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「総督府の方でも救済策を検討してくれるそうです、サクヤ様」
「移民局は渋りましたが、結局正規の移民IDを順次発行して貰える事になりました」

 己の努力が実を結びつつあると感じながらも、その事に満足してはいけないと自分を戒めて。サクヤは八岐宗家の中でも数少ない協力者達に、次々と指示を与える。今までは家の格と位に縛られ、才を埋もれさせていた者達…彼等彼女等は、新たな盟主がその能力を見出して重用すれば、喜び勇んで働いてくれた。
 棄民の町は今、パイオニア2船団から消え失せようとしていた。用地買収を目論む企業へは直に交渉して、全棄民が別の艦へと移る猶予をトップから引き出し。総督府や移民局にも圧力を掛けて、全員を正規の移民として扱うように便宜を図った。何も旗艦パイオニア2の、ティアンの支えた町だけでは無い…船団全ての棄民問題の解決へと、サクヤは持てる力と権限を総動員して挑んだ。

「お、お待ちください!只今サクヤ様は取り込み中で…」
「どうか、どうかお待ちを…誰か、誰かある!お止めして」

 正式に大蛇丸家に嫁ぐと、サクヤは古いならわしやしきたりを後回しにして。直ぐに盟主としての全権を掌握すると、八岐宗家を本来あるべき姿へ強引に戻した。嘗てコーラルに覇を唱えし、超常の力を誇る異能の血筋…その八つの血脈を一つに束ねた、崇高な理念に立ち返ったのだ。それはしかし、同時に保身に執着する古い体制から、強い反発を招いた。
 だからサクヤは、今日という日が来る事を予め知っていた。いつかは宗家に澱む停滞した空気と、対峙する必要を感じていたから。それもまた力有る者の務めと思えば、避けられぬ衝突から逃げはしない。大蛇丸邸の広大な庭に面する、騒がしい廊下へと。彼女は意を決して静かに歩み出た。

「十七代目盟主サクヤ様、ごきげんよう。お時間、よろしいな?」
「ごきげんよう、シオ=クシナダマル。今日はどのようなご用件でしょう」

 宗家の重鎮を大勢引き連れて、現れたのは白い影。白い髪に白い肌の少女が、真っ白な着物に純白の帯を締めて。その左手には白木鞘の日本刀を握り、不遜な笑みでサクヤに向けて佇む。その背後からは年寄り達の敵意が視線となって注いだ。それは間をおかず声となってサクヤを襲う。

「これサクヤ!末席である此花丸の娘が調子に乗るでないっ!」
「盟主の座を得たからといって、好き勝手が通ると思うなよ…何が棄民救済か」
「市井に出て遊び呆けた挙句に、戻ってくるなり我等を蔑ろにしおって」
「我等が宗家の名を使って、何をするかと思えば…戯事も大概にせい!」

 己を責める声をしかし、平然とサクヤは受け止めて。徒党を組んで現れた宗家の重鎮達をゆっくりと見渡す。皆が皆、己の地位と既得権益に固執し、その維持に呆けた宗家の暗部。その先頭に立つ少女は無言で手を翳して、聞くに堪えない罵詈雑言を遮った。

「まあ、お解かりでしょうが…サクヤ様。全ては宗家安泰の為、悪戯に力を振るうのはお止め下さい」

 少女然としたその容姿からは、想像出来ぬ程の迫力が滲む声。八岐宗家でも大蛇丸家に次いで力の強い、櫛名田丸家の当主であるシオの発言で周囲は静まり返る。それは家の格と彼女自身の血の力が為せる技…サクヤ程では無いがシオもまた、異能の力を強く宿して生まれたから。自然と宗家の中でも発言力は強い。

「悪戯に、とは?無辜の民を救うのに力を振るうは、我等が八岐宗家の本懐でありましょう」
「そうでもありましょうが…余り軽々しく力を使われますな。まして下々の者の為になど」
「では問います。今使わずしてこの力、いつ何時使われるおつもりですか?」
「サクヤ様…私は何も、貴女と問答しに来ている訳ではありませんよ。お戯れも程々に」

