アヤメの歌が広がってゆく。
それは本当にただの歌で、ただただ歌であるだけの空気の振動。
だが、彼女を通してあらゆる生命の祈りと願いが織り上げられてゆく。
『リコリスさんっ! アダヒメさんも! みんなでならまだ歌えるっ!』
いつしか、国会議事堂から響く初音ミクの歌がシンクロしていた。
その旋律に、血を吐きながらもアダヒメが立ち上がる。
リコリスも、戸惑いながら初めての歌を口にした。
いよいよメロディーは星を覆い、次々とフロワロは普通の花々へと変わっていった。
そして、花園と化した玉座で
「馬鹿ナ! タダノ歌、周波数ニ過ギヌ空気ノ振動! 歌ゴトキガ」
気付けばトゥリフィリも立ち上がっていた。
もう、黒いフロワロの瘴気は感じられない。
全身を苛む痛みさえ、静かに薄らいでゆく。同時に、最後の時が迫っていると察した。身体の感覚が薄れている。もう、全力を出せる時間はほんの少ししかない。
だが、たとえ一瞬ででも、最後まで戦う。
我が身を通して、竜殺剣で想いを貫くのだ。
そしてそれは、前に立つナガミツとキリコも同じだった。
「ナガミツ、あとをお願いできる?」
「……ああ」
「トドメ、任せるね」
「見せてくれよ、
「やだな、もう。私たち二人が、私たちこそが本物の斬竜刀じゃないか」
「へっ、そうだな」
「じゃ、やるね? ――我が血に眠りし神代の力よ。
キリコが、折れた太刀を握って突き出し……その砕けた刃をもう片方の手で掴む。
鮮血が舞い散り、思わずトゥリフィリは息を飲んだ。
おびただしい出血と共に、超常の力が覚醒してゆく。
そのままキリコが、ゆっくりと己の手を刻むように刃をなぞる。
「バ、馬鹿ナ! ソノチカラ……ヤメヨ
「目覚めろ……私の……俺の中の
血の一滴が集まり出す。
砕かれ失われた筈の刀身が、ゆっくりと再び姿を現した。
透き通る真紅の、それは血液の刃。
日本刀のような反りがない、直刀。
太古の祭事に用いられるような剣だった。
それこそが――
「――
長さは拳十個分、故に
かつて日ノ本を脅かした、
その証拠に、キリコの血でできた刃は、一箇所だけ欠けていた。
それこそが、真の
神話にかくありき……死して尚も暴れるオロチの尾を斬ると、スサノオの剣は僅かに欠けて割れた。それは、さらなる神刀がその尾に眠っていたからだと。
キリコの身体には大き過ぎる、古のオリジン……天羽々斬。
それを振りかぶるなり、ドン! と震脚に彼女は身を捩った。
「ヨセ、ヤメヨ! ソノ剣ヲ振ルエバ、貴様トテ」
「……俺はもう、一人じゃない。ずっと姉さんと、みんなと一緒だったから。だからっ!」
光が走った。
全身の筋肉を極限まで引き絞った、それは神をも断つ一閃。
振り抜いた紅い刃は、再び神話に眠るように蒸発して消える。
一拍の間をおいて、赤い線が斜めにフォーマルハウトを両断した。その斬撃は神の体を切り裂き通り抜け、背後の空間をも真っ二つにしていた。
だが、
「浅イ! 浅イ浅イ浅イイイイイイ! ナマクラト
「……やった、よ……姉さん。あとは……ナガミツと、トゥリ姉が」
「神話トナリテソノチカラハ衰エタ! ソシテイマ! 途絶エル!」
だが、倒れるキリコから広がる鮮血の海に、まだ彼は立っていた。
捻れて折れた左腕をぶら下げたまま、ナガミツはフォーマルハウトを睨んで立っていた。
そして、彼の視線はフォーマルハウトを貫き……その奥を見つめている。
突然、先程キリコの斬った空間がひび割れ砕け散った。
その中から、聞き覚えのある声が響き渡る。
「フィー、みんなも……拾って来たよ。この星の、未来!」
ゆずりはたち回収班だ。
隣に一緒のカネサダが、瞬時に二刀流でフォーマルハウトを十文字斬りに刻む。
「ナッ、馬鹿ナ! 我ガ神域ニ!? ……マサカ、先程ノ斬撃ハ……我ガ領域ヲ」
「カネミツ、シンクロ係数を上げるっ! ついてこれるか!」
『誰に言ってんだ、誰に! お前の回路が焼き切れる限界まで、合わせるぜ!』
最後に着地したツマグロは、巨大な荷物を背負っていた。
それが今、覆う布を取り払われてブン投げられる。
「ナガミツッ、こいつを使え! デストロイヤー用に開発されたが、採用されたのはパイルバンカーだったがなあ!」
巨大な金属の塊がナガミツに迫る。
彼は瞬時に全てを理解するや、身をのけぞらせて絶叫を張り上げた。
斬竜刀の雄叫びと共に、ナガミツは使い物にならない自分の左腕を自らバキバキと引っこ抜く。同時に、失われた腕に変わって、重金属の巨大な武器が接続された。
「強制コネクトッ! 発火電源、オン。モーメントバランス調整、ドッキング完了……
金切り声を歌うそれは、巨大なドリルだ。
それを構えて、ナガミツが地を蹴る。
舞い散る花びらの中を、駆け抜けてゆく。
「ヨ、ヨセ、ソンナモノデ……家畜ノ文明ゴトキノチカラデ」
「うるせぇ、黙れ。いや、黙らせるっ!」
特大のドリルが竜を
神を自称する宇宙の真理を、その歪んだ邪悪な狂気を貫いた。
バリバリとフォーマルハウトの黄金が砕けて宙を舞う。
絶叫を張り上げ身悶える真竜は、既に神々しき威厳を失っていた。トゥリフィリの目にも今、はっきりと見えた。
あれは、竜だ。
神を気取ろうとも、宇宙の摂理を名乗ろうとも、ただの竜なのだ。
「グアアアアアアアッ! 我ガ黄金ノ甲殻ガ! 偉大ナル光ノ鱗ガ!」
「へっ、まだまだ……いくぜダメ押しっ! もう喋るなって、言ってんだ、ろおおおおおっ!」
巨大な風穴をフォーマルハウトに刻み込んで、ドリルをナガミツは切り離した。その反動で空高く舞い上がり、そして急降下。突き出した蹴りに全てを込めた一撃だった。
そして、ナガミツの足が
先程まで立ってたナガミツの靴は、キリコの血を吸いナガミツ自身を真っ赤に燃やしていた。今、大小二振りの斬竜刀は一つになっていた。
その時にはもう、トゥリフィリもおぼつかない足取りで走り出していたのだった。