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《分署より緊急入電! 目標接近、ミッションスタート!》
《キビツ作戦、ファーストシークエンス発令!》

 網を張って三日目、夕刻。熱砂の大地に沈む太陽を背に、その姿は目視出来ないが……シヨの視界隅に映るレーダーは、高速で接近する光点を明滅させていた。瞬間、MARZウィスタリア分署第二小隊の二機は、工事現場を装う仮設対策本部から躍り出る。
 遠く、帰還ラッシュで混雑する大通りは、意図的に停められた信号機が渋滞を増長していた。

「シヨッ、いいな! 特訓の成果、見せろよ。遠慮はいらねぇ、自分の腕とテムジンを信じろ」
「う、うん。でも、どうしたの? ルイン君、何か変。普段はそんな事、言わないのに」
「う、うるせぇ……みんな見てんだよ。シヨが毎日毎晩……っと、セカンドシークエンス、行けっ!」
「は、はいっ」

 サッチェル・マウスのウィスタリア支所に注ぐ大通り。大渋滞に交差する路地を、二機のテムジンが全力で駆け抜ける。その片方、ルインの422号機が急制動でアスファルトをえぐりながら、スライプナーを振りかぶった。
 ブルースライダー起動と同時に、投擲。それが変形を終えて突撃体勢に入る直前、シヨはイメージするままに地を蹴った。人機一体、テムジン421号機が宙を舞い、次の瞬間には爆発的な加速で雲を引く。
 正しく、必殺の一矢は放たれた。

「んんぐっ……高度最終修正、突入角度マイナス0.05……ファイナルッ、シークエンスッ」

 テムジン422号機のVコンバーターが搾り出す、最大出力を載せたスライプナーが、大気と重力に抗いトップスピードに達する。同時にシヨは、肺から圧搾された空気を吐き出した。
 強力なGに華奢な身は潰され、シートに埋まって身動きできない。バーチャロイドのコクピットは、あらゆる外部からの衝撃を吸収、無効化することができるが……多くのパイロットはその機能を緩和させていたし、中には完全にキャンセルする者もいる。
 シヨは全部とは言わないが、テムジン421号機の受ける全てを感じたいと思い、また実際にそう愛機を設定していた。だから今、軋む身でターボスロットルを引き絞ると同時に、両手でしっかりとスティックへトリガーを押し込む。
 より強力なGに襲われ、意識がはるか後方へと遠ざかる錯覚にシヨは揺らいだ。

《目標は軸線に乗りました、会敵まであと10、9、8……》
《テムジン431号機、スライプナー回収に回ります。ルインさん、一応警告を》
《了解、えー、爆撃体勢のバーチャロイドに通告します。至急旋回、高度200にて……》

 遠くに同僚の、仲間達の声が聞こえる。亜音速で飛翔する愛機の、その表面が空気との摩擦熱で焦げるのを感じる。普段の何倍もの高速に、マーズブルーの塗料が溶けかけている……己の分身が今、悲鳴をあげている。
 永遠にも引き伸ばされた数秒の中で、シヨは思惟に流れ込む思い出を振り払った。
 マインドブースターが一際眩い光の尾を引き、Vコンバーターが甲高く咆哮する。全てがフラットに、白く霞んでいく中で……シヨはいつにない愛機との一体感に思わず法悦の声を漏らす。

「ふああ……あっ、な、なんだろ……この感覚。あ、きたっ」

 既にもう、メインカメラとリンクした視界は乱れる気流で真っ白。ただ、レーダー上の輝点が今、同じ高度で重なろうとしていた。そう知覚した時にはもう、二つの点は一つになっていた。

「――あれ? あ、あれれ……あっ、こんな時こそ。特訓の、成果を、見せるっ」

 同じ高度で、三次元的に重なったはずの二機。しかし、レーダーの上で交差した点と点は、そのままの進路で離れていった。何が起こったかは解らない……シヨにはもう、何が起こっても不思議ではないとさえ思えていたが。相手はあの、幻のマイザー・オメガだから。何らかの特殊な機能があったとしても驚かない。
 機首下げを念じる主を内包して、テムジン421号機が両手を広げる。急減速で着地すると同時に、通過した交差点へとシヨは取って返した。そこはもう、大渋滞にひしめく戦場帰りのバーチャロイドが、頭上を猛スピードで通過したMARZに、何事かと皆、首を捻っている。その中へとシヨは分け入り、スライプナーを大通りの中央で展開する。
 ラジカルザッパーを起動した瞬間、レーダーの光点は工場の爆撃ポイントに重なっていた。

「駄目っ、まにあわ、な……い? あれ? ええと、ルイン君……」
《皆、ご苦労。鎮圧対象を確保したと刑事課から連絡があった、状況終了》
《やはりルインさんが思ったとおりでしたね。わたくしの方で裏を取って、刑事課に動いて貰いました》
《はぁ、やっぱか。そんなこったろうと思ったぜ……シヨ、お疲れさん》

 ラジカルザッパー射撃体勢のまま、装甲や関節から白煙を上げて静止するテムジン421号機。その周囲では、アファームドやVOX系が、不思議そうに覗き込んでくるだけだった。
 暮れてゆく夕日が、コクピットから這い出たシヨの影を、愛機に長く長く刻んだ。



《あー、今MARZウィスタリア分署内にて、署長による記者会見が行われる模様です。現場の――》
《はい、チェ=リウです! 今回、ウィスタリアを恐怖のドン底に叩き込んだ、一連の……》

