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 ついに新たな島への道が開かれた。
 だが、『タービュランス』と『ストラトスフィア』の両ギルドはすぐには動かなかった。先の戦いでの重傷者もいるし、かなりの消耗でメンバーにも疲れがたまっていた。
 そんな中でも、ネカネは帳簿を管理しながら医薬品の在庫を確認する。
 そして、皆から預かっていた資金を手にネイピア商会へと乗り込んだのだった。

「わっ、軽い……うん、いい感じ。でもいいの? ネカネ、凄い値段だけど」

 新しい装備を試着してみて、嬉しさ半分困惑半分でジルベルトが振り返る。その左腕には、やや小型だが美しい装飾の盾が輝いていた。
 古代の英雄の名を冠する、それはヒルデブラント。
 先日、偶然ヒポグリフから得られた希少素材による逸品である。

「ジルは砲剣が重い分、盾は軽くて小さめなのがいいと思う。それに、物理的にも属性的にも高い防御力があるとありがたいし」
「でもネカネ、その……やっぱり値段が」

 ちらりと値札を横から覗き込んで、リベルタが真顔になった。逆の隣では、まひろが指折りゼロの数を数えている。
 だが、ネカネは全く気にしていなかった。
 両ギルドから会計係を頼まれているが、預かった資金の実に半分ほどが溶ける。それでも、それだけの価値があると思ったし、武具の目利きは家族に鍛えられていた。

「ジル、お金はね。貯めるために貯めるんじゃない、使うために貯めるんだよ」
「それはそうだけど」
「それにね、希少な素材で作られてるんだから……現物限り、一点モノなんだよ、それ。せっかく自分たちで勝ち取った素材なんだから、別のギルドに買われたくないよね」
「まあ、たしかに……あ! まひろはどう? 防御力ならむしろまひろが」

 しかし、指を数えて目を回しているまひろは、頭からブスブスと煙を出しながら顔をあげた。彼女はピシャリと両頬を叩いて正気に戻ると、にぽっと笑った。

「わたしはもっと大きな盾がいいです! その盾、ジルにとても似合ってるのです!」
「そ、そう? じゃあ使わせてもらおうかな。うん、このサイズと軽さなら砲剣の大きさをカバーしてくれそう。って、リベルタは? 帝国騎士だって」
「ん−? ああ、ローゲル騎士団長とかは装備するね。使う人もチリポリいるけど……ニハハ、アタシは鎧の重さもあるから砲剣両手持ち! 一撃必殺が信条じゃんね」

 リベルタが纏う真紅の鎧は、それ自体が頑強な装甲の(かたまり)だ。自身の砲剣が出す排熱からも彼女を守るためのもので、かなりの重量がある。鋭い強撃であるドライブ系のスキルの、その発動までの長い長い数秒、リベルタの命を守ってくれる大切なものである。
 それに、彼女はネカネに別の装備の新調を先日申し出ていたのだった。
 そうこうしていると、奥から女主人のネイピアが顔を出す。

「おおう、来おったか。リベルタじゃったな? 帝国から荷物が届いておるぞよ」

 ニヤァと笑ったネイピアが、ドン! と巨大なケースを番台の上に置く。ネカネくらいの小柄な少女なら、そっくりそのまま入れそうな箱で、どこか棺桶(かんおけ)めいている。
 待ってましたとばかりにリベルタが開封すると、店内に冷気が漏れ出た。
 そして、その白亜のヴェールの奥から鋭い刀身が鈍色(にびいろ)に光る。

試製局地砲剣(しせいきょくちほうけん)"震電(しんでん)"……お主の集めた素材を帝国のナカジマ工廠(こうしょう)で仕上げた逸品じゃよ」
「おーしおしおし! ……あれ? これだけ? おば様からの手紙とか伝言とかは」
「うんにゃ? あとはいつもの冷却用カートリッジと各種整備用品、納品書だけじゃよ」
「ちぇー、せっかく珍しいもの頼んだのに、一言もなしかー。ま、おば様らしいっちゃー、らしいけど」

 リベルタの話では、一族で唯一騎士を拝命しなかった親族がいるが、なにかと顔が広くアチコチにつてがあるらしい。それでこのたび、ネカネも予算を()いたのだ。
 それにしても局地用と(うた)うだけあって既存の砲剣とはかなり異なる。
 左右対称の両刃の刀身には、砲剣特有のリボルバーやモーターがない。それは全て、コンパクトに鍔元(つばもと)に納められていた。リベルタはそこまで体格のいい騎士ではないので、巨大に過ぎる砲剣の方が長く見えるほどだ。

