アイオリスの町を包む、奇妙な興奮の熱気。
皆、一人の男を信じて集い、負け続けながら戦っている。
冒険者たちは誰もが等しく、世界樹の最後の試練に挑戦し続けていた。
バノウニも今、自分にできることをコツコツとこなしている。ニカノールたちは夕暮れ時に、人目を忍ぶようにして出ていった。
人々の未来を背負って、明日を切り開くのは大変だと思う。
でも、あの気弱でほがらかな青年を、気付けばバノウニは信じていた。
「おう、バノウニ。薬、足りてっかよ」
「ちょっと心もとないね。午後にもう一度、採取に行こうか」
「なら、この階層の、こことここ、あと採掘にここも寄ってくか」
「メンツ、集まるかな。冒険者ギルドに最初に顔を出そう」
地図を広げるアーケンと、軽く予定を打ち合わせる。その間ずっと、バノウニは薬品類を仕分けしていた。アムリタがもうすぐ底をつくが、これはなかなか補充の難しい薬品だ。
逆に、目減りしているメディカ系は、これは地道な
バノウニたちでは、最前線で戦うことは難しい。
誰も言わないが、自分たちが脚を引っ張ることは目に見えていた。
「よし、だいたいこんなもんかな。さて……あれ? カズハルは?」
「おう、そういや……ああ、いたいた。なにやってんだ、あいつは」
ジェネッタの宿の食堂を見渡せば、隅のテーブルでカズハルが工具を手に取っている。
彼も
そのカズハルに歩み寄れば……なんとも
「あっ、バノウニ。アーケンも、ちーっす! カズハルは今、美少女
「自分で言っちゃうかなあ……ちょっと待ってて、二人共。これ、やっつけちゃうから」
「あっ、そこ、その奥のあたりに、ギャハハ! ちょ、カズハル、マジでそこが」
「はいはい、っと……ああ、ここのギアを交換かな。この精度の部品だと、街の
「それは、つまり?」
「しばらくお留守番だね、ポン子」
どうやらカズハルは、ポン子のメンテナンスをしているらしい。一応、開発に携わった一人らしいから、どうしても断りきれなかったのだろう。
そのポン子だが、背中のメンテハッチをおっぴろげたまま……カードを手にしている。
デフィールやクラックス、シャナリアと一緒にポーカーをしているのだ。そう、伝説級の冒険者と言われる者たちは、何故か今回の戦いに関わろうとしない。
その意味を教えてくれた老人が、フムと唸って立ち上がった。
「そろそろ、だな」
そう言ってカードをテーブルに投げ出すのは、コッペペだ。
どういう訳か、妙に訳知り顔である。
彼は一同を見渡し、立ち上がった。
「オイラの
「あらやだ、もうそんなに経つかしら?」
意外そうな顔をしたのは、デフィールだ。シャナリアもクラックスも、そういえばと顔を見合わせる。どうやら彼らのポーカーは終わりのようだ。
なにが起こってるのか、バノウニにはさっぱりわからない。
だが、ポン子がふむふむと唸って立ち上がる。
カズハルに背中のメンテハッチを閉じてもらうと彼女は張り切って身を乗り出した。
「えー、では精算を……コッペペさん、わたしに150エンです!」
あ、お金を賭けてたのか……意外といえば意外で、当然といえば当然だった。
そして、あんなにドヤ顔なのに、コッペペは酷く負けがこんでいる。
「あら、じゃあ私には、ひい、ふう、みいときて、400エンね」
「シャナリア、馬鹿勝ちじゃなくて? あ、私もコッペペから200エン」
「ごめんね、コッペペ。僕もキリのいいとこで200エンでいいや」
シャナリアに続いて、デフィールとクラックスも手を出す。
ぐぬぬ、とコッペペはたじろいだ。
ボロ負けもいいところで、長々とやってただけあって結構な金額だ。そう、この人たちは何故か、戦いにもその手伝いにも加わらなかった。
そんな彼らが戦えば、もっと楽に勝負は片付いたかもしれない。だが、人類への試練とやらを、彼らは若者へと譲った。伝説の聖騎士も
そして、それももう終わりらしい。
「おいおい、オイラそんなに負けてたかい? タハハ、しょうがねえなあ」
渋々コッペペが
ドタバタと玄関のほうが慌ただしくなって、その足音は食堂までやってくる。
何故か突然、バノウニは胸の奥に奇妙な興奮を感じた。
やってきたのは、ささめとハヤタロウだ。二人の間を交互に、八の字を描くようにして猟犬が走り回っている。
珍しくあのささめが、歓喜の表情も
「みなさま、さきほどハヤタロウが! ニカさまたちが、ニカさまたちが」
「やったんですよ、ニカさんたち! 勝ったんです! 今、世界樹の中継地点から飛んできました。みんな、無事です……ノァンさんも、ワーシャさんも!」
まさしく吉報だった。
それで全員が、慌ててコッペペに振り返る。
注目を浴びた老人は、しめたとばかりに財布をしまい込んだ。
「言っただろう? 勘だよ、勘。さあ、酒と料理の準備だ! オイラたちで英雄を迎えてやろうぜ!」
もう、戦いの準備は必要なくなった。
食堂のあちこちで、歓声があがる。
どこか悲壮感が漂っていた雰囲気が、あっという間に
ようやく実感が満ちてきて、バノウニは隣のアーケンを見上げた。
アーケンも大きく頷くと、バシン! と背中を叩いてくる。
「うっし、俺はイオンさんと
「えー、なんか結構絶望的な顔してたけど?」
「そ、そりゃあ、その、あれだ。……アイテム管理は眠くなるだろ」
「まあね」
留守番組が忙しくなるのは、どうやらこれからのようだ。
すぐにデフィールが仕切りだして、皆が四方に散ってゆく。待ちに待った一報に、どうやらポーカーの勝敗など吹っ飛んでしまったようだ。
バノウニもなんだか、ホッとして脱力してしまった。
だが、すぐに気合を入れ直す。
「よし、じゃあ俺も……って、コッペペさん? な、なにを――!?」
不意にガシリと、コッペペが肩を組んできた。その手には、自慢のリュートが握られている。彼はニッカリと笑うと、
「よぉ、バノウニ……
「だっ! いや、でも、俺なんかが」
「なに、若いのがやってのけたんだ。それを歌ってやるのも若い奴じゃなきゃな」
「そう、ですか?」
まだ、自分の声には自信がない。
それでも、日々の冒険や日常のアレコレを、バノウニは少しずつ歌にしてきた。強くはないけど頼れる仲間と、最前線ではないけどギルドを支える大切な仕事。その日々が彼を、以前より少しだけたくましくしたかもしれない。
「ギッ、ギターを取ってきます! それと、あの! コッペペさん!」
「ああ、いいのいいの。オイラはいいの。今夜はお前さんの横で、お前さんに合わせてコイツを
「は、はいっ!」
急いでバノウニは自分の部屋に向かった。
今この瞬間にもう、新たなる勇者の伝説は生まれ続けているのだった。