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 超長距離恒星間移民船パイオニア2。調査と開拓、テラフォーミングを目的とした、軍が中心のパイオニア1とは違い、パイオニア2は初の本格的な移民船として作られていた。その巨大な船体には、第二のセントラルドームとなる町が、そっくりそのまま内包されている。
 それは第二の故郷へ船出した、流浪の民が住まう方舟だった。

「っと、ここらへんの筈だけど」

 エステルは一人呟いて、ぐるりと辺りを見渡した。移民達が割り振られた、集合住宅のビルが等間隔に並んで青空へ突き立っている。その光景はいかにも整然としていて、改めて自分達が、限られた閉鎖系の中で生かされているとエステルに実感させた。彼女が目指す先、ザナード=ラーカイナの住所は、いくつもある同じ部屋のどれかだった。
 さて、とエステルは腰に手を当て、鼻から小さな溜息を零す。ヨラシムは仔細な部屋番号までは教えてくれず、聞き返す間も与えてくれなかった。エステル自身、直情傾向著しい男のことを、身を持って知っていたので……あえて問い詰めるような真似はしなかった。
 ネットで調べても良かったが、相変わらず嫌なメールが堆積し続けている携帯端末を、それだけの理由で手にしたくはなかった。

「さて、どうしたものかな。……調べるか、観念して」
「どうかしましたかな? お嬢さん」

 定期的に着信で震える、今や手が遠退いて久しい携帯端末をクラインポケットに探していると、エステルは男の声に呼び止められた。振り向く先に、車椅子が一台。そこに埋まるように身を深々と沈めて、一人の男が微笑んでいた。

「人を訪ねるところなんですが……あの、ラーカイナさんという御宅、御存知ありませんか?」

 お嬢さん呼ばわりされるような歳でもないが、化粧の度に鏡を覗けば、それを相手に咎める気も失せて久しい。何よりいちいち、自分の歳を申し出るのも馬鹿馬鹿しくて、エステルは用件だけを非礼のないよう男へ伝えた。
 男は男で、ほう、と少し驚いて見せ、「ザナードの奴も隅におけん」などと呟きながら、顎をさすってニヤリと笑う。その表情を訝しげに眺めて、エステルは男の違和感に気付いた。
 男の脚は両方とも、膝から下が無かった。エステルの視線に気付いて、男は再度笑って頭をかいた。

「いえね、義足も買えないほどの暮らしぶりでして……お恥ずかしい」
「い、いえ。アタシこそ失礼を」
「いやいや、それよりお嬢さん……うちのザナードに何か御用ですかな?」

 穏やかな風に遊ぶ、寝巻きのズボンの裾をそのままに、男の眼光が鋭くなった。咄嗟にエステルは、同業者の匂いを嗅ぎ付ける。ヨラシムからは、ザナードの父親はいい相棒だったと聞いていた。
 しばしさぐるような視線が、エステルを頭のてっぺんから足の先まで精査してゆき、やがて男は頬を崩して。元の微笑へ戻った。

「息子のお友達、といったところかな? 生憎とザナードの奴は仕事に出かけてまして」
「いえ、友達という仲では……アタシもそんな歳では。ヨラシムから聞いてないでしょうか?」

 エステル=ロトフィーユと名乗るや、ザナードの父親と思しき男は再度驚いて見せた。

「貴女がエステル女史ですか。噂はかねがね。いやもう、嫌というほどのろけられてましたよ」

 それが過去の事であることは、どうやら知れているようだった。男は改めてお嬢さん呼ばわりを詫び、最近のヨラシムはどうかと……何より、最近のハンターズはどうかと聞いてきた。懐かしそうに細めるその目は、どこか遠くへ視線を投ずる。

「先日のニュースには私も驚きました……羨ましい」
「羨ましい? 何がです? ええと」
「イレース。イレース=ラーカイナです。エステルさん、で構いませんかね?」
「え、ええ……」
「羨ましいのですよ。ラグオルには冒険が、それも一攫千金のチャンスが眠ってる」

