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 童女を模した白亜の繰り人形……その矮躯が雑多な文字列を撒き散らして霧散する。急激に膨れ上がった光と共に、エリオン達の前でガラヤカの姿が豹変した。
 幻獣戦機ヤガランデ、顕現。

《エイスッ! くっ、戦うしか、ないのか》

 現れた獣の巨躯を前に、エリオンが小刻みに機体を機動させる。その常軌を逸した操縦は、ヤガランデから放たれた光弾を全て引き付けつつ、回り込んでゆく。
 最後の大広間を爆光が満たす中、リーインもまたツインスティックを握りなおした。
 不快な汗が滲み、呼吸が浅く早くなる。

「ティル、エリオンを援護する! っとに、何あれ!? ある意味反則よね」
《ガラヤカに搭載されたモードを強化、ヤガランデを完全に再現してるものと思われます、三査殿》
「これが、監督の用意したラスボスって訳ね」
《肯定です》

 エリオンのテムジンがダスターボムの弾幕を張りながら、聳え立つ巨体へと肉薄しようとする。その背を援護すべく、狙撃ポジションへ移動するリーインは視界の隅に見た。
 頭上に鎮座する邪龍のごときバーチャロイドは、監督を内包したまま激戦を睥睨していた。

《さあさあ、派手に暴れてくれたまえよ! 感動的なラストシーンを演出して欲しいね!》

 どうやら戦闘に介入してくる様子はなく、バル・シリーズの改造機は長大な尾をとぐろに巻きながら動かない。しかし、その視線は嬉々として決戦に魅入っているのが感じられた。
 その不遜さがリーインの逆鱗に触れる。

「そうやっていつもっ! このデバガメ野郎っ!」

 機体を横滑りに回避運動させつつ、きりもみに地面スレスレを滑空しながら。リーインはスライプナーを上空へと向けると、怒りの激鉄を叩き込んだ。
 ニュートラルランチャーの光が迸り、ゆるゆるとのたうつ監督の乗機に吸い込まれる。
 だが、ビームは相手に触れる前に見えない障壁に吸収された。

《ダメダメ、オイラは撮影で忙しいんだ。それよりいいのかい? 相方がピンチだよ?》
《三査殿、ERLかそれに類する兵装によるエネルギーフィールドです。攻撃が無効化されて――》

 決して反撃してくることなく、監督はただ滑稽だと言わんばかりに笑った。その声は広域公共周波数に響いて、昂ぶるリーインの精神を逆なでする。平静なティルの声も今は耳に入らない。
 無駄だと悟ったリーインの、次の行動はしかし的確だった。
 即座に僚機の位置を確認し、その前で暴れる巨体を見据える。

「クソーッ! 何よアイツ! ムカつくわ、ほんっと!」
《三査殿、そのような言葉遣いではイメージが25%程低下します》
「いいの! なりふり構ってらんないわよ、後でアイツとっちめてやるっ!」

 敵は一体、しかも的は大きい。にも関わらず、エリオンのフォローに戻ったリーインは、照星の先に相手を捉えきれずにスロットルをしぼった。白いヤガランデは、その図体からは想像もできない高機動性で、エリオンのテムジンへと猛攻を加えている。
 援護すべくトリガーへと指をかける、リーインの動悸が激しく乱れた。

《壊すわ、全て……倒すの、あなた達を。私はエイス……監督が作ったエースだから》

 視界一杯に今、切なる少女の虚ろな呟きを伴い、ヤガランデが暴れまわる。
 その苛烈な攻撃にさらされながらも、エリオンが何かを叫んで防戦一方。
 めまぐるしくポジションを入れ替えながら、大小一対のバーチャロイドが激突していた。激闘と言ってもいい。その片方、押されて後退を続けるテムジンへの援護が今のリーインの望み。
 だが、その願いは適わなかった。

「こんな時にっ! やだ……身体が。う、動けっ――」

 逸る気持ちとは裏腹に、コクピットへ押し込められたリーインの肉体と精神が悲鳴をあげていた。
 込み上げる震えが止まらない。早鐘のように高鳴る鼓動が、耳の奥に無限に響く。強張るリーインの身体は、主を嘲笑うかのように硬直した。
 とっくに限界は超えていた。
 密閉された閉鎖空間で、激しい戦闘の連続……それはリーインのトラウマをついに表面化させる。最悪のタイミングで。

