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 夕日が沈んだ海の向こうで、星空が幕を開ける。
 そして、その(きら)めきに彩りを添える花火が無数に打ちあがる。
 夜のビーチは一転してビアホールになり、誰もがジョッキを片手に賑わっていた。水兵も冒険者も、今宵(こよい)ばかりは争わずに席を並べている。
 浴衣姿のジルベルトは、その光景が近い未来に普通のことになればと今は思う。

「あねさま、お肉が焼けました」
「あ、ありがと、ユーティス」
「こちらも焼き加減、丁度良いかと。どうぞ」
「わわ、ちょ、ちょっと待って。そんなに一度には」
「セレマンから大量のお肉をもらいました。さ、皆様も」

 炭火に脂が弾けるいい匂いがして、ジルベルトの皿にバーベキューの肉や野菜が並ぶ。向こうでは大人たちが酒宴を始めてしまったらしく、水兵たちも入り混じって盛り上がっていた。
 それなのにユーティスときたら、黙々と肉を焼いてくれる。
 リベルタやネカネ、まひろといったいつもの面々のささやかな打ち上げパーティである。

「あら? そういえば……ドロテア。ザッシュさんはどちらへ?」
「師匠ですか? なんか滅茶苦茶怒ってる水兵さんから逃げ回ってましたけど」
「……なにをやらかしたんでしょうね。でも、この御馳走、水着も浴衣も。情報屋さんって儲かるんですね」

 うんうんとなぜか誇らしげなドロテアに、ネカネがしいたけを食べつつ続く。


「冒険者にとって情報は大切だもの。例えば……迷宮でリスに遭遇したとする」
「リスさんですか! きっとかわいいのです。あ、でも野生の動物には餌をあげてはいけないのです! ……お、おやつなら許されるかもです」
「この時点でまひろの生還率は大きく下がる。情報の有無は生死に直結するんだよ。って、まひろ……野菜もちゃんと食べなよ?」

 幼子を世話するようにかいがいしく、ネカネが色とりどりの野菜をまひろの皿に取り分ける。その最中もずっと、ユーティスは酷く真剣な表情でさまざまな肉を焼いていた。

「あねさま、こちらは珍しい品、牛タンです。ねぎをのせて片面を焼き、レモンを(しぼ)りましょう」
「牛タン……た、たしか牛の舌だよね。いやまあ、食べるけど」
「おっと、リベルタ。そちらのお肉は少々お待ちを。豚肉にはしっかり火を通さねばなりません」

 いつもの無表情で、冷静かつ的確にユーティスが肉を焼いてゆく。
 なんだか弟が張り切ってるみたいで、ジルベルトは少し面白い。汗一つかかずに鉄板に向かうその横顔を、行き交う女たちの誰もが振り返った。
 やっぱり、作為的にある程度整ったユーティスの容姿は魅力的なようだ。
 彼はてきぱきと網も持ち出し、ドロテアたちが採ってきた新鮮な魚介も焼き出す。精密機械みたいなナイフさばきが、あっという間に陸と海の幸を料理に変えてゆく。

「ユーティスも一休みして食べたら?」
「そうですよ。わたしも少しなら心得があります。ヒロの家でちょっと手伝ってたので。替わりますよ、ユーティス」
「いえ、大丈夫です。私には消化できる食物も限られますので。でも、その……あ、ありがとうございます」

 無表情は変わらずだが、ユーティスは微かに頬を主に染め目を逸らした。
 これでも最近は、出会った時より何倍も感情を顔に出すようになった。
 それでいて、手はまるで別の生き物のようにしっかりと作業を繰り返している。バチバチと香りが弾けて、海老や貝からも食欲をそそる匂いが漂い始めていた。

