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 今や馴染みになりつつある山猫亭の一角で、ザナードは渋い顔の師匠に対面していた。隣には巨体の先生が陣取り、目の前にはじゅうじゅうと音を立てる焼き立てのビフテキ……それが彼の、今日のクエストの報酬。無論、合成肉などではなく、本物の牛である。

「まっ、いいから食えよ」
「は、はい。いただきますっ!」

 ザナードの剣の師匠、ヨラシムは先ほどから不機嫌だった。その理由を知っているらしく、隣の先生ことカゲツネが何やらにやついて見える。頭部センサーを走る光の不規則な明滅が、まるで皮肉を零すように輝いていた。
 今日のクエストは、刀剣工オズワルドの依頼で、ラグオルから武器の素材を集めるというものだった。報酬はささやかな(それこそ、三人で分ければビフテキ一人前分程度の)ものだったが、何よりヨラシムを乗り気にさせたのは――

「ほへで、ひひょう! ふくっふぇもはったふひは」
「ザナード君、食べてから……いえ、食べた後もそれは聞かないほうがいいでしょう」

 ヨラシムはそれを肯定するように、ぷいと窓の外を向いてしまった。依頼人にクエスト達成の報告をしたのはヨラシムなので、ザナードにはまだ事の顛末は知らされてはいない。ただ山分けされた報酬だけが手元に転がり込んで、ちょっとした贅沢をさせているだけだった。
 だが、どうやら隣でジョッキをあおるカゲツネには、既に知れているようだった。

「――まあ、ヨラシムが何を作って貰ったかというとですね、ザナード君」
「俺ぁ言ったぜ、確かに……剣を、ってな」

 ふてくされたヨラシムは一人、苦虫を噛み潰したような顔でテーブルに頬杖を突く。その態度からザナードは察すればいいのに、それができる程、場の空気に敏感ではなかった。
 生来の鈍感さというか、一種の図太さが少年に素朴な疑問を発音させる。

「剣を作って貰ったなら、良かったじゃないですか師匠!」
「ん? ああ、剣ならな……」
「最近は遺跡の、ええと、何でしたっけ、あの」
「ダークエネミーな。D型亜生体とかいう奴だ」
「はいっ! あれに通用する剣が欲しいって……」
「そりゃ、そろそろギガッシュより上が欲しいとは言ったぜ? まぁ聞けザナード」

 やれやれと肩を竦めて、ヨラシムがぐいと身を乗り出した。それでザナードも、ビフテキを口に運ぶのも忘れて、ナイフとフォークを握り締める。結果を知ってるカゲツネだけが、相変わらず笑みを堪えるように身体を震わせていた。

「先ず最初はミウォンタイトだ……これはお前さんが見つけたのを使った」
「フォトンドライブのコアになる物質ですよね! みんなで小川を探した」
「そ、そこまでは良かったわけよ。……何だカゲツネ、そんなにおかしいか?」
「いえいえ、どうぞ続きを」

 ヨラシムは冗談半分呆れ半分で、ウィスキーのグラスを持った手で指差しながら、カゲツネを軽く眇める。カゲツネはカゲツネで、オーバーなリアクションに両手を広げながら、話の続きを促した。

「次はドラゴンの牙だ」
「はいっ! 今日のは小さい固体でよかったですよね。三人でもなんとか……」
「まあ、以前の時とは彼我戦力差が明らかに違いましたから」

 今日、小ぶりとはいえ、三人は森でドラゴンを一匹討伐していた。それも全て、依頼主の「ラグオルの素材で武器を作ってみたい」という願望を叶えるため。とはいえ、ドラゴンの牙が、フォトン科学文明の最先端であるフォトンウェポンに、どう生かされてるのかを知る術は無いが。
 それでも必要と言われれば、黙って集めるしかない。そして幸運にも、どうにか三人は小さな個体に遭遇し、不意をつく形で襲い掛かった。憐れ餌を求めて森を徘徊していたドラゴンは、ギガッシュで滅多打ちにされた挙句、ショットの三斉射で逃走を阻止され、花火程度のギゾンデで昇天した。

「やっぱり僕達、以前より強くなってますよね! 今日なんて先輩がいないのに」
「それもあるけど、今日のはやっこさんが弱かったのよ……ありゃまだガキの竜だったな」
「思えば少し、むごい事をしたかもしれません。狂っているとはいえ、原生動物ですから」

 そう言うカゲツネが率先して、死骸からドラゴンの牙を機械的に切除していたのを、ザナードはハッキリと覚えている。だからヨラシムが「よく言うぜ」と溜息を吐くのに、大きく頷いてみせたりした。
 依頼主が武器の製造に要求した素材は三つ、フォトンドライブのコアになるミウォタイト……これはいわばフォトンを用いるあらゆる製品に使用される物質である。次にドラゴンの牙、これの用途は今もって不明。そして最後に……フォトンドライブの触媒となり、空気中よりフォトンを抽出する鉱石。

