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 その後、恐るべき魔魚の名がシルルスと判明した。アーモロードに全く同じ迷宮『垂水ノ樹海(タルミノジュカイ)』があるが、そこに巣食う魔魚ナルメルの亜種ではないかとの話である。
 何故(なぜ)、同じ迷宮がこのレムリアに存在するのか?
 同時に、どうして違う魔物が縄張りとして跳梁(ちょうりょう)していたのか?
 謎は深まるばかりだが、ジルベルトにはそれよりも大事なことがあった。
 カリスはロブと手を繋ぎ、仲睦まじく二人で礼を言って去った。
 その背中を見送り、今は探索司令部に報告に来ているのだった。

「ほう、では同じ迷宮でありながら……違う魔物が支配していたということか」

 今日も(うるわ)しの姫君は、凛とした表情でジルベルトたち冒険者を迎える。
 このマギニアを統べる王女、ペルセフォネだ。
 以前も一度会ったことがあるが、ジルベルトはこの人の前に出ると圧倒的な存在感に視線も言葉も奪われる。
 淡々と説明するユーティスがいてくれなかったら、見とれるばかりだっただろう。
 同時に、なかなかに要領を得ない身振り手振りのまひろも大活躍だった。

「以上で報告は終了です」
「そうなのです! こーんなでっかいのが、バシャー! ズビシャー! って来たです」

 周囲の衛兵が苦笑する、その殺した笑みもどこか微笑ましい雰囲気だ。
 だが、お構いなしにまひろは説明、というか当時の再現を試みる。事実、五人とカリス、そしてロブがいてくれなければ今頃汚泥(おでい)にまみれて死んでいたかもしれない。
 まさしく死闘、激戦を勝ち抜いての帰還だった。
 そして、大きな成果をジルベルトたちはもたらしていた。

「んでんで、それで、最後に迷宮を抜けたら、大きな聖堂をまた発見したのです!」
「まひろ、それは以前最初に皆が挑んだ、『東土ノ霊堂(トウドノレイドウ)』に似てはいなかったか?」
「はいです! あれ、王女様はなんで知ってるですか?」
「ふふ、皆からの報告を受けているからな」
「おおー! 流石(さすが)は王女様なのです! ただのお姫様ではなかったのです!」

 流石にネカネが「こら、まひろ」と袖を引っ張りたしなめる。
 だが、よいよいと笑顔でペルセフォネは手招きし、そばにまひろを呼ぶ。
 そうして自身も立ち上がると、やや長身のまひろの頭をそっと撫でた。


「そなたたちは優秀な冒険者だな。現在、タービュランスとストラトスフィア、両ギルドの進捗(しんちょく)が一番進んでいるようだ。新たにまた、『真南ノ霊堂(マミナミノレイドウ)』も発見された。これは大変によろこばしいことである」

 まひろを撫でつつ、ペルセフォネはジルベルトたちに微笑みかけた。
 あの日、真夜中に見た雲海の稲妻、その絶景での出会いを思い出す。初めてマギニアでジルベルトが、まひろに出会った初日のことだ。演説前のペルセフォネと、マギニアの展望室で出会った日が、今は遠い昔のように感じる。

「さて、冒険者諸君。新たに発見された『真南ノ霊堂』、これの調査を引き続き頼みたい。そして……恐らく探索を続ければ、北と西の霊堂も見つかるはずだ」
「それは、えと、ペルセフォネ殿下。やはりあの迷宮は東西南北にあるんですか?」

 自分でも声に出してみて、やや不敬かとも思ったが……ジルベルトの好奇心と探究心が(まさ)った。そして、彼女の素朴な言葉に、やはり優雅な笑みでペルセフォネは(うなず)く。

「そうだ、ジルベルト。我がマギニアに古くより伝わる秘書、レムリア載記(さいき)というものがあってな。そこに記された話では、東西南北の霊堂を通じて、各群島はつながっているのだ」
「レムリア載記……」
「絶海に閉ざされしこの地の、古い古い旧文明の記録書だ。残念ながらその後半が失われているため、この地になにが眠っているかはわからぬ。だが……なにかが眠っているのだ」

