冒険者の朝は早い。
ジルベルトも六時には起きて、身支度を整える。
今のところ冒険の実績が皆無なため、男たちは大部屋だし、ジルベルトたち少女の部屋もワンルームの個室である。
だが、今はこの小さな部屋がジルベルトの大事な寝床だ。
「さて、まずは師匠を起こさないと……ん?」
部屋を出ると、真っ先に青年の白い顔が目に入ってきた。
昨日助けた、例の死体だった者である。
「おはようございます、ジルベルト」
「あ、おはよ……な、なにしてるの?」
「夜間の警備体制を終了、通常モードに移行……いえ、念のための警戒を」
「え、夜中ずっと!?」
「ええ」
なんというか、助けておいてなんだが不思議で不可思議な男だった。まず、どうやら人間ではないらしい。かといって、アンドロと呼ばれる機械の民とも違うという。
ただ、彼がこの現代に蘇ったことは、素直にジルベルトには嬉しかった。
「師匠、起きてるかな? エイダードさんも」
「先程、寝不足を申告されました。今日はもう少し休むとのことです」
「……なんかあったの?」
青年は一瞬の沈黙を挟んで、ニコリともせずに無表情で話す。
「いえ、特になにも」
「飲み過ぎ、かな? ま、しょうがないか」
「ああ、そういえば」
「ん、なに?」
「私は個体名をユーティスとして登録されました。以後、ユーティスとお呼びください」
意外な言葉に一瞬驚き、自然とジルベルトは笑顔になってしまった。そのまま、少し冷たいユーティスの手を取り、さらに手を重ねる。
「そっか、うんうん! ユーティス、ね。うん、そっちの方が全然いいよ!」
「個体名を得たことにより、権限が更新されました。以後、あなたをマスターとして」
「え、なにそれ……えっと、私はジルベルト。今はジルベルトなんだ。ジルって呼んで?」
「了解、ジル」
少しぼんやりとした印象だが、この若者はユーティスという名で生きていくと決めたらしい。それは同時に、ジルベルトにとって頼れる仲間が一人増えたことを意味していた。
嬉しくてつい、ジルベルトはブンブンと握った手を大きく上下させる。
他の仲間たちがそれぞれ自室から出てきたのは、そんな時だった。
「おはよ、ジル。……あれ? どしたの? なんかあった?」
「おはようございます、ジル様。って、ふおおっ! 朝からエモッ!」
眠そうな目をこすりつつ、ネカネは小首を傾げている。
まだそのキャラで押し通すんだ、といった感じのリベルタも、一瞬で被った猫をかなぐり捨てた。とりあえず、スケッチブックを取り出そうとするので慌てて止める。
「えっと、改めて紹介するね? 私たち『タービュレンス』の新しい仲間、ユーティス」
「以後、よろしくお願いいたします」
ネカネもリベルタも、昨日から何倍も進歩したユーティスの言動に驚いていた。
なんだか、それだけでジルベルトは意味なく誇らしい気がしてきた。
「じゃあ、ギルドにも登録しよ。わたし、午前中に手続きしてきちゃうよ」
「ありがと、ネカネ」
「職業は……ん、ちょっとこれ持ってみて」
ふむ、と唸ってネカネが愛用のナイフを取り出す。調理から伐採までこれ一振りでまかなうという、どこにでも売ってる平凡な万能ナイフだ。
それを渡され、ユーティスは無言で刃を見詰める。
「ちょっと振ってみて」
「こうでしょうか。……近接戦闘パターン、リリース」
ユーティスが突然、変貌した。
どこか
恐ろしくキレのある動作だった。
それこそ、本当に機械のような精密さ。繰り出す刺突も斬撃も、特別な訓練を受けた人間のそれだった。いや、それ以上に鋭く冴え渡っている。
驚きに目を丸くしたリベルタなどは、もはやスケッチ欲すら忘れていた。
「驚きましたわ……ってか、すげえじゃん? これ、軍隊の体術っぽいけど」
「わかるの? リベルタ」
「うちの帝国でも、兵隊さんが訓練してるからね。でも、なんていうか」
ネカネもうんうんと腕組み頷いている。
そして、二人の違和感にジルベルトも気付いた。
「あ、なんか……ユーティス、凄い、けど……正確、過ぎる、のかな?」
「気付いた? 的確な
「ん、わたしもなんとなく。でも、いいんじゃない? 伸びしろ、伸びしろ」
ネカネは、ユーティスをナイトシーカーとして登録しようかと言ってくれた。機動力でパーティを支える
そう思っていると、演舞を踊るように舞っていたユーティスがピタリと止まった。
「ん、どしたの? ユーティス」
「いえ、敵意は感じませんが……監視されています」
そう言うなり、ユーティスは振り向きもせずに背後にナイフを投げた。
それが太い柱にカツン! と刺さる。
その影からのっそりと、一人の男が現れた。
「おいおい、物騒だな! 当たったらどうすんだ、これ!」
「今のは警告です、ヴァイン」
「昨夜といい今朝といい、お前なあ」
やはり、昨夜なにかあったのだろうか?
だが、まだパジャマ姿で寝癖も酷いヴァインは、サンダルでぺたぺたと近寄ってきた。
今までのやり取りを見ていたらしいが、ジルベルトは全く気付けなかった。
「ふあーあ、ふぅ……えっと、ジルベルトちゃんだったな。改めて名乗っとく、俺はヴァイン。まひろと二人で旅してるんだが」
「ど、ども。えっと、ジルでいいです。……あれ? まひろは?」
「それがなあ、朝起きたらいない訳で、これがまたなんとも」
「えっ!? こんな朝から一人で!?」
「心配はないと思うんだがな。ったく、なんで起こさないで一人で出てくかなあ」

やれやれとぼやいて、ヴァインはまた大きなあくびを一つ。
だが、ジルベルトにはなんとなくわかった。
寝入ってる兄をまひろは、起こせなかったのだ。ひたむきで純粋で、どうにもそういうところがある少女だと思う。そして、すぐにネカネがテキパキと働き出した。
「とりあえず、わたしはユーティスをギルドに登録しに行くから。ジル、リベルタとユーティスを連れて迷宮に。ヴァインはさっさと顔洗って、支度して」
「おっ、なんかオカンみたいだな、このお嬢さん」
「ネカネだよ、よろしくね。ヴァインはあとからわたしとジルたちを追う。OK?」
こうして、小さな勇者様を追いかける冒険が突然始まった。
いよいよ今日から、本格的に巨大な迷宮へと挑むことになるが……この時まだ、ジルベルトたちは流血の大惨事が始まるとは夢にも思っていないのだった。