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 自分の先輩がWORKSを調べている。それは先日知ったが、まさかザナードは、自分が関わりをもつことになるとは、夢にも思わなかった。
 WORKS……宇宙軍空間機動歩兵第32分隊。レオ=グラハート准将を中心に、軍部内でも強い影響力を持つ、超実戦派部隊である。現在はその力ゆえに、首魁であるレオ=グラハートの更迭によって力を削がれているが、それでもパイオニア2の一大勢力であることに変わりはない。
 何故、なにゆえに、ザナードがそんな、物騒な連中と関わってしまったかというと、

「ええとぉ、ごめん、なさいっ!」

 エルノア=カミュエルに頼まれたからだった。
 その彼女は今、ライフルのストックでWORKSの隊員を殴り倒すと、何度も「ごめんなさい」を呟きながら、その気絶した身体を物陰へと隠す。そうして、坑道の奥への扉が開かれると、呆気に取られていたザナードは、背中をポンと叩かれた。

「ようし、行こう。フフフ、エルノアも随分と大胆になったなあ。君の影響かい?」

 一人のフォニュームが、その偽りの身分に不釣合いなライフルを手に、笑いかけてきた。
 パイオニア2の天才科学者、ジャンカルロ=モンタギュー。エルノアの生みの親にして、今回のクエストの依頼人。依頼内容は、エルノアの姉、ウルトをWORKSの手から奪還すること。
 しかし、ザナードには一つだけ、解せないことがあった。友人であるエルノアの頼みとは言え、坑道内に陣取る軍の管轄区域に無断侵入、そのうえ違法ハッキングまでやらされたのだ。
 ここ最近は姿を見せないが、師匠や先生の教えは確かに、彼を以前より慎重にさせていた。

「それよりモンタギュー博士、そろそろ事情を説明して貰えませんか?」
「うん? ああ、WORKSがエルノアの姉、ウルトをさらったんだ。それを助けて欲し――」
「それはエルノアさんから聞きました。僕が聞きたいのは、その理由です」

 進路を確保し、振り向くエルノアが小さく手を振る。それに手を振り返しながら、ザナードの口調は鋭くなった。そこから発する細められた詰問を吸い込み、モンタギューは薄い笑みを浮かべる。

「フフフ。どうやら、ただのエルノアのお友達ってだけじゃ、ないみたいだね」
「僕、これでもハンターズですから。少なくとも博士、心当たりがおありでは?」
「そうだねぇ、心当たり、ねぇ」

 ザナードの言葉を、のらりくらりとかわして、モンタギューが先へと進む。その横に並んで、ザナードは追及の声を呼びかけ続けた。
 だが、まともな返答を貰う前に、警報がけたたましく坑道内に響く。
 先行していたエルノアが、不安げに銃を構える、その背中に二人は追いついた。

「おやおや、見つかっちゃったねぇ。どうする? ハンターズ君。強行突破するかい?」
「それは避けたいですね。むしろ、避けるべきでしょう。エルノアさん! こっちへ!」
「すっ、すみませんっ。なんだか私が、センサーに引っかかったみたいですぅ」

 赤色警告灯の回転に、薄暗い室内が朱に染まる。遠くから、WORKSのキャスト達が近付く気配が聞こえる。早くも絶体絶命のピンチに、ザナードは二人の同行者をかばいながら、脱出口を探して左右に視線を配る。
 その先に、硬く閉ざされた扉が目に止まった。

「モンタギュー博士、ロック解除できますか? この先でやり過ごしましょう」
「賢明な判断だ。エルノア、手伝ってくれ」

 数字のプッシュボタンが並ぶ、電子制御のロックへと、モンタギュー博士が屈みこむ。エルノアはすぐさま、自分の後ろ首筋からコードを伸ばすと、そこへと直接接続を試みた。警戒するザナードは、緊張から剣を取り出しスイッチを押し込む。低い低周波の唸りと共に、粒子の刃が形成された。
 足音は徐々に近付き、掛け声を叫びあう電子音声は増えてゆく。

「こりゃザルだね、五分も掛からないよ。エルノア、しょぼい防壁だ、溶かしちゃって」
「は、はいっ、博士」
「さて、ハンターズ君。さっきの話の続きさ。君はマザー計画を知っているかい?」