「あーあ、明日からまた仕事かあ。冒険者家業も辛いぜー」
「などと言いつつ、なぜスケッチブックを? リベルタ、油がはねてはいけません。貴重品はしまっておいてください」
「……メロい。てぇてぇ! なぜイケメンはバーベキューを焼いてるだけでエモいのか!」
「理解不能です。ですが、今夜の調理には不思議と私も心が弾みます。これは恐らく、楽しいという気持ちでしょうか」
「や、真顔で言われてもなー、わはは! あ、アタシに海老(えび)ちゃん頂戴。そこのデカいやつ」

 バーベキュー奉行ユーティスは働き者だった。
 聞けば、大量のメモリ損失によって記憶をかなりなくしてしまったが、セレマンやネカネ、カラブローネなどからいろいろと学びなおしたという。彼は冒険では頼れるナイトシーカーで、いつもさりげなくジルベルトたちに寄り添い支えてくれる。
 なんだかちょっと、故郷で兄と過ごした日々をジルベルトは思いだしていた。

「ふふ、あにさまの前では私もこんな感じだったのかな」
「あっ、ジルが笑ってるです。笑顔がとてもいいのです! はいっ、これはパンなのです!」

 まひろが見た目の可憐さを裏切る握力と腕力で、フランスパンを食べやすく折って千切る。酒ではないが、真夏のトロピカルなドリンクも食欲を後押しした。
 花火はいよいよ星空にもまして輝き、七色の光が夜の海を照らしてゆく。
 明日からまた、忙しい迷宮探索の日々がはじまる。
 いい骨休めにもなったし、またこうして集うためにも死ぬわけにはいかない。ジルベルトは改めて決意を胸中に結んでパンを頬張った。
 そんな時、夢中でバーベキューを食べていた鮫巫女(さめみこ)もとい姫巫女シェイレーヌが顔をあげる。

「おや、あの色男は……ザッシュではないか? なにをしてるのじゃ」
「ほんとだ、師匠だ。あ、こっちにくる」
「やれやれ、まさか人妻だったとは。真夏のアバンジュールも台無しだね……ん? ああ、ドロテアたちか。どう? 楽しんでるかい?」

 ようやく夜になって、今日の企画立案、および資金を提供したスポンサーのザッシュが現われた。なにから逃げていたのか、珍しく息があがっている。それでもかれは、すぐに呼吸を落ち着けフォークと皿を手に取った。

「ユーティス、そろそろいいだろう? おいちゃんたちに合流して一杯やろう。あ、それとこれと、あとこれもいいね。そういうわけでお嬢様方、彼を借りてくよ」
「ザッシュ、私は今あねさまたちへの料理を提供中でして」
「まあまあ、あとは女の子同士で……ああそうそう、これを君たちに。一夏の思い出ってやつさ」

 ザッシュはジーンズにランニング姿だったが、背の網を降ろすとその中身をジルベルトたちにくれた。それは、さざなみに洗われて打ち上げられた不思議な貝殻の数々だった。
 とても綺麗で、思わず耳に当てれば海が聴こえてくるような気がした。

「もー、ザッシュは平然とこういうことするんだから。ふふ」
「でもジル、師匠のくれた貝殻はピカピカしてます! ……どこで採集できるんだろ」
「ザッシュさー、そういうとこだぞー? ま、素直に嬉しいけどさ」
「ユーティス、あなたも少しは楽しんで? あとはわたしがやっておくから」
「はいっ! ネカネママにお任せなのです!」

 こうしてユーティスは、エプロンを脱ぐ間も惜しい勢いで拉致されていった。ザッシュいわく、ユーティスがいると御婦人方の機嫌が取りやすいらしい。
 ネカネがバトンタッチでシメの焼きそばを焼き始める中……皆が貝殻を天にかざす。
 星々に照らされ、花火の光を反射する小さな貝殻。
 今日という日の全てが凝縮されたような一品を、ジルベルトは大切にふところにしまい込んだ。
 こうして短い夏の休暇が終る……それは、レムリアの秘宝を探す冒険の再開を意味しているのだった。

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