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 MARZウィスタリア分署、襲撃さる。
 この一報は瞬く間にウィスタリアRJ内を駆け巡った。即座に各企業国家は連携して、混乱を防ぐべく真相を秘匿する。マーズシャフトの破壊……一部のテロリストによる、それは火星全土の生存圏崩壊を示していた。あらゆる利益と利潤の敵は、今やマーズシャフトにあり。
 だが、電脳暦の企業国家は、その純粋な権益追及の理念から即座に動くことが出来ずにいた。
 この非常時に、何のしがらみもなく即座に迎撃行動に移れる組織は、一つしかなかったのである。

《署長、MARZウィスタリア分署バーチャロイド部隊隊員、揃いました》
「ん。……コーニッシュのこせがれがいないようだが? フェステンバルト一査は?」
《医務室です》
「全く、最後まで手を焼かせる。さて」

 シヨ達パイロットは今、慌しく事件現場を封鎖し、怪我人を救出する分署前に整列していた。背後には二機の747型テムジンが、片膝を突いて待機している。飛び乗ればすぐにでも、手近な作業坑よりマーズシャフトへと直行できる体勢だ。
 勿論、敵性組織と呼んでさしつかえない監督達も、そうして身を一時退いたのだ。

「ゴホン! ……リタリー君、君が現場で指揮を執ってくれるといいのだが」
《そういう訳にもいかないでしょう。各企業国家間の折衝は署長だけでは難しいかと》
「君はフレッシュ・リフォーに……あのお方に太いパイプがあるな。頼めるかね?」

 蒼いフェイイェンが頷き立ち上がった。
 その姿をシヨは、エリオンやリーインと並んで見上げる。

《あのお方を通して、ホワイトフリートにも呼びかけてみましょう。手は全てを尽くさねば》
《その件でしたらば、既に私が命を受けております。……しかし残念ながら》

 純白のテムジンが此方へと歩いてくる。その胸部コクピットから現れたリチャード・ラブレスは、沈痛な面持ちで顔を伏せた。

《我々ホワイトフリートは、対シャドウ以外に戦力を割く事を原則禁止されております》
「この緊急時においてもか!」

 署長の怒りはもっともで、シヨでさえ僅かばかりに期待していた。そしてそれは、リチャードの意思とは裏腹にMARZを裏切らざるをえなかった。
 シヨはただ、ハゲ頭を真っ赤にして声をあらげる署長を、ぼんやりと見ていた。
 どの道、機体を失った自分にできることは少ない……だが、ないとも思わない。

《ですから、こういう形でしか援助できないのは、申し訳ないとしか……遺憾であります》

 白騎士は黙って、片手で抱えていたコンテナを下ろす。MARZの整備員達が忙しい中、何人かでそれをハンガーへと誘導した。
 改めて署長は、エリオンとリーインに向き直った。咳払いを一つ。

「と、言う訳だ。MARZは現有戦力……たった二機で現状を打開、火星を救わねばならん」

 それでも署長にとって、本来ならいない筈の第一小隊復帰は僥倖だったに違いない。しかも、最新鋭の747型テムジン、それもマーズチューンの高性能機を伴ってともなれば尚更。今のウィスタリア分署には、稼動状態にあるバーチャロイドは一機もないのだから。
 正確には、普通のパイロットが扱える機体が、一機もない。

《では署長、私は早速あのお方の元へ飛びます。機体の方は残念ながら……》
「解っておる! 君の身体は君がいないと動かないのだろう。しかたあるまい」

 フェイイェンが片膝を突いて屈み込むと、そのバイザー状のセンサーから光が消えた。
 恐らく、アクセルハート本人であるリタリー自身が、ネットワークを通じてこの場を去ったのだろう。

「エリオン君、リーイン……気をつけて」
「うん。シヨさんの分も僕は戦う。勿論、ルインさんの分も」
「ま、ある意味いつもの流れよね。基本、MARZは負け戦だもの。損な役回りは手馴れたものよ」

 シヨを囲むエリオンとリーイン。いつもの笑顔に再会できたが、その硬さに緊張をシヨは感じ取る。午後を回って、猶予は既に二十四時間を切った。残された僅かな時間で、火星を貫く巨大なマーズシャフト内から監督達を見つけ出し、速やかに殲滅する……しかも、たった二機で。
 このミッションがどれだけ困難かは、誰の目にも明らかだった。
 だから誰も、それを口にしない……勿論、シヨも。

「では、両三査に二時間の休息を取らせる。休みたまえ。整備班は機体を整備だ!」

 普段の姿からは想像もできぬ機敏さで、テキパキと指示を出しながら署長は分署内に消えていった。その背がシヨには、何故か頼もしくも思える。やはり、ただ分署で署長の椅子を暖めているだけの人ではなかったのだ。