 作業に没頭しながら、手を休めずにモンタギューが語りかけてくる。手近な資材でバリケードを作っていたザナードは、その声に振り向いた。虚空を見詰めるエルノアの意識は、今は電子の海を泳いでいる。恐らく、システムへの介入を阻む、電子防壁の解凍を試みているのだろう。

「マザー計画……いえ、僕は何も。いや、待てよ……マザー、マザー……どこかで」
「母なる星に見捨てられた僕らの、新たな母星……ラグオル。そこに眠る子の、大いなるマザー」

 キンコン、と緊張感に欠くチャイムが鳴って、ロックが解除された。同時にエルノアの瞳に、光が戻ってくる。彼女は急いでコードを引っこ抜くと、壁を背に隣の部屋を警戒していた、ザナードへ駆け寄ってくる。

「ザナードさん、行きましょう。オネエサマを絶対、取り戻すんですぅ」
「フフフ、マザー計画は表上、軍の全兵器統合管理システムという名目になってる。でも……」

 眼鏡の底に笑いを秘めながら、モンタギューが扉を開き呟く。
 その奥から、意外な人物が現れた。

「その先は私がお話しましょう。ギリアムッ、お父様の……私の敵を排撃なさい!」
「了解しました、お嬢様」

 厳つい巨体がずいと前に出、肩に担いだ巨大なアームズを構えた。それは、心もとないバリケードを蹴破り、WORKSの隊員達が雪崩れ込んでくるのと同時だった。咄嗟にザナードは、エルノアを抱き寄せかばいながら、床の上へと身を伏せる。
 そこから、狭い坑道の一室は鉄火場と化した。
 甲高い作動音と共に、粒子の礫を撒き散らすギリアム。その合間を縫って、カレンもハンドガンを乱射した。反撃の応射が金切り声をあげて跳弾する。ザナードは乱痴気騒ぎが収まるのをただ、エルノアを抱きしめ待つしかできなかった。

「お嬢様、状況クリア。片付きました」
「結構です。ご苦労様、ギリアム。さて――」

 無限に続くかに思われた、銃声と悲鳴、怒号と喧騒。それが収まり、静寂が場に満ちるや、阿鼻叫喚の演出者達の声が、場に波紋を広げていった。WORKS隊員達は無残な骸をあちこちに晒しており、その命を奪った者達には気にした様子もない。身を起こすザナードは、自分を見据えるカレンの視線を睨み返した。

「また会いましたね。先輩さんのお使いかしら? この件には関わるなと言った筈ですが」
「僕は、友達を助けにきたんです」
「まあ、小気味のよいこと……それに威勢もいい。度胸もまずまず、ですわね」
「それはどうも。さ、エルノアさん。立てますか?」

 立ち上がるエルノアに手を貸し、その震えが伝わるのを感じながら、ザナードは内心舌打ちを零した。周囲の死屍累々に、あきらかにエルノアは動揺している。同族であるキャスト達の、見るも無残な姿に。
 改めてザナードは、その惨状をもたらした、扉の向こうから来た者達に向き直った。

「マザー計画に貴方は関わってしまった。もう、後戻りはできませんわ」
「そんなの知らないっ! 僕は、エルノアさんのお姉さんを返して貰うだけだっ!」
「……あの女の指示ではないらしいですわね、本当に」
「エステル先輩は関係ないっ。これは、僕の意思だ!」

 銃の粒圧を確認して、それをクラインポケットにしまうと、カレン=グラハートは腕組みザナードを見据えた。決して負けず屈せず、正面から対峙するザナード。

「先程も言ったとおり、マザー計画とは、軍の兵器統合管理システム……表向きは」
「その実態は、第二の母星に埋葬された、闇の私生児に母親をつくってあげること、さ」

 朗々と謡うカレンの言葉尻を、隠れていたモンタギューが拾う。彼は、へらへらと掴みどころのない笑顔を浮かべると、警備の兵が排除されたお陰で、進むことが可能になった先へと足を向ける。

「もっとも、准将の意図とは別に、WORKS内部の急進派が事を急いだみたいだけど」
「その結果がこの有様ですわ。ギリアム、地図を。遺跡に進みましょう」

 二人はまるで、示し合わせたように並んで歩き出した。その後を、見知った先生と同じ姿のレイキャストが付き従う。ザナードは震えるエルノアを支えながら、最後尾を追った。
 WORKSの部隊が駐留していた一角には、遺跡へと続くテレポーターがあった。
 その赤い光は、不定期に明滅しながら、更なる真実へと、ザナードをいざなった。

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