ジルベルトの背筋を冷たい
それなのに、目の前の穴の奥からは熱波が肌を叩いた。吹き出る汗は、寒暖の差だけではない……強烈な殺意と害意が燃え
間違いなく、この奥に強力な魔物が待ち構えている。
それが恐らく、この『
「ジル、決断して。悪いけど少し時間がないみたい」
ネカネの言葉と視線を追えば、足元の氷が解け始めている。ここが再び水路になった場合、他の通路を迂回して遠回りしなければならない。
アリアドネの糸を使うこともできたが、結局は戦いの先にしか道はなかった。
戻って地図を報告し、エイダードやカラブローネといった大人たちに頼ることもできた。だが、なにか言いたげな亜人の子供の、その言葉をエンリーカが翻訳してくれる。
「この先に迷宮で一番危険な魔物がいるんですって。その名は、ホムラミズチ」
「ホムラミズチ……!?」
「この子は逃げろって言ってるけど、さてどうしましょうか」
再び迷宮は、たった一匹の魔物が発する熱で暑さを取り戻してゆく。
今来た道を滑って帰れるかも怪しくなってきた。
そしてジルベルトは、リーダーとして決断を口にする。
「リベルタ、地図をここに。みんなも、貴重品の
「ってことは、つまり」
「ここまできたんだから、もう少し情報が欲しいかなって。でも、全滅の危機は犯さないつもり。退却する時は私が
ここに地図や各々の私物を置いておけば、後続の冒険者が見つけてくれる。
それは決意と覚悟の選択だったが、ジルベルトは死ぬつもりはなかった。それは仲間も同じで、今まで集めた素材をドロテアは大きな鞄ごと地図の隣に置く。
「また取りに来れますよね。だから……少しでも身軽な方がいいかなって」
「うん、大丈夫。じゃあ、フォーメーションを確認するね」
亜人の子供とエンリーカの護衛は、まひろに任せる。その戦闘力、突出した防御力だけは今まで一度たりともジルベルトの気持ちを裏切ったことがない。
そして、ネカネが遊撃、ドロテアが援護。
ジルベルトは先頭に立ってリベルタとアタッカーを務めることにする。
なんてことはない、いつものみんなのお
「よし、行こう……っ、凄い熱気だ。みんな、気を付けて」
「ぐあー、肌が乾燥するー、ぐへあー……あ、アタシちょい前に出るね」
スケッチブックを置いてきたリベルタが、砲剣を抜くなりモーター音を響かせる。火山帯特有の火煙がそこかしこから吹き出る、そこは灼熱の白い闇。そして、その奥に巨大なシルエットが持ち上がった。
ジルベルトたちを見るなり、絶叫で空気が沸騰する。
黄金色に輝く、無数の尾を逆立てる

「ここはわたしが防御なのです! ジルッ!」
即座にまひろが、盾で炎のダメージを軽減してくれる。だが、サブスキルで習得する職能には限界がある。あっという間に、盾を貫通した業火が周囲を地獄に変えた。
まひろは冷静にエンリーカたちを視野にいれつつ、ホムラミズチを挑発する。
だが、その
「まひろっ!」
「ジル、アタシが行って足止めする! ……あと、なんか地形的にというか、この空気……あいつに有利にできてる気がする」
「確かに、この暑さ……はっ! まさか」
その時にはもう、ドロテアが走り出していた。その背を追うホムラミズチに、牽制の矢が突き立つ。
ネカネの絶妙な立ち回りで、再びホムラミズチはジルベルトたちへと向き直った。
「おっけ、やったろーじゃん! ――イグニッション!」
両手で祈るように砲剣を捧げ、リベルタの小さな声が絶叫を響かせる。リミッターを解除された砲剣は、まるですすり泣く乙女のようにメカニカルなノイズを歌った。
同時に、ドン! と踏み込むリベルタが大上段からの一撃を放つ。
「まず、一つっ!」
一瞬でホムラミズチを、強力な冷気が包んで白く染める。間髪入れずにリベルタは「んでっ、二つ! 三つ! どうだっ!」と連続で斬り込んだ。
フリーズドライブ三連発、並の魔物ならばオーバーキルの強力な連撃だった。
同時に、リベルタの砲剣が悲鳴と共に排気熱を巻き上げる。
その間隙に、ジルベルトも追撃のドライブを叩きつけた。
「四発目っ! やったの? ……う、嘘。そんなまさか」
だが、一瞬全身を
その胸部に空いた穴の奥から、灼けた岩が砲弾の如く周囲にばらまかれる。
リベルタと互いを庇い合いながら、ジルベルトは落ち着いて戦況を見極めた。今、パーティ全員での総攻撃が失敗に終わった。先程の全火力で倒せないのならば、残された手段は限りなく少ない。
でも、
そして、ドライブ四連発が稼いだ時間はとても貴重なものだった。
「ジル、リベルタも! あっちに沢山ウロコが! 全部壊してきましたっ!」
戻ってきたドロテアは、例の氷の棒を投げ捨てる。同時に、大鎌を両手で構えれば瘴気の花が周囲で乱れ咲いた。早速彼女は、持てる力の全てでホムラミズチの能力を低下させた。
瘴気兵装から咲いては散る花の、その黒い花吹雪にホムラミズチが低く唸る。
「ありがとう、ドロテア! で、リベルタ……60秒。いや、30秒だけもたせられる?」
「よろしくてよー、オーッホッホ! なんか名案あるんだ? なら、ここはアタシにオマカセ!」
リベルタは砲剣に強制冷却用のカートリッジを叩き込むなり走り出した。
いかに重装備の帝国騎士とはいえ、自殺行為に等しい
だがら、ジルベルトはその場で軽くステップを踏んで走り出した。
「まずは、始動剣! 次に、連結剣!」
最後のチャージエッジで砲剣がジャキン! と冷却終了を伝えてくる。
同時に、占星術の氷を申し訳程度の目くらましにばらまきながらリベルタが下がる。
「いまだっ! 今度は六連撃……この迷宮、意地でもみんなで
全方位から複数のジルベルトたちが突撃した。ホムラミズチの獄炎の弾幕をすり抜け、一振り、また一振りと砲剣が突き立った。そして、ホムラミズチの体内に直接フリーズドライブが連続して炸裂する。
だが、ジルベルトの切り札はそれだけではなかった。
「今だよ、まひろっ!」
「はいです! ううう、うわぁぁぁぁっ!」
消えかけたジルベルトの分身の、その全てが自然とまひろに吸い込まれてゆく。シャドウチャージで一時的に身体能力の上がった彼女は、防具と盾の重さを感じさせぬ速度で風になる。やや弱り始めたホムラミズチの、その熱気を
「これでっ、終わりなのです! そう、これが……これがっ! シールドスマイトッ、なのですっ!」
ホムラミズチの真っ正面から、まひろの盾が炸裂する。ミチミチと肉が潰れて骨が砕ける音が聴こえた。それでもまだ、まひろの突進は止まらない。
それは、人造英雄がジルベルトの幻影全てを力に変えた
絶叫と共にホムラミズチはよろけながらも、それでも最後の力を振り絞る。
だが、その時にはもうまひろは再びエンリーカたちの護衛に下がっていた。
そして、運命の矢が降り注ぐ。
「もう、終り。お前はここまでだよ。強かったけど……通してもらう、ね?」
最後の力で襲い来るホムラミズチの脳天に、真上からネカネの矢が突き立った。
それがトドメとなって、恐るべき