 穏やかな笑みの下に、有無を言わさぬ威圧感を秘めて。瞬時に身構えるなりシオは抜刀して、その切っ先をサクヤの喉元へと向ける。

「宗家の事は今まで通り、万事我等にお任せあそばせ。これ以上、俗世に関わるようなら…」

 その言葉の先は言わずとも、サクヤには十二分に伝わった。有体に言えば、棄民など捨て置けと言うのだ。今まで通り超常の力を持つ異能者の血筋として、社会には影から関わってゆけばいいとも。そうして長い歴史の中で、政治や経済に強い影響力を培ってきたのもまた事実。
 しかしサクヤは頑なにそれを拒んだ。一際強い瞳でシオを見下ろすと、喉元へと突き付けられた刃を素手で掴んで。血が滲むのも構わず、それを握り締めて言い放つ。

「今、救いを求める者が居ます。我等が力はその為に…そう考えては貰えないでしょうか」
「…少しばかり血が強く出たからと。我等が忠告を無視すればどうなるか」

 周囲が殺気に満ちた。安穏とした停滞を望む者達にとって、改革者であるサクヤは邪魔者以外の何者でも無いから。彼女に周囲が望むのは、ただ黙ってお飾りの盟主の座を継いで、その強い血の力を次代へ残す事。八岐宗家の盟主が指導力を発揮する事を、誰もが望んでは居なかった。

「新妻苛めとはまた、皆さん揃って趣味が悪い。僕は平和な家庭がささやかな幸せだというのに」

 不意にパン!と部屋の奥の戸が開かれて。誰もが現れた声の主を振り返った。緊張感に漲る場の空気を制して、一人の男が現れる。傍らに太刀を持ったリリィを伴って。彼は居並ぶ面々をゆっくりと見渡し、心配そうに見詰める花嫁に微笑むと。剣を片手に無防備にサクヤとシオの間に割って入った。

「これはこれはイマチ殿、ごきげんよう」
「シオ、君等の言い分も解るけどね。基本的に宗家の力は、困った人達の為にあると僕は思うよ」
「これはまた異な事を…力も持たず生まれたイマチ殿が、この私に力の何たるかを語ろうとは」
「まあ、無いなら無いなりに、って事で。それより何です?僕のお嫁さんをよってたかって…」

 一見して穏やかな表情でしかし、眼光鋭く一同を睨んで。宗家でも有名な出来損ないの男を前に、居並ぶ異能者達は揃って萎縮した。しかしシオだけは退かず怯まず、対するサクヤも一歩も譲らない。

「イマチ殿、御主は黙って子作りにでも励んでればよろし。血を残す以外何も出来ぬ男が」
「まあ、そっちは多少自信はある積もりですが…シオ、試してみる?」
「なっ、馬鹿を申されますな!大蛇丸とは言え御主のような出来損ない…誰が躯を許すか!」
「あれ、そう…まあでも、僕には他にも出来る事があるので。こうしてノコノコ出て来た訳です」

 いかにも居心地が悪そうに頭を掻きながら。イマチはそっとサクヤの手に触れ、シオの突き付ける刃を自分へと向ける。鉄面皮のシオも流石に、その暴挙には動揺した。力を持たずに生まれはしたが、イマチは間違い無く宗家の筆頭、大蛇丸家の血筋を残す男だから。その命をこうも軽々と曝されては手も足も出ない。

「ならば何が出来るか試してみるがいい。剣聖直伝の腕程度で我等が力、相手に出来ると思うてか」
「お望みと有らば。僕に出来る事といったら、彼女を…サクヤを守って幸せにする事だけなので」

 周囲から冷たい笑いが巻き起こった。しかし本人は大真面目で、それがシオには伝わると。彼女はもう、黙って剣を引くしかない。その刃が翻ると、サクヤも手を放して。鮮血が床を濡らしたが、それに構わず気丈に周囲を見渡した。その鋭い視線は年寄り達を黙らせたが、イマチは傍らに寄り添うとその手を取って。懐から手拭を取り出し、血の滴る傷を覆う。

「サクヤ、シオ達を許して欲しい。僕が言うのもなんだけど、老人達も悪気は無いんだ」
「イマチさん…私は、ただ」
「うん、君のやろうとしてる事には僕も賛成するし、微力ながら支えたいとも思う。だから」

 みんなで幸せになろうよ…そう言って微笑むと。イマチは居並ぶ面々に向って、その中心人物であるシオに朗々と語り出した。超常の力故に迫害され、異能の力故に蔑まされた遥か昔…何故に自分達の始祖は、八岐宗家を名乗って身を寄せ合ったか。どうして八岐宗家の力がここまで大きくなったかを。
 今や八岐宗家と言えば、その力は異能者として恐れられるばかりでは無く。政治的にも経済的にも、影響力は計り知れない。それは全て、祖先が地道に積み上げて来た結果。人の世に仇名す邪を払い、魔を滅して来た…何の見返りも求めずに。そう、イマチはそれをこそ語りたかった。

