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 薄暗い遺跡を煌々と照らして、紅蓮の炎蛇が宙を舞う。ザナードの放った渾身のギフォイエは、焔の螺旋となってフロアを荒れ狂った。低くくぐもるような断末魔と共に、ディメニアンと呼ばれる個体が次々と霧散してゆく。
 集束する爆炎と轟音の中、ザナードは己の携帯端末にデータが堆積して行くのを確認した。
 今日のクエストは、D型亜生体と呼ばれるダークエネミーのデータ収集。それも――

「ザナードさん、お疲れ様ですぅ。これでディメニアンのデータは揃いましたぁ」

 依頼主であるモンタギュー博士の助手、エルノアと二人きりで。

「じゃ、じゃあ先に進みましょうか! ええと、あと必要なのは……」

 華奢な身に不釣合いなフォトンランチャーをガチャガチャ言わせて、エルノアが小走りにザナードに駆け寄ってくる。向けられる笑顔は無邪気で、こんな場所でさえザナードには華やいで見えた。だから自然と、寄り添い立っているだけで頬が熱くなる。
 エルノアはそんなザナードを不思議そうに覗き込み、まるで人間の様に柔らかな表情で微笑むのだった。

「もう、だいたいいいと思うんですけどぉ……えっと、後は」
「と、とりあえずもう少し、奥の方も見ておきましょうか?」
「はい! ええと、ザナードさんはこの奥は……」
「あ、いやっ、は、初めてです、けど……大丈夫ですよ! きっと、多分」

 精一杯の虚勢を張ってみせるザナード。その真意が見えているのかいないのか、エルノアは少し不安げに表情をかげらせたが、次の瞬間には笑顔で同意に頷いた。薄闇にぱっと花が咲いたようで、ザナードの足取りが意気揚々と弾む。

「でも、モンタギュー博士はこんなデータをどうするつもりなんだろう」
「あ、博士はああ見えて、武器工でもあるんです、それで実は……」
「ええっ!? エネミーの身体の一部で、武器を作るぅ!?」
「……や、やっぱり驚きますよね。なかなか皆さん、信じてくれないんですぅ」

 そう言えば確かに、ギルドカウンターでモンタギュー博士は、そんなことを言っていたような気がする。ザナードは記憶のかすかな糸を辿りながらも、用心深く遺跡を奥へと進んだ。後に続くエルノアの声を、息遣いを妙に意識しながら。
 今日、依頼主がモンタギュー博士と聞いて、我先にとクエストを受注した。もしかしたら――ザナード少年の希望は叶った。知らずに気付けば、エルノアとの再会を心待ちにしていた。それは彼女が、唯一の同年代の友人だったからかもしれない。
 今のザナードには、自分に芽生えた想いがまだ、友情としか認知できなかったが。

「師匠や先生は喜びそうだなあ……あの人達、強けりゃ得物を気にしなさそうだし」
「ザナードさんは何か、こだわりとかあるんですかぁ?」
「ぼ、僕ですか!? 僕はまぁ……その、一応フォースなんで。使える物も限りがあるし」

 エネミーが群生する一角の手前で、身を互いに潜めて声音を落としながら。ザナードは妙にどぎまぎと、背中に密着してくるエルノアの体温を感じていた。キャストなのにじんわり温かいのは、激しい戦闘で発生した余剰エネルギーを廃熱しているから。
 ザナードは雑談もそこそこに、セオリー通りシフタとデバンドを連続で実行。改めて補助系のテクニックを準備しつつ、剣を構える。低周波を響かせ、粒子の刃が発振されるや、二人は無言で頷き合って駆け出した。
 すぐさま敵意が満ちて伝播し、肌を泡立たせる。
 ディメニアンの亜種らしき赤いダークエネミーが、一斉にこちらへ向き直った。

「先制しますっ! エルノアさん、フォローをっ!」
「了解ですっ!」

 振り下ろされる敵の手は、それ自体が鋭利な刃を形成している。まるで首狩りの鎌のよう。その斬撃をかいくぐり、ザナードは擦れ違いざまに次々と斬りつけ、払い抜けてゆく。手にする剣はマグの助けもあって、今やパープルフォトンのバスター、それもエレメント付きの高級品だった。だが――

