ジルベルトたちの新しい冒険が始まった。
挑むは迷宮『
だが、今日のメンバーはどうにも不安で、先頭を無警戒に歩く少女だけが元気はつらつだった。
「なに、魔物の
いつでも元気で可憐で、お高くとまってるように見えて気安く性根は素直。言動はトンチキ極まりないが、今はジルベルトたちの大事な仲間の一人だった。
そう、ここは危険な迷宮……冒険者は互いに力を合わせねば生き残れない。
それはシェイレーヌも知っているとは思うが、彼女はズンズンと先を歩く。
「あ、あの、姫巫女様」
「ん? なに、シェイレーヌでよい! その代わり、妾もドロテアとよぶからのう、豊穣の!」
「ひああ、うう……是非そうしてください。それなりに恥ずかしいので」
「うむ!」
不思議と、二人を見ていてジルベルトも笑みがこぼれる。
カラブローネの提案で、お姫様の接待係にドロテアが指名されたのだ。二人は意気投合しつつ、今は並んで目の前を歩いている。シェイレーヌが無防備な反面、ドロテアはちゃんと周囲の魔物や壁の仕掛け、隠されたスイッチなどを調べながら続いていた。
その姿に、にんまりとリベルタも笑いが止まらないようだ。
逆に、最後尾を守ってくれてるユーティスは無表情ながらもなにか腑に落ちない様子だった。
「どしたの、ユーティス? 調子、悪い?」
「そういう訳ではありません。コンディション、オールグリーン。ただ」
「ただ?」
「要人の捜索任務にはいささか不要な人員がいるのでは、と心配しています」
「まあでもさ、ユーティス。エンリーカ王女に会う時、顔見知りがいた方が話がはやいと思うよ」
そう、恐らくシェイレーヌは戦力的にはやや不足気味かもしれない。プリンセスとして一通りの技術を習得してはいるようだが、どうしてもニングやアルサスと比べると一抹の不安が残る。
それでも、そこをカバーして支え合うのが冒険者というものだった。
どこか不安げにさえ見えるユーティスの背を、バシバシとリベルタが叩く。
「それにさ、ユーティス。案外凄い秘密のパワーがあるかもしんないじゃん。禍神の姫み、こ、の、さ……プッ、ちょっとタンマ、いやほんとわからないけど、プハハハハッ!」
どうやら先日から、リベルタはシェイレーヌの肩書がツボにハマっているようだ。しかし、ドロテアと一緒のところをスケッチする時、彼女は本当に楽しそうである。ちょっとニチャついた気持ち悪い微笑みが怖いが、リベルタはリベルタでシェイレーヌを生温かく見守っているのだった。
「むむっ! ドロテアや、あれなるは!」
「あっ! あの岩盤……採掘ポイントかも。周りに魔物の気配は……って、シェイレーヌ!」
「急ぐのじゃ、妾のピッケルさばきを見せてくれようっ!」
「ま、待って、もう少し警戒してーっ!」
二人はキャッキャアワワと通路の奥へと消えた。
無言でユーティスが頷くので、周囲に危険はなさそうである。この迷宮は基本的に難しい罠はなさそうだが、所々壁が崩落している。かといって、その場を通り抜けられるわけでもなく、
逆を言えば、魔物たちを目視で確認しても、向こうも瓦礫を乗り越えてくることはないだろう。
「さて、私たちも進もう。リベルタ、地図は」
「ん、とりあえず壊れてる壁は色分けして書いとくよん」
「さっすが画伯、頼むねー」
「ぎゃー、画伯はやめて。いやほんと趣味レベルの絵だから」

互いに肘で小突き合えば、いつもの安心感がある。シェイレーヌという不安要素はあれど、ジルベルトのユーティスやリベルタへの信頼感は日に日に増しているのだ。
だが、そのユーティスが真顔でとんでもないことを言い出す。
「安心してください、リベルタ。私のメモリに僅かに残る記憶では、画伯とは独特のセンスを持つ絵の作者を茶化す、ないしは親愛を表現する際につかわれる称号です。そんなに照れずとも大丈夫かと」
「お、おう……どーもありがとー、ユーティス―」
「いや待ってユーティス。私、そういう意味で言った訳じゃ」
だが、不意にほんの少し、ジルベルトだけにわかる表情の変化でユーティスは目を細めた。
微笑んだのだなと思って、それがわかる自分が少しうれしい。
「……少し、ほんのかすかに覚えているのです。絵を描く仲間と、その周囲の笑顔を」
「ふーん、いいじゃん。じゃ、画伯様がここは先頭に立って……およ? ちょい待ち!」
不意にリベルタが表情を引き締めた。
それは、ユーティスがナイフを抜くのと同時。彼はもう片方の手に数本の投刃をすでに投擲可能な構えで握り締めていた。
そして、二人が警戒心を尖らせる先から、ぞろぞろと屈強な兵士たちがやってくる。
角のついた兜に手斧と盾……どうやら海の一族の兵団のようだ。
「む! 隊長、マギニアの冒険者です!」
「待て、無用なテンションを作るな。ここは迷宮……彼らの方が何倍も上手だ。それに、だ……マギニアとは対立関係にあるが、彼らには仲間を
一触即発かと思われたが、すぐに向こうの隊長格の男が前に出てきた。先日、亡くなった兵士の遺品を手渡した時の男だった。
隊長と思しき男は、はっとしてすぐに頭を垂れた。
「すまない、先日も間違ったが……男児ではなく乙女であったか」
「あ、いや、気にしないでください。私は別に……それより、エンリーカ王女は」
「殿下は天性の運に恵まれておる。太い強運、悪運の持ち主ゆえ心配はないが……」
聞けば、エンリーカ王女はずば抜けた運の強さを持ち、その強烈な加護であらゆる冒険を乗り越えてきたという。幸運だけで成り上がった冒険王女にして航海王女、それがエンリーカという人物らしい。
「して、冒険者たちよ……我らがこんなことを言うのもなんなのだが。禍神の姫巫女には気を付けた方がいいだろう。殿下は親しく重用しているが、不穏な気配を時々感じる」
壮年の海兵は目を細める。
だが、ジルベルトの言葉は迷いなく勝手に口から零れ出た。
「それでも、今は冒険の仲間です。助け合って、支え合って、必ずエンリーカ王女を見つけ出して見せます。御忠告にはでも、感謝を……? って、あれ? あ、あーっ!」
その時だった。
崩れた壁の向こう側を、必死の形相で疾駆する二つの影があった。
「だーかーらー! シェイレーヌ、欲張り過ぎ! あんなにガツガツ掘ったら!」
「ああっと! 妾としたことが、ええい逃げる! 逃げるのじゃああああ!」
ちょっと、女の子がしてはいけない顔で二人が激走していた。その背後をぞろぞろと魔物たちが追いかけてゆく。
ジルベルトたちはもちろん、海兵の面々も言葉を失っていた。
そして、ジルベルトたちは挨拶もそこそこに走り出す。
どうやら姫巫女と死神は今、採掘のし過ぎで魔物たちを呼び込んでしまったようだった。