 この足さえまともならと、自嘲気味にイレースは嗤った。それが少し卑屈めいて見え、エステルの癇に障る。ヨラシムの話では、腕の立つレイマーだったと聞いていたが、その面影はどこにもない。

「しかしカレン=グラハート……あんな少女が。准将もさぞかし心配するでしょうに」

 エステルにはお構い無しに、イレースは車椅子を近づけてくる。

「もしやエステルさん、うちのザナードが何か」
「いえ。ただ、その。……やはり、心配されるだろうなと思いまして」
「ははあ、それでここ最近、ザナードの奴は落ち込んでいる訳ですな」

 何やら得心した様子で、イレースは深く頷いた。それに促されるように、エステルが今までの経緯を語る。同時に、ザナードの特殊な気性を知る手掛かりを、気付けば自然と求めている自分に気付いた。

「あの子は……幼い頃に母親を亡くしましてね。私が男手一つで育てたもので……」
「しかし、こう言ってはなんですが」
「いいんです、不出来な息子で。しかし健気で、それだけに不憫でもあります」
「イレースさん……」
「私が仕事に失敗して、こんな身体にならなければ……学校だってもっと。何よりまだ、ザナードは遊びたい盛りの――」

 イレースの言葉を即座に、エステルは無意識に遮っていた。

「ザナード君はもう、立派なハンターズ。そりゃ、立派は言い過ぎだけど……」

 もじもじと己を抱き寄せるように、肘を抱えてエステルは俯いた。その姿にきょとんと目を丸くして、イレースもしみじみと車椅子の肘掛に頬杖をつく。

「知らぬ間に子は育っていくものですな」
「一人で育つ人間なんていないけど? でも、ザナード君は成長した。だからこそ」
「あの子は小さな頃から、こう、上手く言えないのですが……人を頼れない性分なのです」

 父親の意外な告白に、エステルは思い当たる節があった。いつでもザナードは真面目で勤勉で、教えたことは面白いように吸収してゆく。それはしかし、ザナードのほうから求めてくることは少なかった。消極的な訳ではない、寧ろ積極性の塊だが……どこか根底に、自力での解決しか許さぬ気構えが感じ取れた。今にして思えば、とエステルは心に結んで追想を終える。
 そう、ザナードにはどこか、自分が、自分こそがという気負いがあった。

「現役の頃の私が、厳しすぎたのでしょう。甘える相手も知らず、ザナードは素直過ぎました」
「でもそれって、珍しいことじゃないでしょ? 特にアタシ達、ハンターズの中じゃ」
「……そうでしょう。だからあの子がハンターズを選んだのも、何も驚くことではなかった」
「そして、未熟……というよりはまあ、危なっかしいから、アタシは――」

 一度口を噤んで、エステルは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「アタシはザナード君をチームから外した。今でもそれ、間違ってないと思う」
「貴女はヨラシムの言ってた通りの女性だ、エステルさん。正当な判断ですよ」
「ただ、これで終わりって訳じゃないし……イレースさん、ザナード君に伝えて。待ってる、って」
「……うちの子にそれで、伝わるでしょうか。エステルさんの、その言葉の真の意味が」

 何を待っているか、エステルは言わなかった。ただ、安易に望まれていると喜び、ザナードが舞い戻ってくるとは思わない。そんなことにでもなったら、その時こそ真に別離の時……見込みはない、少なくとも一緒にラグオル調査をするハンターズとは認められない。
 それでも……待ってる。エステルはザナードの――

「解りました、伝えておきましょう。貴女の言葉の、ありのままを」
「ありがと。それと最初の質問に一応答えておくわ。アタシはザナード君の友達なんかじゃない」

 ただ一言、仲間だと言い残して。エステルは颯爽と踵を返すや、肩で風切り歩き出した。今はその背に、子犬の様につきまとう者がいなくても。どこか憎めない後輩の新米フォースは、きっと追いついてくる。信じるというには根拠も無く、そう願う気持ちすら確かではないが。
 エステルはどこか、ザナードの熱を欲している自分を、冷静に一人のハンターズとして否定していた。定数でのラグオル調査ならば、新たに人員を探すのも手間だと言い訳をしながら。

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