「何を甘い事を!時代は変わっておる、何故それを今更」
「そうじゃ、力有る者こそ慎重であれ…軽々しくそれを振るうなど」
「力も無く生まれた者の戯言ぞ!」

 老人達は頑なだった。血糊を拭き取り鞘へ剣を納めて、それを見やりながら。シオは溜息を吐いて不満の声を遮る。その視線はイマチの横で、依然として凛とした表情で佇むサクヤを射抜いて。その真意にふと興味が湧き、彼女は改めて向き直る。

「興が削がれた…少し釘を刺してやろうと思うたが。惚気話に大法螺の理想論とはな」
「シオ、貴女達に相談しなかった事は申し訳無いと思っているわ。でも反対されると思って」
「当然であろ?棄民の事、我等が知らぬと思うてか!…助ける利も無く、道理も無い」
「でも私は、外の世界で見聞きして感じたの。利も道理も無いけど、それを出来る力が有るなら」

 ふん、と鼻で笑うシオはしかし、腕組み考え込んで庭に視線を逃がす。新たな盟主への反抗勢力の、その急先鋒であった彼女の異変に老人達はどよめいた。元々が権威に固執するだけの者達なれば、強い後ろ盾無くば盟主であるサクヤに異を唱えたりはしない。
 全ては櫛名田丸家当主、シオあっての事。そして当のシオ本人はと言えば…寄らば大樹の陰と近付く老人達とは裏腹に、真に宗家の名の元に集いし八つの家を心から案じて、敢えて苦言を呈しているのだった。無論、単にサクヤが気に入らないのもある…此花丸家はここ数百年で没落した末席だが、その娘が誰よりも色濃く血の力を宿していたから。

「ふむ、高貴なる者の義務と。それも良いがサクヤ、随分とアチコチに借りを作ったようぞ?」
「借りれる時は借りておきます。面子を気にしては誰も、何も守れないから」
「簡単に言うてくれるわ、これだから田舎娘は。まあよい、今回は折れてやらんでもない。だが…」
「もう気付かれてるのですね…ええ、察する通り。今、パイオニア2社会を脅かす影があります」

 それは静かに、しかし確実に浸透していた。希望の星ラグオルを待ち侘びるこの船団を、混沌の渦中へと投げ込もうとする男が居る。ただ力のみを理とし、力を求めて生きる獣の暗躍。危いバランスで成り立つパイオニア2の閉鎖社会を、それは僅かに…だが確かに揺さ振っていた。
 太古の昔より、社会に潜む世界の敵と戦って来た八岐宗家。今また、己に課した務めを果す時だとサクヤは感じていた。脈々と受け継がれし異能の力は、正にその為にあるのだから。その使命に目覚めた彼女に報いるように、その傍らには静かに微笑みイマチが寄り添う。

「やれやれ、困った盟主様ぞ。イマチ殿、せいぜいしっかり掴まえておくがいい…この御転婆を」

 老人達は慌てふためいた。旗印にと担いで煽ったシオの、突然の変節に。彼女は不機嫌そうに踵を返すと。最後に一度だけ振り返って吐き捨てる。

「確かブラウレーベン・フォン・グライアスとか言ったか?調べてやるが、勘違いするでないぞ」

 全ては八岐宗家の為。そう言い張るシオはしかし、礼を言うサクヤに真っ白な頬を僅かに赤く染めて。そのまま足早に大蛇丸邸を去る。慌てて追いかける取り巻きの老人達を引き連れて。その背を見送り、サクヤは感謝の言葉を胸の内に呟いた。これで棄民問題に専念出来る…無論、最後の最後まで人任せにする積もりは無いが。

「…まあ、シオはあれで昔から気難しい子でね。あの宗家第一主義も、少しは改まればいいけども」

 そう言うイマチはしかし、心底安心した様子で。抜かずに済んだ太刀をこれ幸いとリリィに放り投げて。騒ぎが終わるのを待って、愛しの花嫁の手を取ると。難題に挑む伴侶の助けとなるべく、仲良く寄り添い部屋へと戻る。
 例え宿業に縛られし、予定調和の婚姻でも。サクヤにまだ、外界に残した未練が残っていようとも。今はただ、イマチは側に寄り添い支えるだけ。それだけは誰の意図でも無い、自らの意思で。

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