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 それは不思議な、真に不可思議なクエストだった。
 オスト=ハイルなる人物が、パイオニア1で研究していたデータを回収すること。一見して、何の変哲もない単純なクエストにも思えたが。ザナードには、坑道で苦難が待っていた。
 先ず、人に襲われた。坑道を跳梁跋扈する機械群にではなく、人に。
 次に、人に助けられた。先に進めず右往左往しているところを、一人の女性に。

(ラボ以外にも、このデータを探している組織がある? それ程に大事なものなんだろうか)

 パイオニア2への転送が終わり、いつもの広場に降り立ったザナードは、手の中のディスクを見つめて心に呟く。スゥと名乗った突然の協力者もまた、オスト博士の研究データを欲していた。

(それよりも……)

 遺跡。
 回収したデータの大半は、β772とよばれる実験生物のものだったが。それは恐らく、先日ザナード達が遭遇した、巨大なワーム……総督府とハンターズギルドがデ・ロル・レと命名したアルダービーストのことだろう。
 しかし――遺跡。
 データのそこかしこに出てくる、遺跡という単語がザナードの興味を強く引いた。

「まあでも、考えてもしかたがない。僕は……今は、まだ」

 ひとりごちて、ギルドカウンターへと歩き出すザナード。
 最近ではもう、ラグオル調査の進捗は滞って久しかった。ザナード一人では坑道の解析は思うように進まず、他者と組んでも上手く役割を満たすことができなかった。そればかりか、生活に追われてついつい、報酬の多いクエストを一人でこなす日々が続いていた。
 今、ラグオルの真実は、どこまで暴かれたのだろう?
 今、パイオニア2はどのような状態で漂っているのだろう?
 今、仲間達は――
 頭の中で渦巻く思考はしかし、日々の暮らしに埋もれてゆく。ザナードの今は、明日の食い扶持を稼ぐことに消費される毎日だった。だから、久々に聞く懐かしい声に呼び止められても、気付けないのも無理はなかった。

「おいこら、ザナードッ! 何でぇ、薄情な奴だな、おい?」

 ぐいと後から襟をつかまれ、息が詰まってザナードはむせた。
 振り向けばそこには、バツが悪そうに鼻の下をさする、ヨラシムの姿があった。あの日の一件以来、はじめての再会だったが、ザナードには酷く懐かしく感じる。すぐに込み上げる思いが、鼻の奥でツンと痛んだ。

「師匠ぉ!」
「お、おおう? 何だ、どした? やっぱりアレか、一人で難儀してんのか、ったく」
「難儀なんてもんじゃないですよ、僕一人じゃ稼ぐので精一杯。とてもラグオル調査なんて……」
「ラグオル調査、ねえ」

 思わずヨラシムに抱きつこうとしたザナードは、大きな手でぐいと押し返された。苦笑しながらもヨラシムは、男と抱き合う趣味はないとばかりに鼻を鳴らす。それでも、ザナードには嬉しくてたまらない。
 今思えば、父親以外とこんなにも喋ったのも久しぶりで。今日、一緒に行動したスゥとも必要最低限のやりとりしか交わさなかった。それでも名前を告げてしまったのは、ひとえにザナードが寂しさを抱えていたから。父親の前で努めて明るく、平静を装って元気な姿を演じれば演じるほど、さびしさは募った。

「俺等もまあ、誰かさんがいないおかげで……」

 無精髭の顎をさするヨラシムの言葉に、ザナードは目を輝かせる。
 しかしそれも、次の一言で落胆に沈んだ。

「サクサク進んでるぜ、今のところはな」
「そ、そんなぁ〜!? 待ってる、って……」
「あ? 何だ、それ……ああー、あんにゃろうめ。昔っからそうだ、素直じゃねぇ」
「昔っから? あ、ああ……えっと、師匠は先輩と」

 男女の仲だったとは知っていても、ザナードには実感が沸かなかった。即座に脳裏へと、仲睦まじい二人のビジョンが浮かぶ。アハハウフフと逃げるエステル、待てよ待てったらと追うヨラシム……悲しいかな、これがザナードの想像力の限界だった。
 彼はまだ、色恋沙汰の何たるかを知らなかった。

「ん、ま、まあな……昔の話だ。お前にだっているだろ、好きな女くらい?」
「え? 僕がですか? ええと、うーん……」

 咄嗟にザナードは腕組み額に眉を寄せた。胸の内に問うて、その姿を念じる。しかし名前は愚か、好みのタイプすら浮かばない。そもそもザナードには、恋愛感情という概念がスッポリと抜け落ちていた。
 それでも辛うじて、ヨラシムが「せめて気になる奴とかいねぇのかよ」と溜息を吐くので、先輩以外で唯一、知ってる女性の名をあげてみる。

