長き停滞の時間が過ぎ去った。
熟練冒険者が見出した隠し通路の先に、上へと
至る階段が発見されたのだ。
世界樹の
頂、いまだ先に見えず……だが、常に前へ、その先へと進むのが冒険者だ。
ラチェルタもこの日、新たに目にする第四階層に言葉を失っていた。
第四階層『
虹霓ノ晶洞』は、荘厳な美しさで冒険者達を出迎えてくれた。
「ほええ……すっごーい! ねえねえ、マキちゃん! 凄いよこれー!」
「おお……おお! おお! ヤベェぜ、こりゃ。なんだよ……まるで
絵草紙の物語だぜ」
そこは、水晶が織りなす天然の迷宮。
硝子細工にも似た光のラビリンスが続いている。ラチェルタが走り出せば、その背後を息せき切ってマキシアもついてきた。二人はすぐに、
樹海磁軸を発見する。周囲をキャッキャと回りながら、次の通路へ飛び出そうとしていた。
だが、すぐ後ろから
小姑みたいな声が飛んでくる。
「ほらほら、チェル! マキも! はしゃがないの! もぉ……危ないでしょ? 魔物も出るんだから、注意しなきゃ」
いつものお小言は、レヴィールだ。
彼女も少し、周囲を見渡して浮かれている。それでも、ほんの少しだけ年長者であることが、冷静さを必要以上に
励起させているようだ。
ラチェルタは
踵を返して、マキシアと共にパーティへ戻る。
腰に手を当てレヴィールはプンプンと怒っているが、見守るニカノールとワシリーサは笑顔だった。
新たな冒険の舞台が嬉しくて、ラチェルタは思わず声を弾ませてしまう。
「ねえねえ、ニカ! ニカ、ニカニカ!」
「うん? どうしたんだい、チェル」
「すっごいね! こんなダンジョン初めて! まるで夢みたい」
「夢じゃないさ。僕達冒険者が、みんなで切り開いた道だよ。そして、まだまだ道半ば……さ、進もう。三人で先頭を切ってもらうよ? いいかな」
アンデッドキングとの激戦を経て、少しニカノールは雰囲気が変わったように思える。それでいて、ラチェルタにはいつものとっぽいお兄ちゃんにしか見えない。みんなの頼れるギルドマスターは、今日も穏やかに
微笑んでいる。
そして、不思議と隣のワシリーサも笑顔が一段と眩しい。
二人の間の見えない距離感が、以前よりずっと近く感じた。
そう思えばもう、ラチェルタはとても嬉しくてしかたがない。
「よーしっ! ボクが先頭を切りまーっす! マキちゃん、レヴィ、行こうっ!」
「おしきた! 任せとけってんだ……ヘヘッ、おふくろ譲りの剣が
疼くぜ」
「しょうがないわねえ、もぉ。二人とも、あまり離れちゃだめよ?」
だが、レヴィールの声はもう耳に届いていない。
ラチェルタの前には、未知の神秘がどこまでも広がっている。
弾む心のままに、彼女は親友のマキシアと迷宮を走り出した。
「マキちゃん、競争っ! 先に新しいこと発見した方が勝ちだよっ」
「おしきた、乗ったぜ!」
周囲の水晶は、大自然が削り出したモザイク模様。走ればその光沢は、まるで波打つ
渚のようにラチェルタを急かす。その輝きが、もっと奥へと誘ってくるのだ。
そして、ラチェルタはマキシアと同時に奇妙なものを見つけた。
急ブレーキで立ち止まるや、道の真中で屈み込む。
「マキちゃん、マキちゃん! これ!」
「おお……なんか、これぁ……すげえな!」
「だよね! 発見だよ、大発見!」
なんと、道の真中に水晶が落ちていた。
多分、街で同業者が竜水晶とか言ってたやつだと思う。握り拳程の大きさで、手に持てばズシリと重い。まるで
氷菓子のようにキラキラしてて、覗き込めば自分の顔が無限に連なり見詰め返してくる。