 テレビの中に、普段見慣れたMARZウィスタリア分署の、広い吹き抜けの玄関ホールが映る。フラッシュが断続的に焚かれる中、額の汗をしきりに拭いながら、ハゲ頭を一掃テカらせ署長が姿を現した。
 シヨはただそれを、待機室という名の四畳半でぼんやりと眺めていた。

「おう、起きたか。ほらよ」
「あっ、わっ、たったった……あ、ありがと。ええと、わたしは」

 ノックもせずに扉を開けるや、布団に座り込むシヨにルインが缶コーヒーを放る。それを危なげな手つきで受け取るシヨは、再びテレビ画面へと視線を戻した。

「お前さん、あの後ぶっ倒れたんだ……覚えてないのか? ま、俺が言えたことじゃないけどよ」
《えー、今回の連続爆撃事件の被疑者を、本日確保致しました。被疑者は――》

 今回の騒動の犯人は、伝説のマイザー・オメガ――では、なかった。その機体を駆る者など居なかった……そもそも、マイザー・オメガは存在しなかった。映像の中にしか。
 逮捕されたのは、サッチェル・マウスのとある研究チーム。嘗てサイファーを生み出し、今もマイザー・シリーズをリリースする最精鋭だった。既にもう、保釈金をサッチェル・マウスは提示しており、水面下で話は動いている。

「ルイン君は、何で解っ――あ、駄目。勤務中、ですっ」
「伸びてた奴に言われたかねぇ、よっと。……何だ、交換して欲しいのか?」

 缶ビールを開封したルインは、シヨが僅かに眉根を寄せても、咎める視線を跳ね返して一口。ぷはっ、と気持ちのいい溜息を吐き出すと。いつもの半目でぼんやりと語り出した。

「連中な、行き詰ってたらしいぜ……その、マイザー・オメガの開発ってのによ」
「へ? あ、ああ、今日掴まった。でも、どうして? ……開発は、してたんだ」
「だってお前、常識で考えてみろよ。そんな機体造れるかよ。それに、限定戦争の意味なくなるだろ」
「あ、そっか……みんな、マイザーばっかりになっちゃうね」

 だろ? と肩を竦めて、二口目をルインは喉に流し込む。シヨはしかし、喉の渇きも忘れて次の言葉を待った。ニュースではしきりに、署長が手にMARZのシンボルマークを浮かべながら汗をかいている。何やらリタリーの声だけがはっきりと、騒然とする会場を突き抜けて聞こえた。

《今回の件はサッチェル・マウスの一部研究者による、自作自演であった、ということになります》
《でっ、では、MARZの一連の……今回のキビツ作戦は、無駄だったのでは?》
《そうだっ、実際にマイザー・オメガは存在しなかった訳ですから……知っていれば事前に!》
《それは結果論に過ぎません。マイザー・オメガなる機体が鎮圧対象と認識されている限り――》

 気付けば静寂に静まり返る画面を、シヨもルインも黙って見詰める。

《我々は危険性が1%でもある限り、全力でそれを排します。その為のMARZです》

 記者の何人かが走り出した。その手はもう、モバイルで忙しく記事の草稿をタイプしている。相変わらずWVCの突撃レポーターが、しつこく食い下がるのを最後に、映像はスタジオへと戻ってきた。
 そして流れるいつものニュース。天気予報に芸能、そして東部戦線の戦況予想。ウィスタリアRJは空を跳梁跋扈する、マイザー・オメガの幻影から解放されて、平静さを取り戻していた。

「ルイン君、いつ気付いたの? エルベリーデさんに調べてもらってたんでしょ」
「あ? そりゃ、おかしいだろ? 音速でブッ飛んでるのに、どこのビルにも被害が出てないんだぜ」

 それも、狭い市外を低空で飛んで、となると……シヨの頭でも理解出来た。いくらバーチャロイドが、世界で最も洗練された兵器だとしても、物理法則から抜け出すのは容易ではない。無論、不可能ではないが。

「もしマイザー・オメガが、噂どおりのバケモンなら……ソニックブームも出さずに飛ぶようなら」
「な、なら?」
「それこそ、お前さんが撃墜してたのさ。データ見た、誤差0.0027……ピンポイントでほぼ直撃だ」
「でも、マイザー・オメガはいなかった。なら、あの画像は? レーダーの反応は?」

 それが問題なのだと、今度はルインが顔をしかめる。苦々しそうにビールを一気に飲み下し、缶をグシャリと握り潰した。相変わらず眠そうな目に、暗い炎が見て取れる。

「掴まった技術者連中、みんな口を揃えて言いやがる……今、刑事課が締め上げてっけどよ」
「な、何て?」
「CGデータやハッキングウィルスは、全部"監督"から貰ったとよ。拘留期限も短いし、これ以上は……」
「"監督"……ディレクター? それ、誰?」

 こっちが聞きたい、と言いかけたその口を閉じて。ルインは脳裏に、何かを思い出したかのように考え込む。しかし「まさか、な」と、ビールの空き缶を小さく小さく折りたたんだ。それを証拠隠滅とばかりに屑篭に放り込んで、ルインは溜息を一つ。
 しかし、街角の信号機ならいざ知らず、稼働中の所属バーチャロイドまで、堂々とハッキングされたのだから、これは面白い話ではない。まだ見ぬ謎の"監督"なる人物を相手に、MARZウィスタリア分署の戦いは、新たなるステージへと進むかのように、シヨには思われた。杞憂であればと願いつつ。
 後日、亜音速で飛び抜けた路地裏の各店舗から、MARZウィスタリア分署に窓ガラス破損等の請求書が殺到したことは言うまでもない。

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