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 エイダードは戦慄に強張る中で身構えた。
 今、巨大な翼で羽撃(はばた)く敵意が降りてくる。その風圧は、冒険者たちを大地へ縛り付けた。どうやらこの小迷宮『埋もれた城跡(ウモレタシロアト)』には、恐るべき主とでもいう脅威が存在したらしい。
 瞬時に動けたのは、エイダード。そしてヴァインとまひろの兄妹(きょうだい)だけだった。

「チィ! こりゃヒポグリフじゃねえか! まひろっ! ヒロとウカノちゃんを守れ!」
「はいです!」


 瞬時の早業で、ヴァインが愛用の拳銃から弱装弾を排莢(はいきょう)する。その全てが宙を舞う中で、装填された実弾が火を噴いた。
 だが、巨体に似合わぬ俊敏さでヒポグリフが風になる。
 二度三度と弾丸が巨大な影を射抜いて消えた。

「速いな……それに、三人では。いや、まひろにヒロとウカノを頼んで、二人か」

 エイダードも焦りに言葉がぼやきとなる。だが、次の瞬間には槍を構えて地を蹴った。獰猛(どうもう)な魔物を前に、ヴァインと二人だけではいかにも心細い。
 だが、戦わなければ生き残れないこともまたはっきりとしていた。
 先程の激闘で、身体が少し重い。
 疲労は確かに蓄積していたが、まだまだエイダードの闘志は萎えてはいなかった。ハイランダーにとって真の敗北とは、絶望に屈すること。そしてそれは今ではないし、認める訳にはいかなかった。

「ヴァイン、奴の脚を殺してくれ。……一撃、叩き込んでみる」
「おうっ! ちと弾薬が心もとないがな。まあ、やってみるさ!」

 阿吽(あうん)の呼吸で二手に分かれて、エイダードは駆け出した。
 そのまま真っ直ぐ、迷わず上空のヒポグリフへと跳躍。躍動する筋肉が弓となって、槍の刺突が一矢と化した。
 だが、浅い。
 さすがに魔獣グリフォンの(すえ)と呼ばれる、伝説級の魔物である。
 激しい咆哮を張り上げながら、エイダードへと強撃が迫る。
 ギリギリの回避に血が舞って、皮一枚の傷が一秒前のエイダードを殺した。

「エイダード、大丈夫かっ! そら、おとなしくしやがれ!」

 ヴァインの援護射撃で、わずかにヒポグリフがひるむ。
 その隙に態勢を立て直すや、エイダードは秘伝の闘法でヴァインをフォローする。

「これでよし。ヴァイン、奴の目を見るな……あの眼差(まなざ)しに惑わされるぞ」
「そりゃ怖い、怖い、っと。やっぱ俺、バニシングしてもいいか?」
「この戦いが終わったらな」
「あいよ」

 まだ軽口を叩くだけの余裕があるが、ヴァインの手数が徐々に精密射撃へと変わってゆく。恐らく脳裏に残弾を数えながら、気絶した二人を担いで逃げるまひろにも目を配っているのだろう。
 どっちにしろ、このままではジリ貧で詰んでしまう。
 やるなら今かと、エイダードは投擲(とうてき)の構えで槍を振りかぶった。
 そして、必殺の一撃に呼吸を整えた、その時……不意に声が走る。

「だーから言ったんだよお。もーちっと慎重にってネ」

 突如として背後で、バン! と扉が開かれる。
 次の瞬間、無数の光が大地を切り裂いた。それは互いに競うように結ばれ、巨大な方陣となって輝き出す。

「っしゃ、ヒポ公の脚が止まった! って、カラブローネのおいちゃんか!」
「はいはい、おいちゃんですよー? ヴァイン、ヒロの持ってる弾も使いなさいヨ。その間、ちっと抑えてられるかもしれないからねえ。それに」