そうだ、と思った時にはもう、隣のマキシアが同じことを口にしていた。
「ノァンにいい土産ができたな」
「……うん。そだね。きっと喜ぶよね」
あの決戦の日からずっと、ノァンは目を覚まさない。その身に宿っていた七つの魂の内、六つを使ってしまったのだ。それは、ニカノールとフォリスの手で、想いを力に変えて昇天してしまった。
同時に、まるで糸の切れた人形のようにノァンは動かなくなってしまった。
フォリスも原因がわからないらしく、毎日部屋にこもって研究資料をひっくり返している。眠り続けるノァンには、ずっとスーリャがついていた。
「ノァン、目を覚ますよね。また前みたいに、一緒に冒険できるよね?」
「あったりめーよ! チェル、そいつを見せればヒョッコリ起き上がるかもしれねえ」
「そだね、うん……そうだ、ボク達が信じないと。いつかまた、絶対ノァンと……ノァン、と……お、おおおっ? マキちゃん、ちょっとあれ! ほら!」
互いの友情がノァンとも結ばれていることを、二人で確認していたその時だった。
ふと顔をあげたラチェルタの目に、再び道端の光が捉えられた。
すぐ近く、通路の先にもう一つ竜水晶が落ちている。
早速駆け寄り拾い上げると、先程のよりも一回り大きい。
「マキちゃん! ……ゴクリ」
「あ、ああ……さっきのをノァンにやるとして、こっちのデカいのは」
「あっ! ま、また! あそこで光ってる!」
「うおお、確保ぉ! チェル、残さず確保だ!」
そこからはもう、夢中だった。
何故か道に点々と、竜水晶が落ちている。
大きさはまちまちだが、一番大きいものは赤子の顔ほどもあった。あっという間に荷物がパンパンに膨れ上がって、ラチェルタは顔が緩みっぱなしになる。そのだらしない表情は、目の前のマキシアも同じだった。
二人はニタニタと、束の間の億万長者を夢見る。
「やべぇぜ……おい、チェル! こりゃ……一攫千金ってやつだぜ!」
「だよね、そうだよね! ……ノァンには、こ、これでいいかな。ほら、小さくて可愛いし!」
「おう、そうだな! うんうん……こっちのデカいのは、ちゃんと俺達が換金しないとな」
「だよね! だよね! みんなでおやつ、いーっぱい食べれるもんね」
だが、そんな二人を影が包んだ。
なにごとかと顔をあげると……そこには長身の逞しい人影があった。
人の姿を
象る輪郭だったが、それは人ならざる生き物だった。
「ほえ? えっと……あ、あれ? これって」
「魔物、なのだぜ? ……やっべえ! チェル!」
二人の間に、巨大な剣が降ってきた。それを叩き付けたのは、
蜥蜴の姿をした
竜貌の戦士……全身に鱗を着込んだ、リザードマンとでもいうべき魔物だった。
しかも、数が多い。
どうやらこの竜水晶の、本当の持ち主のようである。
そして、立腹も立腹、
怒髪天レベルで
吼え
荒んでいた。
「ノオオオオオオオオオッ! 第一魔物発見! にっ、逃げろおおおおおおおお!」
「マキちゃん、竜水晶が! わわわ、零れるっ」
あられもない姿で、脇目も振らずラチェルタは走った。彼女自身、両親から受け継いだ強靭な脚力がある。それはマキシアも同じで、ちょっとだけ普通の人間とは違う。そして、ただ少し違うだけで人間なのだ。

ぽろぽろと竜水晶を落としながら、二人は振り向かずに来た道を走った。
その後少し迷ったが、どうにかニカノール達に合流できて……そこで二人は、精魂尽き果てて崩れ落ちてしまう。レヴィールのきついお説教が待っていたが、相づちを打つ元気すら枯れ果て、二人の第四階層デビューが終わってしまうのだった。