「おっと、結構重いな……フ、フフフ、ニフフフフ! いいじゃん! ネイピアさん、おいくら万エン?」
「輸送費と手間賃も込みで、んー……これくらいじゃのう」

 ネイピアがパチパチと高速で東洋の計算機(ソロバン)を弾く。(たま)が上下して止まった時、ピクリとリベルタが硬直した。ギギギギとぎこちなく振り向く彼女の顔は、完全に予算オーバーであることをネカネに告げてきた。
 こういう時だけ、哀願に瞳を潤ませるリベルタは完璧な美少女騎士だった。

「ネカネママ、ね……だ、駄目? ちょっと思ったよりも値段が」
「しょうがないね、まったく。……少し、いい?」

 すぐにネカネが間に入って、砲剣を抱きしめるリベルタの前に立った。もちろん、値引き交渉もネカネの仕事である。彼女は細い指でパチリと計算機の珠をスライドさせた。
 当然、ネイピアは眉をしかめる。


「そこまでは負けられんのう。せめて、これくらいじゃ」
「あんまりボるの、よくないよ? 諸経費含めても、これくらいがいいとこでしょ」
「ぐぬぬ、小娘……ここは、これだけは譲れんのう」
「その、ナカジマ工廠? とかいうとこ。これの設計図もつけてくれたでしょ? ……どこにも見当たらないんだけどなー?」

 突然、ネイピアが目を逸らした。
 やはりか、とネカネは再びパチパチと計算機に指を滑らせる。恐らく、リベルタが抱き着いてる新型の砲剣は試作品……当然、後に実戦データを取り入れて量産されるかもしれない。その時に必要な設計図がないということは、つまりそういうことである。
 もともと付属していたものを、モンキーモデルを作るためにくすねた者がいるのだ。

「ま、まあ、しょうがないのう! 『タービュランス』も『ストラトスフィア』もお得意様の上客じゃ! 負ける、負ける、勉強させてもらうのじゃあ!」
「……設計図は?」
「いや、まだ写してる最中で……ハッ! あ、いや、ちと倉庫の中が散らかっててのう! そのうち出てくる(ゆえ)、その時にでもまた」

 まあ、この辺が落としどころだろうとネカネは思った。オリジナルの、それもプロトタイプの一振りは手に入ったわけだし、帝国から遠く離れたこのマギニアでは技術の完全再現も難しいだろう。なにより砲剣職人が少ないし、本職の老舗(しにせ)には及ばないだろう。
 すぐにネカネは金貨のつまった革袋を出し……ああそうだ、と振り返る。

「わたしも弓を新調しようかな。ちょっと前、目をつけてたものが……あれ?」

 そろそろ迷宮の魔物も手強くなってきたし、先のヒポグリフ戦では愛用の弓矢に限界を感じた。腕でカバーするだけではもう難しいだろう。そろそろ、強くしなやかな弦を備えた最新式の弓が必用なのである。
 素材も納めてたし、以前からチェックしておいた逸品があるのだが……見当たらない。

「あれ、ここにあったヒンディは?」
「ああ、あれなら売れたぞよ? 『リトル・ウィメン』とかいうギルドじゃったかな? 恐らく新米のレンジャーでも加入したんじゃろ」
「あ! わたし知ってるです。前にギルドカードを交換したことあるのです!」

 ハイハイ! と手をあげるまひろをよそに、ガクリとネカネはうなだれた。取り置きしてもらうべきだったが、そうなるとネイピアは即座に前金を何割か要求してくる。やりくりの中で待ちに待ったが、待ち過ぎたようだった。
 ポンと肩をリベルタに叩かれ、よしよしとジルベルトが頭を撫でてくれる。

「お取り寄せ、するかのう? 素材はうちにばかり売却されておるわけじゃないしの! ……フッフッフ! そうなると手数料も込みでこの値段じゃな!」

 突然息を吹き返したようにネイピアがキラキラしだした。満面の笑みで計算機をジャララと指でなぞって珠を弾く。ネカネは久々に、買物での敗北感を味わう羽目になるのだった。

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