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 人の世も過ぎ幾星霜(いくせいそう)、かつて栄華を極めた文明の残滓(ざんし)は緑に沈む。
 鬱蒼(うっそう)と生い茂る樹海は全てを飲み込み、その中に過去の栄光を眠らせる。ここは大陸中枢、平原遺跡。太古の昔には巨大な星都(シャングリラ)だったことを知るものは、世代を重ねた樹木のみ。
「なんて大きい……あれも古塔の類でなければいいけど。それよりも」
 古い巨木の枝で瞳を凝らして、遠景を空へ切り裂く巨大な構造物を見やりながら。オルカは双眼鏡を下ろすと、身軽な体捌きで枝葉を揺らす。たちまち地面へと着地した彼は、荷物を背に寄ってきたアイルーへと、緊迫した表情で語りかけた。
「ニャンコ先生、すみませんが調査の一時中断を」
「どうしたのかね、オルカ君。小生、ここから遺跡内に入れるかと……人もすでに呼んである」
「お客さんです。それもどうやら、かなり腹ペコみたいなんですよ」
 オルカの返事は、地響きと同時。
 樹海の鳥たちは一斉に四方へと飛び去り、代わって唸るような声が近付いて来る。
 オルカはそっと唇に人差し指を立てると、ニャンコ先生を伏せさせる。そうして背の新たな武器……操虫棍を身構えるや、腕に止まる新たな相棒へと呼びかけた。
「さて、言うことを……お願いを聞いてくれるかな? クガネ」
 オルカが掲げた腕から、静かに羽音が舞い上がる。猟虫(りょうちゅう)と呼ばれるそれは、半メートル前後の小さな虫だ。野生に住むオルタロスやブナハブラとは違い、技量を持った人が使役する益虫である。その生態系はまだ一部の部族にしか知られていないが、この地方では広く狩人の相棒として活躍していた。
 オルカが操虫棍を一振りすると、猟虫を導く印弾(いんだん)が発射される。
 それは、木々を薙ぎ倒して迫る暴君(タイラント)の気配へと吸い込まれていった。
「クガネに逆方向へお客さんを誘導してもらいます。ニャンコ先生、息を殺して」
 オルカも身を伏せ、周囲の自然に自らの気配を浸透させて溶け込む。
 同時に、目の前に巨大な竜が現れた。
 まっすぐ飛んでゆくクガネへと首を巡らせるのは、巨大な轟竜ティガレックス……遺跡平原と呼ばれるこの地方の樹海を根城にする、獰猛で残忍な王だ。遭遇しての戦闘ともなれば、狩ろうにも一人では狩りきれない、まさしく絶対強者の名にふさわしい強敵。
 だが、空腹の暴君は周囲で羽音を奏でるクガネを見て、その飛ぶ先へと踵を返した。
 威嚇するような王虎(ケーニッヒ)の咆哮を残して、その背が森の奥へと去ってゆく。
 オルカが安堵の溜息を零すと、すぐ近くで乾いた拍手が響く。
「大したもんだ、流石は操虫棍使いだな」
 その声の主は、気付けばオルカの背後に赤い影を落としていた。ヘルムを脱げば、歳はオルカよりも三つか四つ程上だろうか。精悍な顔つきに落ち着いた雰囲気の男が、屈強な熟練の狩人であることだけはオルカもすぐに察することもできた。
 男はイーオスの鱗と皮で作られた防具を着こみ、腰には二振りの片手剣と腕に盾……双剣使いが盾を持つというのは聞いたことがないので、思わず訝しげにオルカは首を傾げてしまう。
「ああ、これかい? 片方は飾りさ……今はな。俺の名はト=サン。そう発音してくれ」
「オルカです。貴方がニャンコ先生の手配してくれた方ですか?」
「爆破の依頼と聞いてね。なに、俺の部族は代々炭鉱を点々とする一族でな。……ふむ、そこから穴を開けて遺跡に入ろうってのか。素人考えだな」
 ト=サンと名乗った男は、その顔つきや髪型から遠く辺境の部族の出だ。だが、それはオルカも同じ。遠く故郷を出て、ユクモ村やモガの村を転々としてきたから。
 二人は今は、よるべなき孤高の狩人、それだけで十分だと思える一人と一人だった。
 ト=サンはニャンコ先生が見つけた遺跡の入り口らしき扉の前で笑う。
 その扉は開けたり引いたりするべき取っ手もなく、苔むす周囲の岩盤と一体になっている。それを一瞥するや、そのままト=サンは遺跡の入り口をぐるりと回り込んだ。扉を含む入り口だけが地形から盛り上がって塚のようになっている。
