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 第七工廠リファレンス・ポイント、アーマー・システム第三開発室。
 それが、ホァン・リーイン三査の出向先、新しい職場だった。主な業務は、先だってロールアウトした、747系のテムジンで運用される、各種アーマー・システムの新規開発である。最も、メインのアサルト・アーマーを第一開発室が、市場での購入時はオプション扱いになるホールド・アーマーとフレックス・アーマーを第二開発室が受け持っており……第三開発室には今のところ、目立った実績はなかった。
 それでも、リーインは当面の新しい生活に、概ね満足していた。なぜなら、

「おはようございます、三査殿」

 先ず、同僚に恵まれたから。

「おはよ、ティル。早速だけど上げてくれる? 始業チェック、しちゃいましょう」
「了解」

 リファレンス・ポイント所有の工房艦、オビーディエンス・オーダー内に設けられた、研究室兼格納庫。その一角に足を踏み入れたリーインは、新しい相棒を見上げて手をかざした。すかさず身を屈めた巨躯が、そっと掌を床の上に差し出す。ポンと軽い足取りで乗ると、リーインはゴツい親指に手をかけた。
 第三開発室の備品にして、リーインの同僚、ティル。その正体は、初期生産ロッドのテムジン747Tに搭載された、パイロットの補助用擬似人格。いうなればAIである。彼はゆっくりと腕を持ち上げると己の胸部に位置するコクピットへ、丁寧に招いてハッチを開いた。

「ありがと。さぁて、うるさいのが来る前に、片付けちゃいましょう」
「同感です、三査殿」

 バーチャロイドに擬似人格を搭載する例は少なくない。理由は、いくらM.S.B.S.があるとはいえ、人型機動兵器の運用には、多大な情報処理能力が要求されるからだ。世間では、AIのみで稼動する、完全無人のバーチャロイドすら存在し、それらが人格と自我を主張しているという噂もあるが……実際主義者のリーインには、相棒が好感の持てるヤツならば、人か否かの論議には興味がなかった。
 手早く、いまだ素材の匂いが香るコクピットに収まる。正面モニターを通過してゆく文字列を追いながら、リーインは手早く光学キーボードを叩いた。

「そろそろまともなアーマーが欲しいとこね……ま、望み薄だけど、ある意味」
「三査殿、そろそろ裸は飽きました。この際もう、博士のプランでもいいような気がします」
「あら、昨日みたいな目にあいたい訳? ペーパープランもここまでくると、狂気の沙汰ね」
「……三査殿も、毎日裸でいるのはお嫌でしょう? 少なくとも自分は、そう思います」

 そうね、と人差し指を頬に当て、リーインは考え込む。
 ティルはテムジン747の先行試作量産型……いわゆるT型と呼ばれるバーチャロイドだ。リファレンス・ポイントは当初、フレッシュ・リフォーからの受注を受け、採算度外視で製作された7機の試験機に続いて、少数生産された、世にも珍しい機体である。TはテストのT、つまり、機体本来の実働データを取る為に、アーマーが何も着せられていないのだ。

「まあ、人前で素っ裸でいたくないってのは、ある意味わかる話よね」
「ご理解いただきありがたく思います、三査殿」
「よし、始業チェック終わりっ! ……ティルはさ、どんなお洋服ならいい訳?」
「贅沢は申しません、アサルト・アーマー程度で十分なので、兎に角アーマーを――」
「あの人がそんな、無難で実用的なものを作ると思う? ほら、我等が主任のご出社よ」

 格納庫に白衣を翻して、颯爽と一人の男が現れた。その姿をティルの視覚が拾って、正面モニターに映してくれる。こうした細かな気配りがあるから、リーインはヘッドギアを介して視覚を共有しなくても、コクピットを這い出る必要性を感じて立ち上がった。
 自然とハッチが、開いてくれるので、するりと外に出て髪をかきあげる。リーインは当面の新しい生活に、概ね満足していた。ただ一つ、これだけはという不満を、あえて言えば――

「おはよう、諸君! 早速だが、今日の実験をはじめる! 準備はいいかね!」

 神経質そうな切れ長の瞳を、眼鏡で覆った白衣の男が、二人を揃って見上げた。
 アーマー・システム第三開発室室長、ハロルド・トウドウ。それがこの場末の部署に閉じ込められている、自称天才の名前である。リーインとティルが、そろって辟易している人物でもあった。
 だが、仕事というのはえてして、状況を選べないものである。

「おはよーございます、博士。今日は何ですか? 何アーマーですか?」
「いい質問だ、リーイン君! 本日の実験はぁっ! プラン・G! 決行ぉ!」

 再びティルの手で床に下りたリーインは、両手を広げて近寄ってくるハロルド博士に溜息を零した。
 決して悪い人間ではない。
 むしろ、悪気がないのは明らかだ。
 しかし、それだけに性質が悪い。
 ハロルド・トウドウは、概ねそういった類の人間で、大いにリーインとティルの二人を……一人と一機を困らせていた。その日々にも、両者とも慣れつつあるのが昨今だ。

