日々の冒険は続く。
ジルベルトたちはすでに、仲間たちと連携して『
はずだった。
つい先ほどまでは。
「……このパターン、前にもあったよね」
「うん。わはは、地図に使う絵の具が増えるぜー? なんちゃって」
そこは袋小路の行き止まり。
しかし、目の前の壁に
つまり、この迷宮は壁の上にも通路が張り巡らされているのだ。
「他に地図の空白地帯は、ないか。じゃあ登るしかないね、リベルタ」
「ぐあー、鎧も砲剣も重いのにぃ! しゃーない、行きますかねー」
友人のうんざりしつつも観念した表情に、自然とジルベルトも笑みが浮かぶ。それは他の仲間たち、ドロテアやヒロ、ウカノも同じだった。
改めて進む前に、小休止を挟むことにする。
リベルタの地図を覗き込めば、このフロアもあと数ブロックで終わりである。
求めるべき下への階段のちょっと手前で、迷宮は立体的に脅威を倍加させたのだ。
「ジル、結構採取物と魔物の素材で鞄がパンパンです。今日は下り階段を見つけるまで、ですね。……わたしの中のなにかがそうささやいたりささやかなったり」
などと言いつつ、ドロテアが水筒を渡してくれる。
ジルベルトはそれを受け取り、カラカラの喉に水分を補給する。冷たい水に少しだけ緊張感が和らいだ。となりのリベルタに水筒を渡しつつ、代わりに地図を受け取る。
やはり、地下二階はもう少しで完全攻略だ。
踏破してきた道筋を確認すれば、全体の広さがだいたい把握できる。必定、北東の空白を埋めればそこに階段は見つかるだろう。
それよりも、とチラリ視線を巡らせる。
「ふひー! やっと休憩だ……ここ最近は鍛えてるつもりだったのになあ」
「ヒロ、水分を取ってください。今日はあとちょっとですから」
大の字に倒れて天井を仰いでいるのは、ヒロだ。彼が特別体力で劣ってるわけではない。ただ、ジルベルトのように昔から教育と修行を積み重ねた冒険者でもなければ、リベルタのような正式な騎士でもない。彼は本当にただの一般人、冒険者一年生なのだ。
そう思うとよくついてきてるとも思えたし、実際何度も彼の狙撃に助けられた。
だが、今日はちょっと長征気味だったみたいで、これはリーダーであるジルベルトの責任もあった。
「大丈夫? ヒロ。ちょっと無理させすぎちゃったね」
「あ、平気ッス。ただまあ、自分陰キャの引きこもりだったんで……基礎体力が」
「インキャ? ヒキコモリ……え、どういう生活だろう。なんか、特別な仕事?」
「……自宅警備員です」
クスクスとウカノが笑っている。頭上に巨大な疑問符を浮かべたドロテアに、待ってましたとばかりにリベルタが
「説明しよう! 陰キャってのは、陰陽の陰、つまり……影が薄くて消極的で内向的なキャラだってばよ!」
「おおう! なんと……ヒロは陰の氣を統べし者だったんですね」
「引きこもりってのはまあ、自分の部屋にこもって趣味に没頭するタイプの人間かな? ……そう、締め切り前のアタシみたいな、ね……フ、フフフ、フフフフフフ!」
自分で言ってなんだかリベルタは遠い目をする。
なるほど、それで自宅警備員かと納得したが、それはそれで立派な仕事じゃないかとジルベルトは思う。
ちょっと異世界同士の思考の
皆もそうだ、頼りにしている。
「ふう、一息つけた……とりあえず、また例の立体迷路ですね」
上体を起こして、ウカノから水筒を受け取るヒロ。彼は自分のポーチからアムリタも出して、それを口に放り入れる。
同時に、なにかが数枚零れ落ちた。
手の平サイズのそのカードを、目ざとくリベルタが拾い上げる。
「うおっ! なんか凄いお宝デター! えっ、待ってこれ……活版印刷じゃないね。へー、どれも綺麗なイラスト。神絵師かよ! てか、こっちのカードなんか光ってるし!」
ジルベルトも驚いたが、それはどうやらヒロが元いた世界で持っていた私物らしい。
「あ、それTCG……トレーディングカードです。これで対戦ゲームができるんですよ」
「へー! あ、この数字っぽい文字がそれかな。強さの値、的な」
「ええ、ええ。そっちのキラカードは結構レアで、市場価格は五万円くらいです」
「なぬっ! これが五万エン!? ちょっと待って、五万エン……」
「あ、同じエンでも日本円の話です。こっちじゃ何の価値もないですよ」

ジルベルトも一瞬、びっくりした。ドロテアが何度も採掘や伐採、採集をくりかえして、一週間ぐらい集中してネイピア商会に通うくらいの金額、それが五万エンである。
だが、宝石みたいな光を反射させるそのカードには、確かにその価値があるかもしれない。こういうカードを集めて遊ぶのが、どうやらヒロの世界では人気があるらしかった。
「ふふ、ヒロは凄いんですよ? たまに外出しても、カードショップに行けばちょっとした顔で」
「ウ、ウカノ、恥ずかしいよ」
「子供たちにも人気だし、教え方も親切で優しいんです」
ヒロを語る時、いつもウカノは誇らしげだ。そして、そんな彼女の胸に赤い貴石のペンダントが光っている。確か、以前にヒロがプレゼントしたものらしい。
そういえば、なにかがジルベルトの中で引っかかった。
仲間内に確か、あれと似たようなものを探してる人物がいたような。
だが、うろ覚えで思い出させない。
なにかこう、ヒロの身近な人物だった気がするのだが。
「へー、でも異世界にはこういう遊びがあるのかー」
「こっちの世界はどうなんです?」
「カードといえばトランプかな? あとは、サムライやショーグンの人たちは花札ってのも好きみたいだけど」
「なるほど。それらはオレの世界でも人気ですよ」
休憩中のこうした話題も、ひとときの貴重な時間だ。
こうして少年少女でいられる時は、ジルベルトも最低限の警戒心だけを残して普通の女の子でいられる。それは仲間たちも同じで、迷宮探索の合間にはこうした時間が絶対に必要だった。
そして、なにやらリベルタはヒロの持っていたカードに興味津々のようである。
「これが、異世界のイラスト……しゅごい。文字は読めないけど、絵はホントしゅごい」
「いやほんとでも、どの絵師さんも凄くて。対戦してよし、収集してよしですよ」
「だねえ……ほい、返すよ。大事にしときなよー? こっちの世界じゃ本当に五万エンか、もっと高く売れるかもだし。それだけの価値あるよ……あのキラキラ、最高じゃんね!」
さてと、とカードを綺麗にそろえてヒロに帰しつつ、リベルタが目の前の壁を見上げる。残念ながら、休憩のひとときは終わりのようだった。ジルベルトも、皆の持ち物や体力、疲労度を確認して前に立つ。
「よし、今日はもうちょっと頑張ってみよう! この先に絶対、階段がある。はず」
「だねー、早く帰ってお風呂入りたいし、ここは帝国騎士的にももう一踏ん張りかな」
こうしてまた、若き冒険者たちは歩き出した。その先に確かに下り階段があったが、そこでジルベルトたちは迷わず帰還を選択する。それが見えない死神の鎌をすりぬけ命を繋いだ選択だったと知るのは、もっとあとになってからのことだった。