ついに明かされる、
それは今まさに、ジルベルトたちの前に鎮座する高熱源体が教えてくれた。まひろの情報通り、そっと氷銀の棒杭を突き刺す。激しい水蒸気を噴出しながら、謎の赤い物体は粉々に砕け散った。
同時に、周囲の体感温度がガクンと下がってゆく。
突然の異変にジルベルトは己の肩を抱いたが、まひろは鼻息も荒くドヤ顔だった。
「クワシルの言ってた通りです! あれは、アツアツの邪魔者を壊すものだったのです!」
フスー! とのけぞり腕を組んで、豊かな胸をたゆゆんと揺らすまひろ。
だが、砕けた真っ赤な破片を拾いながら、ネカネは浮かぬ顔だった。まるでなにかを思い出そうとしているような、記憶の棚をひっくり返しているような。
「……なんだっけ、昔なにかの書物で……そう、たしか」
「とにかく、ここは通れるようになったのです! 出発進行なのですっ!」
「あっ、こらまひろっ! 一人じゃ危ないって!」
ネカネは赤い甲羅の残骸を一つだけ拾って、そっと懐にしまい込む。その時にはもう、まひろはシュタタッ! と、開かれた通路の先へと走っていた。
やれやれとジルベルトが苦笑して追おうとすれば、隣でエンリーカが肩をすくめる。
「困った英雄様ね。それよりジルベルト? だったわよね? あなた、気付いたかしら」
「ジルでいいですよ、殿下」
「私もエンリーカでいいわ。ここにいるのは一介の冒険者、冒険王女エンリーカなのだから。それで」
「はい。あちこちの水路や水たまりが凍り始めていますね」
リベルタとドロテアがすぐに、地図を広げて確認してくれる。今まで水に遮られて渡れなかった場所へと、もしかしたら進むことができるかもしれない。その証拠に、すぐそこの水面を踏んでみると、すでにかなりの厚さの氷が水面を覆っていた。
「ここと、ここと、あとここ。渡れるなら、その先になにかあるかもね」
「採取ポイントがあったらお任せなのです! 豊穣なる秋の死神の名にかけて、キリッ!」
「ほいほい、お願いしますよっと。そのキャラ、結局押し通すんだ」
「……いやこう、酒場で定着しちゃって……今更やめる訳にもいかなくて、こぉ」
赤面に目を逸らすドロテアの背を、笑いながらリベルタがバシバシ叩く。
とりあえず、今はまひろを追うことにしてジルベルトたちは走り出す。そして不思議なことに、向かう先からは微かに熱を感じた。また例の物体があれば、氷銀の棒杭を使えばいい。
しかし、先程とは明らかに違う熱量、それは敵意と殺気によって沸騰した空気だ。
「なんかいるね、この先! しっかし、暑かったり寒かったり大変だこりゃ」
「リベルタも感じた? まひろ、暴走してなきゃいいけど」
進むほどに熱気がジルベルトたちを包む。
そしてそれはもう、火山地帯のごくごく自然な地形効果ではなさそうだ。
視界が開けると同時に、燃え盛る紅蓮の炎が目の前を通り過ぎる。
中央の大広間に今、巨大な
「ジル、階段の前に急にあの魔物が! それに!」
「まひろ、待って来ないで、危ないっ!」
再度、獄炎の
そのうねうねと粘液に光る巨体を見て、ネカネが弓を構えつつつぶやいた。
「あれは……サラマンドラ? なら、さっきの鱗は……あ、そうだ、鱗。鱗だね、こいつ以外の」
シュン! 空気が細く歌った。
ネカネの援護を受けて、まひろはジルベルトの前に走り込んでくる。
彼女は燃え盛る炎の向こう側を指さして叫んだ。

「さっきの亜人の子供があそこに! わたしが盾になるので、みんなで助けるです!」
「落ち着いて、まひろ。この炎、まひろの盾でも無理だよ。それに、
自分に言い聞かせるようにして、目線二つばかし高いまひろの目を真っ直ぐに見つめる。同時に、そっと通路の角から顔を出して目標を視認した。
確かにまひろの言う通り、先程の亜人の子供が岩陰に取り残されている。
救うにはどうしても、灼熱のブレスをかいくぐって進むしかなかった。
「わたしが
「あっ、待ってって! あーもぉ、スイッチ入っちゃったなあ久々に。リベルタ、ネカネ、ドロテアも。いい? エンリーカは危ないからここへ……エンリーカ?」
エンリーカがふと遠い目で、業火の中を走るまひろの背を見送っていた。
「昔、うちにも売り込みにきたのよね。気色悪い白衣の一団が『英雄を買わないか』って」
「あ、それって……」
「父様も乗り気で、ダース単位で買おうかって。でも、その時運よく私が居合わせて、調べてみたらなに? 英雄機関とかっての、いかがわしい組織じゃない? だから」
「だから?」
「うっかり転んだフリして、契約書をビリビリに破いてやったの。もう一度書面でって言った連中は、その帰りに海が荒れて……運がなかったのね。大海原はいつだって危険なのだから」
なんたる強運。
それは時として、敵対する相手や障害にとって不運となる。
懐かしそうにそれを語って、エンリーカは不意に声を発した。それは言葉とも取れるような、全く聞いたこともない言語だった。
だが、エンリーカの声に亜人の子供がなにかを叫び返す。
会話が成立していて、その時にはもうまひろはサラマンドラの目の前で盾を構えていた。
「エトリアの
炸裂する爆炎が、まひろの突き立てる盾に阻まれ逆巻き天井を焦がした。
パラディンが使う、属性攻撃を遮断するスキルだ。いつも絵本や物語が好きなまひろは、エトリアの聖騎士という半世紀も前の大英雄の話が大好きなのである。
無数の書物や伝承で語られる伝説の勇者……リベルタの話では、エトリアの聖騎士もまた、小さな辺境伯の嫡子だったらしい。なんとも親近感の湧く話だが、本によっては武芸百般の巨漢だったり、見るも流麗な美男子だったりと詳細はまちまちである。
だが、今はそんなことよりも亜人の子供の救出が先だ。
「まひろっ! あと五分、いや三分! ふんばれる?」
「お任せあれです! むぎぎ……絵本では、こういう時からが本番なのです!」
「エンリーカ、さっきのは亜人の言葉? 助けるから動かないって伝えて。ネカネは――」
ジルベルトの言葉に先回りするように、安全な狙撃ポイントへとネカネが移動する。すでに瘴気兵装を展開したドロテアの技で、怒り狂ったかのようなサラマンドラの動きは鈍っていた。
そして、待ってましたとばかりにリベルタが両手で砲剣を構え、騎士の作法にのっとり真っ正面に立てて冷気を解放する。
「っしゃあ、やったろーじゃん。この手の魔物はっ! 氷が苦手!」
「相手の属性防御力をそぎ落とします! それと、ネカネッ!」
「うん、脚を封じるよ? リベルタは時々、ドライブを外すからね」
一糸乱れぬチームワークだった。そして、その間もまひろは乱れ飛ぶ炎の全てを完全に遮断する。ジルベルトは迷わず仲間を信じて駆け出した。
あっという間に亜人の子供を回収、その時にはもう氷雪が舞うドライブの嵐の中、エンリーカの剣が唸りをあげていた。