「……強いて言えば、エルノア、さん?」
「おお、誰だそりゃ?」
「モンタギュー博士のとこの、エルノア=カミュエルさんです。ちょっとした縁で……」
「でかしたっ! 俺ぁ安心したぜ……何せカタブツのイレースのことだ、そっち方面は全然――」

 ヨラシムは破顔一笑、肩を組むなりザナードをバシバシ叩く。ハンターズスーツ越しの体温と肉感が、ザナードに久々の温もりを感じさせた。

「で? そのエルノア嬢とやらにでも泣きついとけよ。いいかザナード、女ってのはなあ……」
「どうしたんですか、師匠。それ、何だか先生みたいですよ」
「カゲツネの奴は節操がねぇ、俺はもっとこう、だな」
「はは、でも師匠……そんなの、男らしくないですよ。恥ずかしいし……迷惑だろうし」

 不意にヨラシムが真面目な顔で、額を寄せてザナードを覗き込んでくる。

「お前なぁ……そのエルノア嬢って、お前にとって何だ?」
「ええと、何でしょう……あ、でも製作者のモンタギュー博士は、今日の仕事の」
「オスト博士と並び称される天才だ。だがあんなトンチキ学者のこたぁ、どうでもいいっ!」

 ぐいと身を乗り出してくるヨラシムは、背丈はザナードとそう変わらない。しかし、その肉体は筋肉の鎧に包まれており、腕などは麗しのエステル先輩の腰ほどもある。そのマッシブな身体に、何やら鬼気迫る表情で詰め寄られて、思わずザナードは仰け反った。

「ちょいと様子を見に来たんだがな。やっぱ駄目だな……も少し世間の荒波に揉まれてこい」
「そ、そんなぁ……ええと、何が悪いんでしょう」
「解らないか? ザナード」
「解らないんです、まるで自分の中に答がないような……教えて欲しいんです、師匠」
「フン、もう少しじゃねぇか。も少し素直になれたら、きっとまた一緒に行けるさ」

 ラグオルに……冒険に。
 それだけ言って、最後に自分が来た事を他言しないように釘を刺して。ヨラシムは飄々と背を向けるや、ザナードから離れていった。慌てて手を伸べるザナードはしかし、もう少しという言葉に遮られる。もう少し……今は、まだ。
 それでも、去り際に、ヨラシムは一度だけ肩越しに振り返った。

「最後に一つだけ。なあ、ザナード。リコのメッセージ、まだ集めてっか?」
「え? あ、はい……でも、なかなか調査に専念できなくて……」
「お前の集めたログ、あてにしてっからよ。俺等、そんな面倒なことしねぇし」

 まだハンターズは、坑道の全容を半分も知っていない。ただ、相変わらず赤い輪のリコが置いた、メッセージカプセルだけがあちこちに点在していた。ザナードはエステル達のチームから放逐された後も、時間を見てはメッセージを回収し、整理して保存していた。

「じゃあ、あの、僕も……」
「最後って言ったろ。ザナード、もうチョイでお前さん、掴めそうだぜ。俺の勘だけどよ」
「? ……そうでしょうか。掴めそうってことは僕、手を伸ばしていいんですよね?」
「そりゃお前、うんと伸ばせ。多少は背伸びして、それでも足りなきゃ飛んで跳ねろ」

 そうまでして解らなければいけないことが、ザナードにはあるらしい。そしてそれは、ぼんやりとだがザナードの中で滲んだ輪郭を形成し始めていた。今もまた、不器用に発揮される。

「遺跡、って何のことだと思います?」
「は? 何だそりゃ。……仕事の話か」

 途端に目付きの鋭くなったヨラシムに、ザナードは頷き、そして……

「とりあえず先ずは、僕が調べてみます。気になるんです……今日のクエストで、あの人も言ってた」
「あの人、って……まあ、上手くやれや。遺跡ねえ、遺跡、遺跡……先史文明の形跡はない筈だがな」
「スゥさんって言って、坑道で一緒にオスト博士のデータを探し――師匠? あの、ヨラシム師匠?」

 スゥの名を聞き、踵を返してヨラシムが戻って来た。その見開かれた目は、ほの暗い炎が燃えるように爛々と輝いている。ガシリとザナードは両肩を掴まれた。

「そいつに……ブラックペーパーに関わるな。いいな、ザナードッ!」

 訳も解らず、しかし尋常ならざる雰囲気に、ザナードは無言で何度も頷いた。

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