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 酷く疲れた。
 身も心も。
 ヨラシムは今、疲労困憊のクタクタで、ようやくパイオニア2へと帰りついた。クエストの依頼を完遂し、その成果を連れ帰って。

「ったく、いいからキリキリ歩けよ。いいかぁ、お嬢ちゃん。そもそもだな……」
「ふええっ、また怒るっ!? あっ、クロエだ! 助けて、クロエー!」

 ギルドへと足を踏み入れるなり、ヨラシムの横を歩いていた少女が駆け出した。今の今まで意気消沈で、泣きべそをかきながらしゃくりあげていたのが嘘のよう。
 頭痛の種が鏡合わせの妹に抱き付く姿に、ヨラシムは深い溜息を吐いた。

「おかえりなさい、アナ。無事でよかった。ずっと心配してたんだから」
「うえーん、ごめんねクロエ。あたし、がんばってお金を稼ごうと思ったんだよ。でも……」

 利発的で賢いのが妹のクロエで、子供の様に無邪気で幼いのが姉のアナ。
 二人は双子だった。
 今日のヨラシムの仕事は、ハンターズでもある妹のクロエからの依頼。最近頻発する洞窟での、謎の行方不明事件に関する調査だった。姉のアナも含め、かなりの数のハンターズが、既に多くの者にとって踏破し終えた洞窟へと消えた。
 誰が呼んだか、都市伝説の名は"帰らずの滝"……ちょうど洞窟の中ほどにある滝を境に、誰もが忽然と姿を消すのだ。最も、その謎ももうヨラシムの手で解き明かされたが。だが、消えた者達は一人も戻ってはこない。アナを除く誰もが。

「感動の再会をじゃまして悪いけどよ、お嬢ちゃん達。事件はまだ終っちゃいねぇ」
「そうでした、すみませんビェールクトさん。私ったらはしゃいでしまって」

 クロエは自分の胸にアナを抱き、その頭を撫でながら表情をかげらせる。長い睫毛が憂いを帯びて、ふせめがちな視線はヨラシムから逃げ出した。しかし、話の確信にまで背を向けたりはしない。
 そう、まだ事件は解決してはいない……失踪者達は依然として、姿を消したまま。

「さあアナ、落ち着いて私達に事情を説明して。あの洞窟で、何があったの……いいえ」

 クロエは言葉を区切り、しっかりとアナの両肩に手を置き身を離す。そうして双子の姉を覗き込み、目と目を合わせて額を寄せた。

「いいえ、アナ。あなたはあの洞窟で、何をしていたの?」

 ヨラシムは黙って二人を見守り、言葉を待った。彼自身、道中でアナからあれこれ聞き出そうと試みたが、まるで幼児を相手にしているようで、一向に埒があかなかったから。ここは一つ、話しやすい相手に任せるのが一番だと腕組み佇む。
 ふと、脳裏を親友の息子が過ぎる。
 しかし、あのザナードでもここまで子供ではない。むしろ、子供じみた背伸びで大人に近付こうとしている分、何かあった時の要領もザナードはそれなりに良かった。最も、それを嫌というほど思い知ったのは、彼自身が常に"何か"を起こしてくれるからで……それが原因で今、ヨラシムは暫く彼の師匠と言う座を返上しているのだった。

「あっ、あのね、あたしね……商人のおじさんに言われてね」

 アナが喋り出した。途切れ途切れに、泣いて怯えながら。大粒の涙を浮かべた瞳が、時折ちらちらとヨラシムに向けられる。恐れられてると知れば居心地も悪いが、実際ヨラシムは怒り心頭だった。
 先ず、人様の武器や道具を強奪して、それで儲けようという性根が気に食わない。
 次に、いい年をしてそれを平然とやる者にも呆れてしまう。
 それでもヨラシムは、苛立だしげに顎の無精髭をさすって下がる。はいはい怒りませんよ、という態度でぎこちない笑みを浮かべ、やれやれと壁にもたれた。そのままズルズルと、座り込んでしまいたい気分をどうにか抑えながら。

「うんとね、トラップをたーっくさん仕掛けたの」
「トラップ?」
「うん! それでね、ひっかかった人達が行動不能になるでしょ、そするとね」
「パイオニア2からの救出プログラムにより、転送処理が走る筈だけど……」
「おじさん達とね、その前にササッと貰っちゃうの! 武器とかね、メセタとかね」
「おじさん、達?」

