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 マーリンの宿の屋上は今、洗いたてのシーツが無数にはためいていた。
 本日晴天、マギニアを吹き抜ける風もこころなしか柔らかい。
 モノクロームのメイド服姿で洗濯物を片付けるセレマンに、気安くカラブローネは話しかける。相変わらず無機質で抑揚のない声が返ってきた。

「お疲れちゃん、みんな集まってっかなあ?」
「すでにお揃いかと。あとでお茶とおやつをお持ちしますね」
「カロリー低めで頼むよん。そんじゃ、(たの)まあ」

 それだけ言って、カラブローネは奥へと進む。
 物干し竿が並ぶその先に、小さな小さなバラックの建屋が一つ。これは自分の寝室とは別に、研究室としてマイカが急造したものである。
 無論、宿の主には許可を得ている。
 そしておそらく、今のマギニアでは一番秘匿性(ひとくせい)の高い密室でもあった。
 ノックすれば返事が返ってきて、それでカラブローネは(かし)いだドアを開く。

「まーた、相変わらず散らかってるねえ。お邪魔するよん」
「いらっしゃい、おいちゃん。これは散らかってるんじゃなくて、あるべき場所にあるべきものが置いてあるだけだよ」

 美貌の女技師がフフンと眼鏡(めがね)のブリッジをクイと指で押しあげる。
 やれやれと苦笑するのは助手のライトニングだ。
 今日はいつもの二人の他に、エイダードやヴァイン、ユーティスといった面々が一緒である。皆、手狭な研究室のそこかしこで、適当な椅子やカウチに腰掛けていた。

「待たせたねえ。ユーティス、ジルや他の子たちは?」
「皆、遅い朝食の後に自室で休んでいます。恐らく、二度寝ではないかと」
「まぁ、昨日は激戦だったからねえ。しっかし、あのホムラミズチが出るたあなあ。他は?」
「まひろだけ、ヒロとウカノ、ヴィラールを追って町に出ました。悪い吸血鬼を見張るのです! とのことでした」

 全く似てない、似せる気もないまひろの口調をそえてユーティスが機械的に説明をこなす。他の面々も皆、それぞれのギルドのためにクエスト等で出払っていた。
 そして、この場の者たちにしか知らない秘密を語る時間である。
 が、その前にカラブローネは壁に寄りかかって腕組みのヴァインにニヤリと一言。

「おにーちゃんとしてはどうだい、ヴァイン。相変わらずまひろちゃんは元気だよぉ」
「あー、ヴィラールには悪いんすけどね。でも……あいつが他人に興味を持つなんて初めてなもんで」
「いーんじゃなーい? 最近は暴走も減ったし、仲良きことは美しきかな、と」
「ま、ジルやリベルタたちのおかげですよ。歳の近い友達なんて、今まで作る余裕もなかったですからね」

 うんうんとマイカが頷き、秘密の作戦会議が始まった。
 ライトニングから一冊の本を受けとり、そのページをめくりながら彼女は話し始める。

「ええと、あったあった……モリビトっていったよね? これが、そのモリビトって亜人。エトリアの世界樹の守護者を自称し、かなり深い階層に住んでいるんだ」

 本には、極彩色の髪とも毛皮とも取れぬ頭部のシルエットが描かれていた。ジルベルトの報告にあった通りの容姿で、なんとそれは本来エトリアの世界樹、その深部に隠れるように暮らしているという。

「ネカネちゃんが見たことないのも無理ないよね。かなり深い階層にしか現れないし、もともと冒険者を避けるように生きているから」
「でも先生、トミン族は……遺都(いと)シンジュクの民とは親交があったそうですね」

 ライトニングの言葉に頷き、マイカは言葉を続ける。

「そう、年に何回か物々交換で互いの必要なものを融通(ゆうずう)してた。あと、どうしても使い方のわからない発掘品なんかも、たまにモリビトが知ってたりしたんだよね」
「ふむ。じゃあつまり……またしても、『外のあちこちの世界樹の迷宮との類似点(るいじてん)』ってわけだネ。類似というか、模倣(もほう)? あるいは、レムリアの方がオリジナルなのかなん?」