「鉱石が一番苦労しましたね、師匠!」
「ヨラシムはなかなかの目利きですからね。触媒選びにはこう見えてもうるさいですよ」

 フォトンウェポンの威力は全て、触媒となる鉱石で決まる。量販品は大半が、合成石か低級の貴石を用いるのが普通だが。レアリティの高い高級品ともなると、非常に贅沢な触媒を使っていることが多い。ダイヤモンドやルビー、オパールにエメラルド……ちょっとした財産とも言える程の、天然の結晶。
 無論、そこまでの物をヨラシムが求めた訳ではない。だが、このラグオルの洞窟に潜るからには、それなりの物が欲しかった。そして実際、納得のゆくものを手中に収めた。筈だった。

「でも師匠、久々に一番奥まで行きましたね、洞窟」
「今は洞窟も随分と人の出入りがありますね。後発のハンター達の、格好の訓練場です」
「……そーよ、俺等ぁわざわざ、奥の奥まで行った訳よ」
「ヨラシム、あの石には小躍りして喜んでいたではありませんか。何が不満なのです?」
「知ってて俺に言わせるか? ったく、性格の悪ぃ奴だぜ」

 確かに岩盤より蒼い石を削り出して、ヨラシムは感嘆の声をあげていた。
 では、その後どうなったのか? ザナードは結末を求めて、師匠と先生とを交互に見る。

「あの石はそうだな、天然のアクアマリンとまではいかねぇが、結構悪くねぇもんだった」
「フォトン変換率もいい値が出そうでしたし……何より純度が良かった。それなのに」

 そう、それなのに……その先を語るにはどうやら、笑いを噛み殺す必要があるようで。カゲツネはメインセンサーの点滅を手で覆って顔を背けた。その肩がやはり、小刻みに震えている。
 ザナードが不思議そうに強請る視線を投じれば、観念したかのように眉根を寄せて、ヨラシムが事の結末を吐き捨てた。

「あのオヤジ、折角の素材でっ! こんなもん作りやがった!」

 ピィン、とクラインポケットの開く音と共に、ヨラシムは天井まで届く程の長大な武器を取り出した。通りかかったウェイトレスが、驚きの声をあげるが、意に返さない。
 それは作りたての素材が未だ香る、一本の槍だった。

「俺ぁ剣って言ったんだよ、剣ってな!」
「広義の意味では、槍も刀剣の部類に入るのでは?」
「ソードなら俺が使うし、セイバーならザナードにって思ってた訳だ、それがよぉ」
「いいではありませんか。パルチザン、ヨラシムが使っても」

 するすると再び、ヨラシムのクラインポケットが槍を飲み込んでゆく。
 同時に彼は、がくりと肩を落として呟いた。

「俺ぁ……槍は、好かねぇ……つーか、使ったこと、ねぇ……」

 そういえばザナードは、パルチザンを振るう師匠の姿を見た事がなかった。稽古の時は共にセイバーを振るい、ラグオル調査での戦いではソードを、時にはダガーなんかも使っているが。時折スライサーや銃器の類も見せるが、槍だけは見た事がなかった。

「でっ、でも、あの素材で作った槍ですから! この機会に……」
「あの素材で、なぁんで今更グリーンフォトンの……ただのパルチザンなんだよぉ〜!?」
「えっ、あ、いやぁ……師匠、それは……先生もなんとか言ってくださいよ」
「とりあえず、売っても二束三文にしかなりませんね」

 その、どこかにドラゴンの牙を秘めた槍は、フォトンとしては一番威力の低い、グリーンフォトンを発現させるパルチザンだった。申し訳程度にエレメントが付与されているが、どうやらあまり有用なものではないらしい。
 そして何より、遺跡の化物に通じる武器を期待していたヨラシムの落胆が、目に見えてザナードには気の毒だった。いつもの覇気もふてぶてしさもなく、しょんぼりと窓の外へ遠い視線を投じる、その背中がすこし煤けて見える。

「はぁ……苦労に見合わねぇよなあ。やっぱ銃か杖にすりゃ良かったか?」
「オズワルド氏のことですから、あまり期待できないのではないでしょうか」
「結局あのオジサン、刀剣工というか……趣味の人だったみたい、ですよね」

 ザナードの一言がトドメになって、ヨラシムは真っ白く燃え尽きた。
 結局彼はその日も、下取りに売り払う算段をつけていたギガッシュを、丹念にグラインダーで磨いてから床に就いた。倉庫を圧迫する一振りとなった件のパルチザンは、次の日には武器屋の軒先に並んでいた。

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