 ヨラシムは往路の忌々しさを思い出した。こんな時、カゲツネがいてくれれば……何度もそう思わせるだけのトラップが、アナを探すヨラシムを待ち構えていたのだ。他ならぬ、アナ自身の手で敷設されたそれに、失踪者達は全て引っ掛かったという訳だ。
 では、その後は? ギルドのハンターズはラグオル調査に際して、ハンターズスーツの機能により、行動不能となった場合はパイオニア2へと転送される。しかし、実際には誰も帰ってはこなかった。

「そ、おじさん達がね、何かコチョコチョやって、それで連れてっちゃうんだー」
「コチョコチョ、って……スーツの機能を解除なんて、そうそうできることじゃないわ」
「最初はね、赤い髪のお姉さんがやってたよ。それ見て、おじさん達も覚えたの」
「赤い髪の……女? まさか、やっぱり」

 クロエが一瞬、ヨラシムへと目配せをした。それはどこか、身の内に抱え込んだ疑念の共有を、暗に求めているような視線だった。自然と黙って頷き、ヨラシムは話の先を促すように黙る。
 ヨラシムはもう、この一連の失踪事件の解決に、最後まで付き合うつもりでいた。
 思いもよらぬ形で、運命の糸が仇敵に繋がっているとも知らずに。

「上手くやっつけるとね、誉めて貰えるの。おだちんも貰えるしね、これでクロエにも……」
「だめよ、アナ。そんなお金、使ってはダメよ。あなたは悪いことをしたの、解る?」
「……あそこのおじさんに怒られた、から、解る……すっごい怒られた」
「アナ、何故怒られたかを考えて。それが解らなかったら一緒に考えましょう」

 クロエは再度、声を上げて泣き出したアナを抱き締めた。

「アナ、そのお金は本来の持ち主に返しましょうね」
「うん……うんっ! ごめんなさい、クロエ。ごめんなさいっ!」

 その本来の持ち主達を、先ずは探さなければいけない。無論、お金では買えないものが既に奪われているかもしれないが。ヨラシムは、身包みを剥がされ今もどこかに姿を消してる、同業者達を案じながらも同情した。
 そんなヨラシムに、クロエが言葉を選んで語りかけてくる。

「ありがとうございました、ビェールクトさん。後は私が……」
「どうケリをつけるってんだ?」
「妹として……家族として、責任は取らなければいけません。心当たりもありますし」

 クロエは切々と、アナの背中をポンポン優しく叩きながら言葉を紡ぐ。
 アナの犯した過ちを、自分が償うこと。その為にも先ず、未だに行方不明となっている者達を探し出すということ。それら全てを自分一人でやらなければと、クロエがギルドカウンターをちらりと見た瞬間。ヨラシムは身を正して歩み寄った。報酬が待つカウンターではなく、抱えきれぬ難題を背負って立つ、一人の少女に。一組の双子に。

「ガキはそういう時、大人を頼っていいんだよ。まして同じハンターズ、だろ?」
「でも、ビェールクトさん……私にはもう、払う報酬が」
「ヨラシムでいいぜ、お嬢ちゃん。心当たりがあるって言ったな? 話、聞かせろや」
「――ありがとうございます、ヨラシムさん」

 クロエまで涙ぐんで、目尻を手の甲で拭う。その気配を敏感に察知したアナは、妹の腕からすり抜けるや、庇うように身を広げてヨラシムの前に立ちはだかった。まるで、妹を泣かせたヨラシムに、今にも踊りかかりそうな剣幕で睨んでくる。
 仲の良い、どこにでもいる双子だ。むしろ、そうであって欲しくてヨラシムは苦笑を零した。
 生来、子供は嫌いじゃない。

「この事件、背後にある組織が関係していると思います。ただ、その事を伝えてしまうと」
「なぁに、巻き込まれる前に俺から突っ込んでやるさ。吐き出しちまいな、そうすれば楽に――」

 不意にヨラシムの携帯端末が鳴った。着信音は、今日の同行を強く願った仲間の物だ。クロエに一言断わり、背を向けメッセージを再生するヨラシムの表情が戦慄に凍る。
 それは、友の遺言。
 そして告げられた仇敵の名は、辛うじて平静を保ちつつ向き直ったクロエの口からも告げられる。ブラックペーパー……それがヨラシムが追い求めて探し続ける、このパイオニア2の――否、本星コーラルの暗部。長い歴史の闇に暗躍する、邪悪な黒い羊皮紙。
 何より、ヨラシムの親友からハンターズとしての命を奪い、その生活さえも脅かしている存在だった。

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