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 新宿へとトゥリフィリ達が戻った頃には、(すで)に日は暮れかかっていた。
 太陽の最後の残滓(ざんし)が、町並みを茜色(カーマイン)に染めている。
 人の息遣いが絶えた東京は、燃える夕日にさらされて(なお)も寒々しい。
 トゥリフィリがそう思っていた、その時だった。

「……私は帰る。お前達も、あまり都庁から出るな」

 都庁を目前にして、キリコは突然(きびす)を返す。
 彼女はそのままトンと路面を蹴って、軽々と信号機の上へと飛び上がった。まだまだ冷たい風を受けながら、キリコは肩越しに一度だけ振り返る。
 そんなセーラー服姿を見上げて、トゥリフィリは声を張り上げた。

「ちょ、ちょっと! ねえ! ……帰るって、どこにさ!」
「私が拠点として使っているところだ」
「拠点? 都庁の他にも人が集まってる場所があるの?」
「……そんな場所なんかない。雨風がしのげれば充分だ。じゃ」
「じゃ、って……一緒に都庁においでよ、キリちゃん!」

 その時、再度跳躍して去ろうとしたキリコは……ずっこけた。
 既に光を失った信号機の上で、彼女は危うく落ちそうになってから振り返る。

「キッ、キリちゃん!? おいっ、お前!」
「トゥリフィリだよ。みんな、フィーって呼ぶみたい」
「あ、ああ。いや、そんなことはどうでもいいっ! キリちゃんってなんだ!」
「いやあ、だって……キリちゃんは、サキさんじゃないんでしょう?」
「……サキは、先代は……俺の……私のっ、姉だ!」
「姉妹? なんだ」
「フン! もういい、私はもう行く! お前達もせいぜい気をつけろ! マモノもドラゴンもまだまだ沢山いるからな。当面は都庁の避難民防衛を最優先しろ」
「あ、うん。帰っちゃうんだ。そっか……ま、お疲れ様。ありがとね、キリちゃん」
「……変な女。じゃ、じゃあな!」

 キリコは迫る夕闇の中へと去った。
 二度三度と()ぶ内に、その姿は全く見えなくなった。
 その背を見送っていると、隣のナガミツが不平を()らす。

「……班長。奴は不躾(ぶしつけ)で無礼だ。今度、 () () () ()
「シメる、って……ナガミツちゃん、どこでそんな言葉覚えたの」
「キジトラの漫画で学習した。シメる、つまり物理的な打撃による教育のことだ」
「ちょっと違うよ、ってか殴ったら教育じゃないって。でも……」

 トゥリフィリは長い長い影を引きずるナガミツを見上げる。
 ナガミツは「あ?」とトゥリフィリを見下ろし首を(かし)げた。

「班長……俺がなにか?」
「や、別に。ただ、キリちゃんはぼくのことを悪く言った訳じゃないからね?」
「班長がそう言うなら」
「うん。そういうことにしといて」
「了解」
「ふふ、よしよし」

 どこか満足に思えてトゥリフィリは大きく(うなず)く。
 人の気配が近付いてきたのは、そんな時だった。
 そして、振り向いたトゥリフィリは仰天(ぎょうてん)してしまう。
 その少年は……最近聞き慣れた声音で二人に話しかけてきた。

「よ、一式! 今、戻りか? 都庁に帰るなら少し時間をずらしたほうがいいぜ」
「え? あ、あれ? この声……ええええーっ!?」

 思わずトゥリフィリはあられもない声をあげてしまった。
 振り返るとそこには、隣のナガミツと同じ顔がいる。服装こそ違ってパーカー姿だが、フードの奥には間違いなくナガミツの無機質な無表情があった。
 だが、不思議とナガミツよりは言葉遣いや些細な表情の変化が柔らかい。
 そして、自分と同じ顔を見てナガミツは全く驚かなかった。

「二式カネミツ、か」
「おう、俺だ。ところで……そっちの班長さんには言ってなかったのか?」
「現時点で情報の開示に必要は感じなかった。混乱するからな」
「……今、まさに今……混乱してるみたいだけどよ」

 同じ顔を並べた二人が、同じ声音で喋る。
 だが、聴き比べると僅かに違うし、服装や態度を見なくてもトゥリフィリには感じられた。最近いつも一緒のナガミツは、いわゆるロボット……人型戦闘機だ。だから同じタイプの別個体がいてもおかしくないが、不思議とトゥリフィリにはナガミツが見分けられる気がする。
 ようやく呼吸を落ち着けた時、二式カネミツと呼ばれた少年の隣に矮躯(わいく)が並ぶ。
 薄い朱色の髪をツインテールに()った、エプロンドレスの少女がそこにはいた。

