あの戦いから、
竜災害を乗り越えた人類は今、冬の到来を前に身を寄せ合って生きる。もう、文明の光も温もりもほんの
そして、トゥリフィリたちムラクモ機動13班もまた、忙しい日々を送っていた。
「ナガミツちゃん、左っ! でっかいのがいる!」
ここは地下道……かつて文明華やかなりし頃、無数の人が行き来していた地下鉄である。今はもう、マモノが
トゥリフィリは仲間たちと、毎日この場所でのマモノ退治に余念がない。
少しずつでも、僅かでも、人間の生活圏を取り戻す戦いは続いているのだ。
だが、相棒のナガミツは今日もどこか様子がおかしい。
「左だぁ? チィ、来やがったか! おいキリッ、なにやっ――ッッッ!」
ナガミツは僅かに、顔を歪めて舌打ちを
以前より少しだけ、そして確かに感情を顔に出すようになったと思う。それがトゥリフィリたち親しい者にしかわからぬ
そして、最近のナガミツは心ここにあらずといった様子だ。
芽生えて育った心が、時々留守になってしまうみたいだった。
「クソッ、でけえのがいやがったか。叩き潰してやる!」
ナガミツは、今しがた相手をしていた敵へとトドメの一撃。重いボディブローで脚を殺して、間髪入れずに回し蹴りを放つ。
ゴキン! と骨の砕ける音がして、大型の
同時に、ナガミツは軽くステップを踏んで構えをスイッチ。即座に横からの絶叫に向き直る。そこには、後ろ足で立ち上がった巨大な
「フィー、悪ぃ! 援護、頼む!」
「う、うんっ」
獣の剛腕が振りかぶられ、光る爪が空気を切り裂いた。
大きくダッキングでその一撃をかいくぐり、ナガミツはそのまま流れるように身を低く肉薄する。円の動きで足払いを放てば、
片足を刈られてよろけた人喰い熊へと、トゥリフィリも射線を集中させる。
だが、頭部に二発撃ち込んでも敵は止まらない。
「うわ、まだ生きてる。……そりゃ、君たちも生きてかなきゃだろうけどさ」
もともとこの国には、太古の昔からマモノが
フロワロの影響もあると言われているが、竜の襲来と共にマモノは凶暴化した。
今はまるで、襲来したドラゴンたちの置き土産である。
「助かるぜ、フィー。こいつでっ、終わりだ」
足払いの回転力をそのまま維持して、立ち上がりながらナガミツが蹴りを放つ。勢いの乗った重い一撃が、頭部が大半消し飛んだ熊を直撃した。
そびえる
トゥリフィリは油断なく周囲に気を配ったが、
「状況クリア、かな? すくなくとも、この区画のマモノはもういいみたい」
「結構、手こずったな」
「んー、まあね。……ナガミツちゃん、あのね、えっと」
「すまん、油断してた。なんだか、あいつがまだ一緒な気がしちまった」
復興へと舵を切ったムラクモ機関は、慢性的な人手不足に悩まされている。
13班の面々も、なかなかまとまって行動することは難しい。どうしても対処の必要な案件が山積みで、最低限の人数で動かざるをえない。
それでも、トゥリフィリになるべくナガミツを同行させてくれるのは、これはキリノたちスタッフの配慮だ。ナガミツにとってもそれがいいと、カジカがスケジュール管理に敏腕を発揮してくれている。
だが、二人でいる時間は、二人きりの楽しみもあるし……二人だけの寂しさもある。
「ナガミツちゃんとの息、ぴったりだったもんね……キリちゃんさ」
「そうか? 俺ぁ別に……まあ、キリの奴はよく動くからな。俺もやりやすかったが……でも、もういねえ。俺たちの側には、いなくなっちまった」
共に
あの戦いのすぐあとに、謎の男たちに連れられ姿を消したのだ。キリノやカジカといった大人たちでさえ、その居場所は知らされていないという。
だが、なんのために連れ去られたかだけは、衝撃と共に教えられていた。
それを思い出せば、自然とトゥリフィリもため息が零れた。
「キリちゃん、大丈夫かな……ほ、ほら、気持ちは、中身はまだ時々男の子だから」
「……子供に子供を産めってのは、なんなんだよ。クソッ、思い出したら腹が立ってきた」
そう、キリコは選ばれたのだ。
キリコ自身、覚悟と諦観を感じさせる笑みを浮かべていた。
その別れの言葉を、今もはっきりとトゥリフィリは覚えている。
「
「そう、だね。そうだよ、うん」
「……なにか俺たちに、できることはないのか? なにか」
「ん、あるよ? ちゃんとあるから、それを地道にがんばろ?」
意外そうな顔をして、ナガミツは目を丸くした。
ナガミツは一瞬固まったが、思い出したように「ああ」と
「あいつが帰ってくる前に、この街を少しは綺麗にしとかないとな」
「うん、そゆこと。だから今は、目の前のことに集中しよう。ってか、集中して。ぼく、心配だよ……時々戦いの中で、ぼくもナガミツちゃんも、キリちゃんを感じてるから」
まだ一緒にいるような気がして、咄嗟の時にいつもの連携が脳裏にちらつく。
トゥリフィリには、人類の希望として二振りの斬竜刀が
「……それと、あの野郎。あの借りは必ず返す」
「あの野郎、というと……ああ! えっと、ナガミツちゃんの兄弟なんじゃないの?」
「ありえねえよ。同型機は予備パーツを元に造られたカネミツだけだ。先生は俺たち二人しか造らなかった……筈だ」
キリコを止めようとしたナガミツを襲った、悪夢。
サムライと思しき黒服の青年は、
だが、トゥリフィリは思い出す都度、思う……あれは同じ骨格、同じ容姿に造られていても、全く違う。トゥリフィリには、別人に見えたのだ。
出会って間もない頃のナガミツになら、似てる気がする。
でも、今のナガミツはもっと表情が柔らかいし、不器用だが感情を表に出すようになった。あんな氷のような無表情ではない。
それがトゥリフィリにはわかるのだ。
誰が見ても
「……よしっ! ナガミツちゃん、気を取り直して次の区画にいこ」
「ああ、だな。俺も少し気が抜けてたけど、そろそろ考えるのは終わりだ。まずは身体を動かして、やることやっていかねえとな。じゃないと、あいつに笑われちまう」
「うん」
「それに……
「えっ? まっ、また、ほら! そういうの……ずるいよ」
ナガミツはバリボリと頭をかきながら、奥の暗がりへと歩み出す。
その背を追えば、自然と
こうして二人は、今日の任務に専心することで今日を生き抜く。いつかまた会える、そう信じているから…その明日へと続く教を積み重ねて、できることをおろそかにしない、今はそれだけしかできない二人なのだった。