「はあ、プラン・G……それはまた、どういった内容で?」
「うむ、話は後だ! ティル君、至急換装したまえ。私が開発した、グラビティ・アーマーに!」

 ズビシィ、とハロルド博士が指差すや、格納庫に設置された自動換装システムが、奥から奇妙奇怪な747系テムジン専用のアーマー・システムを引っ張り出す。
 見上げるリーインは、相棒の不幸に心から同情した。

「博士、説明を求めます。このアーマー・システムは――」
「グラビティ・アーマー! 私の天才的な才能と、漲る知識、迸る経験が作らせた究極のアーマー・システムだよ! 各分野で部分的に利用されている、重力制御システムをメインに据え、屈強な防御力と突出した攻撃力の両立を――」
「あ、あのー、博士。その話、長くなりますか?」

 リーインが白衣の裾を引っ張る。今日も相棒は、何やら怪しげなアーマーに包まれてゆく。逃げようにも、格納庫内で半ば拘束されるようにアームで固定され、無理矢理着せられてゆけば抗う術はない。

「詳しくは後で仕様書を読みたまえ! 換装が済み次第、運用実験を行う!」
「はーい……はぁ、今日もなんだかおかしなことになりそ。重力制御、ねえ」
「何か言ったかね? リーイン君。君はテムジン747Gの、記念すべき最初の搭乗者になるのだよ」
「いえ、何も。……最後の搭乗者になるよう、祈ってまーす」

 リーインは改めてロッカーから、おなじみのヘッドギアを取り出す。そうして振り向いた時にはもう、ティルは見るからに厳つく、不自然にとげとげしく、不必要に華美なアーマーに身を包んでいた。何だかメインカメラを走る光が、無言でリーインに訴えてくるようだ。

「もうやだ、脱ぎたい、か。まー、さっさと終らせちゃいましょ。それより、博士」
「何だね? リーイン君っ!」
「もう少し普通のアーマー・システムはないんですか? A型やH型、F型のデータも必要かと」
「そこらへんは全部ストックしてある! J型も含めてね、フッフッフ……」

 何やら意味深な笑いで、ハロルドは白衣のポケットに両手を突っ込むと、肩で風切りティルへと歩む。リーインは、彼の言葉に利きなれない型番を拾って、そのまま聞き返した。

「J型? ああ、君達MARZ用に、第一開発室がオーバーチューンした、A型の発展強化系アーマーさ」
「はあ、では、一応MARZにも、今後は747系の配備が考慮されてるということなんですか?」
「私が開発に全面協力した時点では、そういう話になってたね……随分と出費したみたいだが」
「へー、シヨが聞いたら喜びそ……博士?」

 そこまで話して、突如ハロルドは肩を震わせはじめた。反射する光で、瞳を眼鏡の向こう側に封じて、彼はのけぞりかえって、突然笑い出したのだ。いまさらの奇行に驚きもせず、むしろ呆れてリーインは話を打ち切る。酷い有様の相棒と、さっさと実験を終えて脱がしてやりたい。できれば、まともなアーマーを着せてやりたかったが、主任がこの有様では、それもいささか望めない話だった。

「ウヒャヒャ、いやね! J型の初号機は、それはもう素晴らしい性能だったんだよ!」
「はあ」
「まあ、この僕がメインで手を入れたからね。ジャスティス・アーマーの性能は折り紙つきだ」
「うわっ、最悪なネーミングセンス……」

 着てみたい? と無言の視線で問えば、リーインにティルは静かに首を振った。

「ところがだ! 試験中に突然、謎の定位リバースコンバートが発生してね! 事故だよ、事故!」
「え、それじゃあ……」
「テムジン747Jの初号機は、テストパイロットのMARZ教導官ごと、どこかに飛んでってしまったのさ」

 その事故で、テムジン747Jは幻のバーチャロイドとなってしまったらしい。最も、開発データは残っているので、すぐにでもジャスティス・アーマーの再開発は可能なのだが……

「まあ、連中が頭下げてきたら、私はいつでもデータを再提供するがね」
「……なんか恨みでもあるんですか、第一開発室に」
「ネーミングで揉めてね……リーイン君、解るかい? この私の憤慨が! 趣味が悪いだなんて――」

 それ以上の会話を打ち切って、リーインはヘッドギアを被った。顎のバンドを止めて、相棒に合図を送る。着慣れぬアーマーにぎこちない動きで、ティルは再度リーインを、我が身の内へと招き入れた。
 リーインは、とりあえず今夜辺り、かつての同僚、仲間に電話してみようかと考えていた。

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