 以前からカラブローネは、このレムリア群島の迷宮に疑問を持っていた。先日ジルベルトたちが攻略した『金剛獣ノ岩窟(コンゴウジュウノガンクツ)』がまさにそう。カラブローネたちウロビトやイクサビトの住む地域に、まったく同じ構造の迷宮が存在した。
 火山地帯にありながら寒く、ホムラミズチの存在や銀氷の棒杭のギミックまで同じなのである。

「おいちゃん、その話まだ言ってんのか。少ないけど、誰もが初めて見る迷宮だってあったぜ?」
「それなのヨ、ヴァイン。逆に世界樹は七本、その全てが発見されている訳じゃない」
「……つまり、ここで初めて見た迷宮は、未発見の世界樹の一部、ってことか」
「そゆこと。さて……どうしたもんかねえ」

 ジルベルトは自分の意志を仲間たちに確認した上で、探索司令部に今はモリビトの存在を隠すことにした。その上、信頼できる両ギルドの大人たちにだけ秘密を打ち明けてくれたのだ。
 現状、教え子の選択はベストでスマートだったとカラブローネは感心してしまった。
 知らぬ間に彼の教え子は、自ら選択して決断する力をつけ始めているのだった。
 そう思うと笑みが込み上げるが、今はことの次第に注力することにする。
 そうこうしていると、今まで寡黙(かもく)に聴き手に回っていたエイダードが喋り出す。

「そういうことなら、そのモリビトの里にはジルを同行させた方がいいな。唯一モリビトと直接コンタクトを取った冒険者なのだから」
「だな。お前はどうする、エイダード。俺ぁ護衛で一緒に行こうと思うが」
「もちろん、俺もだヴァイン。なるべく手練(てだ)れを集めた方がいい。から、おいちゃんと、あとは」
「私が行こう。もしかしたらエトリアのモリビトとの関係性が掴めるかもしれないしね」

 こうして、次の冒険のメンバーが決まった。ジルベルトを中心に、前衛にエイダードとヴァイン。後方からカラブローネとマイカが支援する。
 それに、悩ましい問題だけではなく吉報もあった。

「ま、とりあえず海の一族とは手打ちになったそうですね、マイカ先生」
「そだね。シェイレーヌというパイプ役もいるし、後顧(こうこ)(うれ)いはなくなった」
「あとは……ペルセフォネ王女の容態だけが心配ですが」

 ライトニングの言う通り、冒険王女エンリーカが率いる海の一族は正式にマギニアとの話し合いを持つことになった。ただ、王女同士の対話を前に、マギニアのペルセフォネが病床に伏している。原因は不明で、ミュラーも頭を痛めているとのことだった。
 だが、海の一族との協調体制が確立されれば、探索の選択肢が大きく広がる。
 トンチキ姫巫女様も、ああ見えてちゃんと両陣営の溝を埋めるために動いてくれているようだった。

「皆様、おまたせしました。お茶とおやつをお持ちしました」

 トレイを片手に、セレマンがノックして入室してくる。とたんに空気の緊張感がゆるんで、ほのかな湯気(ゆげ)の香気に小部屋が満たされた。
 とりあえずは今後の方針も固まったことだし、カラブローネも冒険の話は切り上げる。

「こちら、本日のおやつは……ハチミツたっぷりのバターケーキでございます」
「だからさあ、セレマンちゃーん? なんでいつもこう、夜食もおつまみも高カロリーなんだよー!」
「ヴァイン様、お好みでメイプルシロップなどもいかがでしょうか」
「ハ、ハイ、ドーモ」
「では、私はアルサスおぼっちゃまのお勉強の時間ですので、失礼いたします」

 こうして、秘密の作戦会議は甘ったるいお茶会でお開きとなった。
 マギニアの冒険者たちの旅は、新たな局面を迎えることになるのだった。

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