 ピクリ、と静かにユーティスが反応した。
 それは些細な表情の変化で、ジルベルトでなければ見逃していただろう。
 常日頃から無表情の鉄面皮だが、ユーティスにも些細な感情の機微はあるようだった。あまりにも小さすぎて、ジルベルトでも気付かないことがあるほどのゆらぎだが。
 ペルセフォネは改めて一同を見渡しつつ、まだまひろを撫でている。
 まひろはまるで借りてきた猫のように、エヘヘへへとだらしない笑みを浮かべていた。
 だが、ゴホン! と側のミュラーが咳払いをすると、ペルセフォネは静かにまひろを下がらせる。彼女自身、まひろがかわいいのか僅かに惜しそうな気配で手を引っ込めた。

「レムリア載記の後半は失われて久しい……ただ、わかっていることが一つだけある。それは、このまま進む先に世界樹が存在するということだ」

 ペルセフォネの言葉が熱を帯びる。
 果たして、ジルベルトたちの先に待つは、太古の秘宝か、旧文明の叡智(えいち)か。それとも、封印されし禁忌(きんき)か、はたまた天変地異級の災厄か。
 それは今は、誰にもわからない。
 そして、わからないからこそ進むのが冒険者というものだ。
 そう思っていると、軍人のミュラーが側近から金貨の入った革袋を受け取り、それを差し出してくる。

「タービュランス、そしてストラトスフィア。よくやってくれた! これは探索司令部からの報酬である。遠慮なく受け取るがいい」

 ペルセフォネも大きく頷く。
 うやうやしくジルベルトが受け取ると、ずしりと思い革袋に自分たちの苦労が報われた気がした。お金のために冒険している訳ではないが、ジルベルトにとって実績と名声は大事だ。ド田舎の領主の家に生まれた彼女には、このマギニアで叶えたい夢がある。
 一つ、家名を高めて財を得ること。
 もう一つ……病弱な兄のために、よい薬や治療法を探すことだ。

「ありがたき幸せ、謹んで頂戴いたします」
「うむ。ミュラー、もうよいぞ。下がれ」
「ハッ! では冒険者たち、くれぐれも殿下に非礼のないようにな」

 早速衛兵が何人か駆けてきて、ミュラーの笑顔も軍人の面構えを取り戻す。彼らはなにかを報告し合いながら、謁見の間を出てゆく。
 それを目で追いつつ、退出を見届けると……不意にペルセフォネが歩み寄ってきた。
 ジルベルトが驚く程に気安く気軽に、彼女は小さく声をひそめる。

「で、どうなのだ? ジルベルト……うん、ジルと呼ぶがよいな?」
「は、はい。どう、とは」
「カリスという名の新米冒険者がいたであろう? 前から気にかけておったのだ」
「王女殿下が?」
「冒険者たちは我がマギニアの一番の宝、誇るべき財産。誰一人として忘れたことはない」

 なんと、驚いたことに……ペルセフォネはこのマギニアに集った冒険者全員の名前と顔を記憶しているという。そして、その全員を愛おしく思うと語った。
 荒くれ者もいればはみだし者もいる。
 アウトローの吹き溜まりみたいなギルドも存在する。
 そうした者たちも含めて、その全てをペルセフォネは見守っているのだ。

「カリスの成長は信じていた、それは疑う予知がない。で、どうなったのだ?」
「それは」
「うむ、あのロブという少年との話だ。老婆心だと笑ってくれ、どうしても気になってな」
「そ、それは……えっと」

 隣でリベルタがにまにま笑って思い出し鼻血をハンケチで拭っている。
 どうなのだと聞かれて、返答に困りつつジルベルトは素直な真実を語った。

「誤解が解けて仲が深まったようでした。二人の助けがなければ、今頃私たちは」
「そうか、そうであったか! うんうん、それはよかった。仲良きことは美しきかな」

 ペルセフォネは静かに微笑む。慈母にも似た温かな笑みだ。
 そう、彼女は全ての冒険者を慈しみ、いつでも一人一人を気にかけているのだ。
 そんなペルセフォネに見送られて、ジルベルトたちは深々と(こうべ)を垂れて場を辞した。その背はずっと、玉座に戻るペルセフォネの温かなまなざしに包まれているのだった。

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