退きます……ほう、これは身軽な」

 僅かに傾斜が回復して、船体から巨大ワームが離れる。その身は一瞬水中へと没したかと思うや、水柱を立てて宙を舞った。頭上を横切る巨躯の、その禍々しさに思わずエステルは息を飲んだ。同時にスコールのように水が降り注いで、全身がずぶ濡れになる。
 寒気に肩が震えるのは、ハンターズスーツの体温調節機能がきいていないだけではない。

「こいつはなかなかハデなジェットコースターだな! ええ、おい?」
「流石師匠、余裕ですね」
「馬ぁ鹿、誰のせいでこんな……俺はいい、自前で何とかすらぁ。カゲツネを頼む」
「はいっ! カゲツネ先生、ここは僕がレスタを――」

 激闘の間隙を縫って体勢を整える、その僅かな時間も敵は与えてくれなかった。
 エステル達は散り散りに、水浸しの甲板上を転げ回る。高熱の光弾が幾度と無く放たれ、その一発が身を掠めれば、ハンターズスーツが音を立てて蒸発した。フォトン科学文明の粋を凝らした、あらゆる攻撃に強いとされるハンターズスーツ……それも異形の前では薄布に等しい。

「フレームのアップデート、しとくんだったわ……ん? やだ、何これ」

 身を投げ出して這い蹲り、攻撃をやり過ごすや飛び起きたエステルの前に……円筒状の物体が鎮座していた。

「こっちもです、先輩っ! これは――」
「どう見たって妖しいだろ、ブチ壊せっ! ほっときゃヤベェ!」
「ではヨラシムの勘に従いましょう。熱源反応からして、恐らく生体爆薬の類と見るのが妥当かと」

 悠々と並んで泳ぐワームと、同じ甲殻に包まれた謎の筒。それが今、不気味な明滅を繰り返しながらリミットを刻んでいる。四人は同時に、目の前にある爆弾の処理に忙殺された。
 エステルが見た限り、船体に設置された爆弾の数は五つ……焦る気持ちに不意に、機転が巡ってチャンスを訴える。エステルはひらめきに身を委ねた。
 ついぞ出番の無かったオートガンをクラインポケットから引っ張り出すや、両手で銃把を握って狙いを定める。エステルは慣れた手つきでフォトンドライブの粒圧が下がりきるまで、銃爪を搾り続ける。同時に銃身を通して、エステルに僅かずつ精神力が漲ってきた。

「ザナード! お前は目の前の奴を処理しろ、こっちは終った! 真ん中は俺がっ!」
「こっちも終わりです、それでは……援護しますよ、ヨラシム」

 ヨラシムが大剣を放るや、ダガーを両手に地を蹴った。あの面倒臭がりやに、ダガーを使わせる……そうでもしないと、対処できない事態の連続にエステルは唸った。同時に目の前で、煙を上げて爆弾が沈黙する。残るは一つ――エステルはマインドオートガンが回復させた僅かな精神力を、総動員して術式を瞼の裏に追いかける。

「熱量増大! ヨラシム、危険です!」
「さっさと壊れろ、畜生がっ! ダガーは久々なんでちょいと手こずるぜ」
「下がって、ヨラシムッ! これでぇっ――」

 プラズマが弾けて雷光が迸る。狭い排水道を煌々と照らして、巨大な稲光が炸裂した。初級テクニックといえども、術者の精神力とレベル次第では、強力な一撃となる。が……

「熱量さらに増大、全員伏せて下さい! これは間に合いません」
「くそっ、ザナード! こっちに来――ザナァァァドッ!」

 未だ異形の生体爆弾は、点滅する光を早めて時を刻んでいた。その爆発寸前を思わせる鼓動に、ザナードが単身斬りかかる。手にするセイバーを放るや、彼はクラインポケットから新たな一振りを取り出した。青いフォトンが唸りをあげて、それが刃を形成するや撓って空気を裂く。
 ジッ! と微かに焼き切れる音を立てて、最後の爆弾が沈黙した。

「あんの馬鹿野郎っ! ったく……しかしあのブランド、よく起動できたな」
「マグの補正でしょうね。随分とよく調べて、最近はハンター寄りに育ててましたから」
「それはいいけど……まあ、結論は生き延びれたらよ。もし生き延びれたら……」

 額の汗を拭って振り向く、ザナードの安堵の笑みに三人は複雑な表情を浮かべた。
 この時もう、エステルは決めていた。もし生き残れたら――

「あっ! 先輩、光です! 外ですよ、外っ!」

 仲間達の危惧にも気付かぬ様子で、ザナードは流れの行き着く先を指差した。遥か遠くに、小さな光点がある。船は今、大きく傾き右に左にと揺られながら……確実にそこへと吸い込まれつつあった。既に船体は限界で、嵐の中を舞う木の葉の様に上下左右に揺れ動く。その中心でエステルは、仲間と身を寄せ合って周囲を警戒した。
 取り分け、ザナードに気を配る。もう無茶はさせない……許さない。その無謀とさえ言える蛮勇が、どこか危なっかしい。

「……馬鹿みたい、どうかしてる」
「何かいいましたか? 先輩。いやぁ、一時はどうなるかと思いましたけど、何とか外に――」
「安心するのは早ぇみたいだぜ? やっこさん、とんでもないことしやがる」
「どうりで水面が静かな筈です。……来ますよ」

 大質量が金属を削り、岩盤を食い荒らす音が近付いて来る。同時に、ぼんやりと灯るフォトンの明かりが点滅し……やがて完全に消え失せた。エステルは仲間達が手にする武器の、ほんの僅かな光に目を凝らした。
 上流の方から、何かが近付いて来る。それは流れに乗ってではない……自らの身体をくねらせ、天井を這っていた。

「ザナード君、レスタッ! 兎に角レスタ、絶やさないでっ!」

 排水道全体がまるで生き物のように、激しく揺れて蠢いた。その中を流されるエステル達を、巨大ワームの抉る天井が崩落して襲う。気休めにデバンドを再実行して仲間を守ると、エステルもザナードに並んでレスタを走らせ続けた。
 土砂と岩盤、金属片が絶え間なく降り注ぐ中……頭上を巨大な殺気が通過する。その永遠にも感じられる一瞬が通り過ぎ、隣でカゲツネが岩石を受け止め悲鳴を噛み殺すのを聞いたところで……沈没寸前の船体は光の中へと飛び出した。
 光に覆われた視界が回復すると……気付けば船は、先程の激闘が嘘の様に静寂に包まれていた。振り向けば奈落の深遠にも等しい暗い穴が、どんどん遠ざかってゆく。静かにただ、船は沈みながら巨大な湖の上を滑っていた。
 遥か遠く、倉庫然とした建造物が並ぶ小規模な港湾施設の向こうに……小さくセントラルドームが見えた。

《前へ 戻る TEXT表示 | PSO CHRONICLEへ | 次へ》