《三査殿? ……コントロールを切り替えます。アイハブ》

 不意にリーインのテムジンが一瞬停止し、律動と共に再起動する。テムジン自身であるティルが主導権を握ったことで、戦力として息を吹き返す。だが、あくまでパイロット補助用のAIであるティルだけでは、どうしても限界があった。
 百発百中の射手を乗せたまま、ティルの援護射撃が虚しく空を切る。
 ティルの性能が決して低いわけではない……競り合う二機のバーチャロイド、エリオンとエイスの激闘は、マシンチャイルドとしての能力を解放させ激しく火花を散らす。その攻防に付け入るのは難しい。

「……っ、ユーハブ。……ゴメン、ティル」
《お気になさらずに、三査殿。それより、攻撃が当たりません。三査殿のように上手くはいきま――》

 爆風と共に押し寄せる衝撃波が、リーインとティルを襲った。
 エリオンを圧倒する傍ら、ヤガランデは脇でまごつく二人へも光球を放ってくる。咄嗟に回避運動で地を蹴るテムジンの影を縫い、激しい攻撃の何割かが直撃した。
 被弾に揺れるコクピットの中で、リーインのパニックは頂点に達した。
 ヘッドギアのバイザーをあげるや、言葉にならない悲鳴を撒き散らしてハッチへ手を伸ばす。

《三査殿、危険です。セフティハーネスを装着してくださ――三査殿、しっかりしてください!》
「もう駄目っ! 駄目……助けてティル。戦いたいのに戦えない……エリオンの力に、なれない」

 涙声をかすれさせて、リーインは激震のコクピットで膝を抱えた。

《ティル、リーインを連れて離脱して! 僕は大丈夫……リーインを守って》

 エリオンの声にも逼迫した切実さが入り混じる。彼はヤガランデに肉薄しては言葉を尽くしながら、なんとか足を止めようと攻撃を繰り返すが。繰り出す手数に倍する反撃を受け、満身創痍だった。既に右肩のロケットランチャーは砲身が脱落し、左肩のミサイルランチャーも使用不能。
 頑なに恐怖に縮むリーインを、その時あの男の失望が襲った。

《おいおいMARZ、MARZのお嬢さん。オイラがっかりだなあ……こういう時、ヒロインはもっとガッツを見せるものだよ? 悲劇のヒロインもいいけど、それはエイスとかぶるんだよねえ》

 その時、リーインの中で何かが弾けた。

「……ティル、コントロールを。……アイハブ。言わせて、おけっ、ばっ!」
《さ、三査殿?》

 微動に震える手を、再びツインスティックへと伸ばす。しっかり握るや、同時にセフティハーネスを装着しなおす。込み上げる嘔吐感に歯を食いしばりながら、リーインは繰り返し相棒へコントロールの委譲を叫んだ。
 悔しさが心の奥底で撃発し、拒むリーインの肉体を無理矢理動かせる。
 その根性に呼応するように、その覚悟に同調するように……ティルの声が静かに響いた。

《三査殿、少し外の風を入れましょう》
「ティル? 早くコントロールを……来るっ!」

 片手間と言わんばかりに、それで十分と言わんばかりに、ヤガランデの散漫な攻撃が迫った。ただ寄せ付けぬように張られた弾幕を前に、一歩ティルは自身の鋼の肉体を後退させる。
 次の瞬間、彼は信じられぬ行動に打って出た。

《ジャスティス・アーマー、ハーフパージ。……アーマーブレイク》

 リーインの愛機は、上半身のアーマー・システムを内側からの発火で吹き飛ばした。続いてティルはそのまま、左手で胸部の最終装甲を外側から引っぺがす。金属がひしゃげて割れる音。
 風が、リーインの頬を撫でた。
 目の前のサブモニターは消失し、外の景色が……激戦の匂いが外気と共に雪崩れ込んでくる。

《コントロールを三査殿に譲渡。ユーハブ。さあ、オーフィル三査を援護しましょう》
「ティル……あ、あなた、自分の身体を」
《防御力の低下なら問題ありません。三査殿の操縦を自分は信じます》
「そうじゃなくて、ティル!」
《三査殿を悲劇のヒロイン呼ばわりは……正直、腹に据えかねます! ユーハブ!》

 しばし唖然としたリーインは、いつになく語気を荒げたティルに短くアイハブを返す。そうして深呼吸を一つ。バイザーを再び降ろして視覚をティルと共有……人機一体、MARZの狙撃手は再び、戦場へと帰ってきた。
 リーインは落ち着きを取り戻すや、相棒の決意に応えて狙いを定め、トリガーを迷わず押し込んだ。

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