「すみません、お姉さん。カネミツ、驚かしちゃ駄目」
「ああ、悪い悪い。でも、お嬢だって今、一式に……ナガミツに驚いてるだろ」
「うん……びっくりした」
「驚いてる、よなあ? ちょっと俺、自信なくなるんだけど」
「驚いてるよ? ほら……わー、びっくりしたなー……どう?」
「や、悪い。いいんだ、俺が悪かった」

 カネミツがナガミツより感情の表現に長けてるように見える。だからだろうか? 隣の小さな少女が酷く無感情に見えた。まるで氷で飾られたビスクドールだ。人の言葉で喋っていても、顔にも心にも気持ちが見えてこない。
 まるで、胸の奥が凍って止まったかのような印象をトゥリフィリは(いだ)いた。
 すると、遅れて都庁からやってきた壮年の男が笑顔で近付いてくる。

「13班班長、トゥリフィリちゃんだね? 俺はムラクモ回収15班のツマグロだ。お疲れ様、渋谷はどうだ? さっき、キジトラが助けたムラクモ候補生と一緒に沢山の漫画本を持ってきてくれてね」
「あ、はあ……えと、SKY(スカイ)の人達が沢山いて」
「元気だったかね? 彼等は」
「あれ、知ってるんですか!?」
「はは、仕事柄色んな場所で物資を回収するからね。時にはSKYの若者達に融通することもあるし、逆もしかりだよ。……彼が気になるかい?」

 ツマグロと名乗った紳士は、どこにでもいる普通の中年男性に見える。穏やかな笑みを向けられると、自然とトゥリフィリは気持ちが安らいだ。きっと、おつかいにでかけた小さな子供が、家路で保護者に迎えに出てこられた時の安心感だと思う。
 ツマグロの言葉に頷くと、彼はナガミツと話すカネミツを見て喋り出す。

「彼は……カネミツは、二式の名が示す通り、ナガミツの兄弟機、二番機だ。というよりは…… () () () () () と言った方がいいかもしれない」
「予備パーツ……え、それって」
「この騒ぎでムラクモ機関も余裕がない。遊ばせておけないからって、急遽動けるようにしたんだろうな。ラボでの時間が長かったから、コミュニケーション能力はナガミツより少し育ってるが……パワーの方は急増仕様ってことで少し心もとない」

 改めてトゥリフィリは、実感させられた。
 ナガミツは、マシーン……そして、カネミツもそう。
 人の姿をしているが、彼等は人の隣に立つモノ、人と共に歩むモノ……そうあれと願われた、祈りの結晶。そうあるべきだと望まれて造られた存在なのだ。
 そう思っていると、先程の無表情な少女が見詰めてくる視線に気付く。

「あ、えと……君は」
「わたしはゆずりはです。よろしくお願いします」
「う、うん。よろしく」
「では、わたし達は物資の回収に行ってきますので」

 行儀よく頭を下げて、ゆずりはは行ってしまう。その所作(しょさ)は洗練され、動作の隅々に凛とした作法を感じた。武道や茶華道の類をやっている人間特有の気持ちいい緊張感……だが、どこか儚げな印象が気になった。
 ツマグロがゆずりはに続くと、カネミツも後を追って走り出す。

「おい、待てってお嬢! と、じゃあなナガミツ。今、都庁に面倒なのが戻ってきてるからよ。気をつけろよ?」
「了解。二式も任務の無事を祈る」
「なんだそりゃ、お前なあ」
「るせーな、さっさと行け」
「はいはい」
「はいは一度で十分だ」
「……本当にお前、俺の兄弟機かよ」
「型式番号上はそうだ」

 なんだかチグハグなやり取りをしつつ、三人の回収班は行ってしまった。
 相変わらずのマイペースというか、一種動じず常にフラットなナガミツにトゥリフィリも苦笑が(こぼ)れる。
 だが、改めて都庁の正面玄関へと進むと……奇妙な光景が広がっていた。
 そこには、出た時よりも大量の戦車、そして軍用車両が終結している。
 散り散りになっていた自衛隊の部隊が、生存者を集めているようだ。
 そして、女の声が響く。

「戻ったか、ムラクモ13班! 私は隊の指揮を預かる堂島凛三等陸佐(ドウジマリンとくむさんさ)だ。すぐにブリーフィングが始まる。行くぞ! ……なんで、私がこんな子供達を」

 迷彩服にボディアーマーを纏った女性自衛官が、戦車から飛び降りるなりトゥリフィリを睨んだ。そして、そのまま彼女は都庁の中へと進む。
 トゥリフィリは黙って頷き続いたが、気付けば隣のナガミツが冷たい視線をリンへと注いでいる。それはどこか寒々しくて、トゥリフィリを気不味い居心地の悪さへと突き落としていた。

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