「――浅いっ! ダメだ、弾いた奴もいるっ!」

 急いでバスターの装備条件を満たすため、ザナードのマグはナラカまで成長していた。しかしパワーを重視するあまり、他のパラメーターがあまり育ってはいない。テクニックの威力を増幅する精神力はおろか、攻撃の命中精度を上げる集中力も補ってはくれなかった。
 その結果、致命打を避けたエネミーが振り返り、離脱の構えを取るザナードに追い縋る。
 斬られた傷口から紫の靄を噴出し、それでも構わず迫る無機質な殺意に、ザナードは凍えた。

「ザナードさんっ、伏せてくださいっ!」

 エルノアの声に反射的に、ザナードは身を屈める。宙に置き去りにされた帽子を慌てて掴んで、再度身を沈めたその瞬間。今まで自分がいた場所を、光の奔流が通り抜けた。それは、居並ぶエネミー達を貫通し、遺跡の奥へと消えてゆく。
 ザナードを追っていたディメニアンの亜種は、揃ってフォトンランチャーの射線上に紫の染みとなって果てた。

「大丈夫ですかぁ? ザナードさん」
「え、ええ……やっぱ師匠みたいに上手くいかないもんだな」
「ザナードさんはフォースさんなんですから、無理に剣で戦わなくてもぉ」
「やっぱそう思います? はぁ、器用貧乏なんだよなぁ……コイツも変に尖がっちゃったし」

 身を起こしたザナードは、自分の隣に浮遊するマグを掴まえ、コツンと軽く叩く。
 ザナードのナラカは抗議するように身震いして、解放してやればエルノアへと飛び去った。

「パワーを上げたんですね、ザナードさんはこの子の」
「だってフルイドは自分で使うし……それに、もっといい剣が持ちたくて」
「大丈夫ですよぉ、この子にはまだまだ、成長の余地がありますから」
「……そゆのって、解るものなんですか?」
「はいっ! だって私はマグのことならなんでも解――」

 エルノアの言葉尻が掻き消され、代って爆音にフロアは満たされた。
 咄嗟にザナードはエルノアを庇って地に突っ伏す。冷たい床から面をあげれば、暗闇の中にゆらめく陽炎が一つ。それは人の形を模して宙をたゆたい、再度強烈なラフォイエを放った。
 身を焼く爆風に歯軋りしながらも、転げ回るザナード。その手の中で更に熱いのは、エルノア。

「あれは……エネミーがテクニックを!? とっ、兎に角! 大丈夫ですか、エルノアさ――」
《メインシステム、ダウン……機能保全を最優先。マザー、フェイズ3実行》

 それは、いつものエルノアの声ではなかった。同時に、いつか聞いた声でもあった。
 ザナードの手の内をするりと抜け出るや、立ち上がるエルノアがフォトンランチャーを軽々と肩に担ぐ。新手のエネミーは消えては遠ざかり、現れては近付きテクニックを浴びせてくる。
 ザナードが慌てて膝に手を付き身を起こしたのは、エネミーの左右に浮く謎の結晶体が片方弾けたのと同時だった。エルノアが、撃った。エルノアの中にひそむ何かが、トリガーを引かせた。

「エルノア、さん?」
《敵戦力の半減を確認……メインシステム、意識を回復「》あ、あれ? 私今何を……?」

 強張るエルノアの身体から、一瞬にして緊張感が消え去った。同時に、いつものエルノアが不思議そうにザナードを振り返る。
 だが、安堵している余裕はなかった。

「そうか、あれが……エルノアさんっ、もう片方をっ!」
「え? あ、はいっ! ええと」

 まるで別人のようだった、先程とはうって変わって。エルノアはもたもたと再度フォトンランチャーを担いで構える。その横からザナードは、迷いと疑念を振り払うように駆け出した。
 再び現出したエネミーの、もう片方で小さな炎が爆ぜる。残った最後の結晶体を砕かれた、その間隙を衝いてザナードは肉薄するや、フォトンが唸るバスターを全力で振りあげた。
 耳障りな残響を響かせ、新種のエネミーは宙へと掻き消えた。

「ふう……でもさっきのは。前にも確か……エルノアさんっ!」
「は、はいっ! ……良かった、お怪我はないみたいですぅ」
「……いつもの、エルノアさん、だよなあ」
「ザナードさん? どうしました? 私、何かおかしなことでも」

 ザナードは唖然と、いつもの笑顔で駆け寄ってくるエルノアを迎えた。
 その身は触れれば、以前の温かさとは別種の……肌を焼くような熱さがあった。

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