 ニヤリと笑ったカラブローネが、トンと杖で地面を小突く。
 瞬間、広がる方陣の眩しさが一点に集束して()ぜた。
 破陣の光が弾けて、ヒポグリフはたまらず空へと舞い上がる。
 だが、そこにはすでに熟練射手の矢が () () () () () ()
 上空への回避を読んでの、カラブローネと息を合わせた無言の連携だった。

「当然、そうなるよね。銃と違って弓は……矢は、真っ直ぐにも弓なりにも飛ぶもの」

 ネカネの一撃、それはすでに垂直に落ちてきていた。
 星座の神サジタリウスよ御照覧(ごしょうらん)あれ、小さく若き乙女は今、魔弾の射手ザミエルの化身にも等しい。幼少期から地道に鍛え抜かれた技と力とが、強烈な直撃となってヒポグリフを襲った。
 しかも、一瞬だけその動きを封じて止める。

「スタンしたね? 今だよ、ドロテア」
「はいっ! ――師匠みたいに、やってみる! 行きますっ!」

 振り上げた大鎌を伝って、瘴気の花が狂い咲く。身を低く馳せるドロテアの斬撃が、横薙ぎにヒポグリフを一閃した。
 全くの無防備状態で悲痛な叫びをあげながらも、やはり伝説級の魔物はなおも抵抗を見せる。あっという間にドロテアは、強靭な後ろ足で蹴られてスッ飛んだ。武器で受けたが、彼女は軽すぎたのだ。
 それでも、突き放される中で瘴気を紡いで束ね、解き放つ。
 稲妻乱舞(いなずまらんぶ)に踊るヒポグリフの、その鉄壁のウィングシールドがほころんだ。
 その瞬間を見逃すエイダードではなかった。

「これで五人、けど俺ぁカンバンだ! 外しはしねえからよ、エイダード。きっちり決めろ!」
「ああ、ヴァイン……とっておきだ、全てをぶつける」

 ヴァインの放った最後の一発が、振り上げられたヒポグリフの前足を砕く。
 その時にはもう、ドン! と大地を踏みしめるエイダードが身を振り絞っていた。全身の筋肉をバネに、構えた槍を全力で打ち出す。

「この奥義に次撃なし――ゲイッ! ボルグッ!」

 鈍色(にびいろ)に輝く槍の穂先が、空気を切り裂き光になる。
 乾坤一擲(けんこんいってき)、ハイランダーの秘奥義がヒポグリフを穿(うが)ち貫いた。
 最期に切なげに一声鳴くと、地響きを広げて巨体が落下、そのまま動かなくなる。

「ふう、みんな無事だな? ……手強い相手だった」

 一同を見渡し、エイダードは自分の槍を取りにヒポグリフの死骸に歩み寄る。驚異的な魔物とて、大自然に生きる同じ命。それを成り行きとはいえ、奪ってしまったことをエイダードは忘れない。
 敵にも敬意を持ち、卑劣や姑息はそれを固く(いまし)める。
 護国の戦士ハイランダーにとって、それは(おきて)である以上に生き方そのものだった。
 ヒポグリフから槍を引き抜き、畏敬の念を捧げる。
 そしてふと、奇妙なことに気付いた。

「……これは、珍しい素材かもしれないな。ふむ、どれ」
「あっ、エイダートさん! そ、それはもしかして!」
「わかるのか、ドロテア?」
「ちょっと前に図鑑で見たんですが……あ、わたしが処理しますね」

 餅は餅屋、ドロテアに素材の回収を任せてエイダートは小さく祈る。いつもいつでも、そうして勝者となるたびに敗者の命を胸に刻んできた。
 そしていつかは、自分も敗者になる日が来るかもしれない。
 その時、相手に決して自分と同じことは求めないが……そうあってくれれば戦士としての(いさおし)(ほまれ)というものだ。
 こうしてエイダートたちは、頼もしい援軍のお陰で救われたばかりか、希少な牢固たる鶴嘴(つるはし)を手に入れるのだった。

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