《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ | 次へ》

 耳障りな高音…弾けた空間はまるで、頬を張倒された商売女のような金切り声を上げた。砂竜や角竜を狩る為の必須アイテム、音爆弾。それは投擲されるや風圧で弾け、詰め込まれた火薬で鳥竜の鳴き袋を四散させる。爆発の残響を追って悲鳴が響き、漆黒の巨体が浮上。熱砂の深海を領土とする為、鋭敏に進化した角竜の聴覚…その鼓膜を揺さ振る衝撃は肉眼で目視できる程の物。
 沸騰した空気が支配する、全てが静止した時の中で。狩人さえも余波に耳を塞ぐ中、ジゼットは至近に屹立する漆黒の絶壁へ砲を向けた。パワーバレルの装着により初速の増した貫通弾が、加熱する砲身を震わせながら飛ぶ。ジゼットだけが動けた僅かな時間で、敏腕射手は淡々とリロードとスイッチを繰り返した。混乱にもがき足掻く女帝の、脊髄を中心に矢が食い込む。

「バインドボイス対策が思わぬ効果を生んだな…」
「そうか、あの赤いタロス系防具は防音効果重視」

 長年愛用してきた防具を修復する際、ジゼットは特別な加工を依頼していた。その結果、彼女自身の趣味に合わぬハイビジ仕様の派手な外観となったが…紅の甲冑に身を包むジゼットは、あらゆる生物の咆哮から身を守る事が出来た。無論それは、音爆弾や至近でのタル爆弾の爆発をも意に介さない。
 灼けた撃鉄に鞭打って、5セット目の貫通弾を装填した時。ジゼットは突然巻き起こった風圧に煽られた。退化したとはいえ巨大な翼が、砂を撒き散らして羽ばたき持ち上がる。爆発音の余韻が去ると同時に、ディアブロスの巨体がユックリと宙へ舞い上がった。空の王たる雄火竜に勝るとも劣らぬ、強靭で荒々しい翼。仲間の援護に走り込んで来た男達もまた、見えない空気の壁に阻まれ空を見上げる。そこには怒りに充ちた巨大な双眸が、無謀な挑戦者達を睥睨していた。

「ありゃ値踏みしてんだぜ…誰が一番イイ男か、ってな」
「食卓に並ぶ皿を眺めてるって感じですけど…」

 砂塗れの唾を吐きつつ、アレックスがハンマーを構える。ベテランハンターの御意見を尊重しつつ、正直な印象で応えてファーンも抜刀。猛毒を仕込んだ手斧を構えつつ、ポーチ内に閃光玉を探す。濛々と撒き上がる砂煙と共に、徐々に高度を下げて迫るディアブロス。巨木のような両足が地に着き、再び熱砂の大地を蹴って蠢動する…その時再び、互いに互いを狩り立てる瞬間が始まるのだ。

「こうして見るとよぉ…そんな大きさでもないような?気がしねぇ?」
「アレク、どう軽く見積もっても二周り…いや、もっと大きい」

 軽口を叩き合う男達を尻目に、ジゼットは無言で残弾を確認する。乾いた風に湯気立つ砲身を曝したまま、ゆっくりと次の射撃位置へ歩きながら。多少のアクシデントはあったが、既にチームは機能し始めていた。張り詰めた緊張は確かに存在し、気概はあっても気負いはない。

「まぁ任せときなぁ!俺が先陣切って一発ブン殴って…」
「真ん中は僕が跳ねるから、次に潜るまでが勝負…毒、通るかなぁ」

 チーム一番のアタッカー、アレックスの物言いは普段通りにふてぶてしい。危機に際して心が躍る、とはこの男を指す名言だ。だがジゼットにとって意外だったのは、そんな彼といつの間にか、対等の狩人として言葉を交わす少年の存在だ。

「中央…ゼムに任せたら?」

 アレックスが一撃離脱を図った後、体勢を崩した飛竜に肉薄。暴れる獲物を避けながら、可能な限り密着しての攻撃を続ける…普段ならリーダーたるゼムが担う役割。そもそも、この戦法を考えたのも彼自身だから。それを今、雑魚掃除の専門家がやろうというのだ。ジゼットはゼムに向ける言葉をファーンへ呟いた。もう毒弾の装填を済ませて、答を待つ。

「いや、ゼムは尾に行く…と、思うけど」

 何時に無く、そして当然の様に。ファーンは模範解答を求めてゼムを振り返る。何時も現場での指示は無いに等しいリーダーだが、今日は異例の大物を前に…一際無言を貫くリーダー。フォーメーションは?ペース配分は?クーラードリンクの効き目、武器の切れ味、体力の持続力…考えればキリがないが、今日もゼムは何も言わない。信頼の眼差しに僅かに頷く姿は、舞い上がる砂煙に消えた。大地を揺らして熱砂を巻き上げ、漆黒の双角竜が大地に立つ。奪われた視界と引き換えに、狩人達の鼓膜を低い唸り声が満たす。

「確認することは無い…訂正も」

 砂漠を渡る風が砂埃を浚い、露になる影は巨大な剣を背負って。兜に真紅の飾毛を棚引かせながら、ゼムは双角竜の真正面に立つ。その横には瞬時に飛び出せるよう、身を屈めてアレックス。続くファーンは震える手を、ポーチ内で閃光玉を弄んで隠す。ジゼットはただ黙って、男達と双角竜の双方を視界に置く。

「遅くなったが始めよう…狩りの時間だ」

 硬い兜の奥底で、白い顔がニヤリと笑った。その瞬間、三人と一匹が同時に灼けた大地を勢い良く蹴り上げた。

《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ | 次へ》