「し、しかしだね君! 小生、この入口を見つけるのにオルカ君と半年も――」
「発破でこじ開けるならここだな。どれ……離れててもらおうか」
 ニャンコ先生の話を遮り、ト=サンはおもむろに背負っていた大タル爆弾を降ろした。覗き込むオルカに、彼は丁寧に地形を指さし説明してくれる。
「見てみろ、植物の根が張り出している。風化にさらされながら今なお閉ざされた遺跡も……大自然の力には勝てないのさ」
「本当だ……つまり、ここが?」
「そう、構造的に弱くなっている。ここを破る……離れてろ」
 オルカは目を見開いて丸くした。
 不思議な金属が岩盤と一体化した遺跡がひび割れ、そこに樹木の根っこがびっしりと埋まっているのだ。見上げれば、遺跡の入り口はその上に小さな梢を屹立させている。
 改めて大自然への畏敬の念を感じるオルカ……人の手が忘れた文明の産物を、樹木の力が僅かにほころばせているのだ。
「オルカ君、離れていよう。……小生の研究が正しければ、何か古龍に関する文献や資料が」
「それは、エルを追ってその正体を探る鍵にもなりますね」
 オルカはひょいと小脇にニャンコ先生を抱えて数歩さがる。ト=サンもまたそれにならった。
 オルカの脳裏に、一人の紅い少女が浮かび上がる。緋髪緋眼の彼女はエルグリーズ……かつてオルカの仲間だった人だ。その姿が消えてから、もう一年が経つ。タンジアの港で恐るべき煉黒龍を討伐してから、それだけの年月が経過していた。
 追憶に沈むオルカは、爆薬の炸裂する音で現実に引き戻された。
「よし、入れるぞ。お前さんも、オルカもあれか? トレジャーハンターか?」
 一仕事終えたト=サンは、火の始末をしながら煙草(タバコ)を口にくわえる。安全のためかまだ火はつけないが、彼はそのまま散らかった周囲を片付け始めた。どうやら爆破してそれで終わりという流儀ではないらしい。
 そしてオルカもまた、昨今遺跡を荒らしてお宝ばかりを掘る連中とは流儀が違う。
「いえ、俺はそっちには必要最小限の興味しか……俺は、モンスターハンターです」
「フッ、そうか。……改めてよろしく頼む。どうやら長い付き合いになりそうな気がするからな。この遺跡平原は広い」
「こちらこそ、ト=サン。貴方も、ただこうして遺跡や炭鉱で働くだけではないように思います。そういう人間にドスイーオスは何匹も狩れないから」
「ま、そのへんはおいおいだ……先に入るぞ、ご同輩」
 奇妙な連帯感だけを残して、ト=サンが遺跡に開いた穴へと身を翻す。
 続いてニャンコ先生を抱えたまま、オルカも地底へと降り立った。
 だが、そこに過去の遺物や採掘できそうな鉱床はなかった。こうした遺跡内には多くの場合、非常に希少価値の高い武具や道具があるのだが……この場所だけは違った。そしてそれは、ある意味でニャンコ先生の見立て通りだった。
「み、見給(みたま)えオルカ君! ……これは、古龍であるな」
 そこには、壁面いっぱいに色鮮やかなレリーフが刻まれていた。
 漆黒の空へ翼を広げる、白金(プラチナム)に輝く古龍……その下に人も街も燃えて、飛竜の死骸が描かれていた。リオレウスやグラビモスと思しき、名だたる飛竜の姿が確認できる。
 古龍……その恐るべき生ける災厄を、このレリーフは時を超えて警告していた。
「こりゃ、クシャルダオラやテオ・テスカトルじゃないな……見たこともない古龍だ」
「ト=サンもそう思いますか? 俺もです……なんだろう、胸騒ぎが止まらない」
 ト=サンはようやく煙草に火をつけると、それで一服してから紫煙(しえん)と共に二の句を吐き出す。
「とりあえず、一番近い街はバルバレだが……俺はそこに宿を取る。来るかい? 一緒に」
「ええ。どうやら俺たちの調査は、ここで一段落どころか……ここからはじまるようです」
 二人のモンスターハンターはそろって再度見上げた。
 これから二人を誘い巻き込む、太古の宿命(さだめ)、そして宿業(うんめい)の化身を。

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