「そうだシヨ。747J、ちょっと乗ってみない? ティルも紹介したいし」
「え、でもリーイン、休めって……」
「今更休んでもいられないわ。なんていうか、気が昂ぶって。ま、だからさ。ほら」

 リーインがシヨの手を引き、自分の愛機へと踵を返す。エリオンも同様のようで、後頭に手を組みつつ、ぶらぶらと二人の後ろをついてきた。向かう先では747HUAが静かに巨体を伏して俯いている。その機械然としたたたずまいとは対照的に、リーインの747Jは顔をあげると、静かに手を地面へと差し出してきた。

「ほ、本当にいいのかな? こんなことしてて……」
「いいのいいの、ほら。ティル! この娘、シヨよ。前に言ってた。乗せてあげて」
《はじめまして、タチバナ三査殿。自分は本機体に搭載された――ん、レーダーに感あり》

 不意に747Jは、ティルはシヨ達を招く手をあげ、そのまま立ち上がった。肩に立て掛け抱いていたスライプナーを、即座に構えて臨戦態勢。
 しかし、近付く機影がマーズブルーと知るや、彼はまるで人間のように肩を竦ませた。

《三査殿、上司です》
「え、嘘!? 何でまた……やだちょっと、あの機体。ホントに博士なの?」

 ティルの声にリーインが動揺しつつも、舞い降りるバーチャロイドから吹き荒れる風圧に目を庇う。
 それは蒼いテムジンで、見た目には747Fだった。勿論、その色を纏うに値するハードチューンを施されていることは、駆動音を聞くだけでも明らかだ。
 突如降下してきた三機目のテムジンが、コクピットを解放させて場違いな声を呼ぶ。

「ふう、我ながら過敏なものを作ったものだ。っと、そこにいるかね? リーイン君」
「はあ、それは、まあ。でも、何故現場へ? ハロルド・トウドウ博士」

 今やウィスタリア分署前は、最新鋭テムジンの見本市だった。三種の747型に加えて、その後では白騎士が佇んでいる。
 駆け寄るリーインに続くシヨ達は、危なげな足取りで機体から降りる白衣の男を見た。

「いや何、新型のテス……やっ! 機体は一機でも多いほうがいいと思ってね! はっはっは」
「つまり、これのデータが欲しい訳ですか。この非常時に。……何アーマーかしらね、今度は」

 あしらうリーインを他所に、ハロルドは大いに乗り気だった。悪びれた様子もなく、今しがた乗ってきた747Fのアッパーバージョンを指差し胸を張る。

「タイプクロスコード、747FU! 名前はまあ、まだ……ゲイルアーマーとかいいと思うんだがね」
「博士、またGですか? だから被ってますってば。はぁ……あ、シヨ。エリオンも。紹介するわね」
「いやいや、それには及ばんっ! 第三アーマー開発室室長、ハロルド・トウドウだ」

 にこやかにリーインを制して、ハロルドが手を伸べてくる。握手を交わせば、シヨは自然と目の前の男がどんな人種か察知した。それはエリオンも同じようで、少し緊張を解いた苦笑を零す。

「非常時につき、この機体をMARZウィスタリア分署に譲渡する。書類上はもう処理済みだ」

 ハロルドの申し出にシヨは目を丸くした。最新鋭のテムジンを丸々一機、ポンと差し出されたのだ。

「……どうせデータ目当てね。ま、ある意味助かるけど。ええと、パイロットは」
「なら、シヨさんか――」

 僅かに弾んだエリオンの言葉尻が、毅然とした声に遮られた。

「シヨさんか、わたくしということになりますね」

 三者は三様に振り向き、そこに手の包帯を振り解く姿を見た。僅かに赤い包帯を風がさらい、豪奢な金髪が僅かに揺れる。

「エルベリーデさん……怪我、もういいんですか?」
「問題はありませんわ。それより、事態は急を要します。この子のパイロットを決めましょう」

 エルベリーデの表情はいつもの穏やかな微笑だったが、譲る気配が微塵も感じられない。
 そしてそれは、シヨも同じだった。自分でも不思議な程に、シヨはエルベリーデに対して向き直るや、その意思を伝える。

「わっ、わたし、この子で戦いたいです。あの監督さんを止めないと……エイスちゃんを助けないと」
「それはわたくしも同じですわ、シヨさん」

 未だ主なきテムジンを、シヨは見上げて拳を握る。そのシートに座るのは自分……その意思も固く、再度エルベリーデに相対する。パイロットは二人、機体は一機。もはや問答をしている時間は、MARZには……火星には許されなかった。

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