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「さぁ、メル…今日という今日は観念してもらうよ?」

 珍しく険しい表情のイザヨイ。険しいつもりの可愛らしい怒り顔に睨まれ、メル=フェインは汗かき懸命に言い逃れた。腰に手を当て上体を屈め、イザヨイはそんなメルを問い詰める。一生懸命怖い顔を作っているのに、見守るサンクにはただただ微笑ましい。

「いや、あとでやろうと思ってたんよ…ホントだよ?あとで…あとで片付ける」
「駄目、今すぐやって頂戴…もう先送りはメッ!だよっ」

 目をそらすメルの前で、イザヨイは大きな木箱をポンと叩く。それはハンター達が各々所有するアイテムボックス。特別な木材であつらえており、防虫防黴に優れ、収納力も高い。狩りを生業とする者達は、貴重な素材やアイテム、大事な装備品をこれに納めて保管するのだ。

「むふふ、めるめる怒られたッス。御片付けしないコはメッ!ッスよぅ〜」
「むかっ!別に散らかってなんかいないじゃん…全部箱ん中ちゃんと入れてるもん」

 イザヨイに促されて、サンクはメルのアイテムボックスを覗き込む。一言で言い表すなら…それは混沌。ぎっしりと箱に詰められたアイテム達は、各々好き放題に自己主張してあちこちに散らばる。箱の中へとアイテムは片付いているが、お世辞にも整理整頓がなされているとは言い難い。

「要らないものは捨てて、似たようなものは一箇所に纏めるッスよ?たとえば…これは?」
「それはイーオスの皮、いつか使うもん…あ、そっちはランボスの鱗。それも使う予定」

 サンクが何かを取り出すと、それと奪い返してメルが再び箱へ葬り去る。その繰り返しを続けながらも、背中にイザヨイの咎める視線を感じて…メルは渋々箱の中身を整理し始めた。牙は牙、爪は爪、角は角…素材は区分け毎に一箇所に纏め、キノコや薬品類も細かく分類して収める。新米ハンターのサンクにとっては、見たことも聞いたことも無いアイテムばかりが、次々と現れては消えた。

「めるめるはやれば出来る子ッスねぇ…エライエライ」
「そりゃどうも…ん?何だこれ。あー、懐かしい。見て見て、いっちゃん」

 堆積した"何時か使うと思う何か"の奥から、一振りの剣が姿を現す。小奇麗な装飾を施され、凝った意匠ではあるが…錆だらけの刃はアチコチ欠けて、嘗ての切れ味を髣髴する輝きは何処にも無い。槍や大剣、ボウガンを好むメルの箱に、何故か使い古しの片手剣。しかも対となる筈の盾は、箱の何処にも見当たらなかった。

「あ、村長の…懐かしいねぃ。メル貰ったんだっけ、それ…そかそか」
「ああ村長の剣ね、ふむふむ…って!あの村長の、誰も抜けなかった剣スか!?」

 彼女等が生まれ育った小さな村。そこの村長は嘗て名だたる英雄だった…そんな話を誰もが、子守唄代わり聞かされてきた。嘘か真かは誰も知らぬが、ただ村外れの石碑だけが真実を無言で語っていた。その台座に深々と刺さる、一振りの剣と共に。

「違うのよ、サンちゃん。これは村長から直に貰ったの。だからほら、盾が無いでしょ?」
「ほむ、それを大事に保管してたんスか…村の英雄の剣ッスもんねぇ〜」
「うんにゃ、売ろうと思って忘れてた」

 呆気に取られるサンクを前に、何気ない仕草でメルは剣を手にする。その目は明らかに値踏みしていた…英雄の剣、ヒーローブレイドと対になる剣を。売る気満々のメルからすかさず、サンクがそれをひったくる。

「な、直して使えばいいじゃないスか!」
「んもー、冗談だよ。売らないから…まだ。ほら、はよ箱に戻して」

 渋々サンクが箱へと収め、メルはその蓋を閉める。結局、何点か不用品を売り払う事になったが、その中に件の剣が入るのは免れた。今回は。面倒なアイテム整理から解放されて、やれやれとメルは腰を上げる。先程よりいくらか軽くなった箱を、部屋の隅へと押しやりながら。

「村長が聞いたら泣くッスよ。あの剣の片割れッスから、打ち直せばかなり…」
「直すくらいならホンキで売るよ?メルね…他人の築いた栄光はいらんもん」

 不敵な笑みで、無敵の表情で。少女は大股で歩いて部屋を出る。言葉の意味に首を傾げるサンク…その肩をポンと叩いて、イザヨイは追いかけた。自分で築く栄光へと、凛として挑み続ける相棒の背を。ハンターは総じて、武具のやりとりをしない風習が古くからある…それは自らを信じ、先達の偉業を尊ぶから。未来の一流ハンターである少女達のように。

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