華やかりし街も今は昔、
その中でも
魔素の猛毒と濃密な大気に、渋谷は飲み込まれようとしていた。
そんな中、トゥリフィリは眼前の仲間達が動かないので溜息を
「どうだ、ナガミツ! 貴様、面白いだろう。笑っていいのだ、感動して泣けぇ! そして、燃えろ! これぞ王道、週刊少年ジャンプ、そしてマガジンにサンデー! チャンピオンもあるぞ!」
「……理解不能だ。なにが面白いんだ? 非合理的な生産性のない絵と文章だ」
「ちっがーう! 馬鹿か貴様は、そんなんだから俺様にゲームで一勝もできんのだ!」
「ぐっ! そ、それは」
そろそろ先に進みたいなーと思いつつ、トゥリフィリは苦笑を噛み殺す。
ナガミツはうず高く積まれた漫画の山に、今しがた読んでいた一冊を戻した。
なにも三人は、油を売っている訳ではない。ムラクモ13班の仕事は、
「そういえばナツメさん、サポート専門のメンバーをそろそろ編成したいって言ってたな」
トゥリフィリは、先程キジトラがブルース・リーばりのサイドキックで傾かせた自動販売機に歩み出る。かわいそうに、文明の利器は中身を全て吐き出してしまっていた。まだ電気がきていたのか、缶ジュースはどれも冷えている。
その一つを拾い上げて開封しつつ、トゥリフィリは周囲を改めて見渡した。
渋谷には、学校の友達とも何度か来たことがある。
トゥリフィリ達のような年代の子供達には、一種の聖地だ。
賑やかで華やかで、そして少し怖くてワクワクする街。
渋谷はいつだって、青春を生きる少年少女の最前線だった。
それが今、原生林の中に沈もうとしている。
「はぁ、様変わりしちゃったなあ。ぼくのお気に入りのカフェ、行きつけの雑貨屋、怪しい露天商のおじさん……みんな、みーんななくなっちゃった」
ちらりと見やれば、ナガミツはぼんやりとキジトラの出してくる漫画を読んでいる。
やはり、彼の感情や情緒はまだまだ
だが、トゥリフィリは知っている。
ナガミツは無感情で冷徹な機械ではない。人の隣にあるもの、共に歩むものとして生み出された存在なのだ。それは、ロボットという単純な言葉では言い表せない。そして、トゥリフィリだけが知っているかもしれない……彼にも、まだまだ幼稚で小さいが、感情の
そうこうしていると、ナガミツはトゥリフィリの視線に気付いて歩み寄ってくる。
彼は手にした漫画を開くと、そのページをトゥリフィリに向けてきた。
「班長、キジトラが言うにはこうしたくだらない本が避難民達に必要だそうだ。……本当か? 俺には、その、理解できない。これとか、これとか、あとこれもだ」
「んー、そりゃあみんなストレスと背中合わせの毎日だからさ。息抜きに読書や映画、ゲームなんかも必要になるの。ほら、言うでしょ? 人はパンのみで生きるにあらず、って」
「配給食の栄養バランスは完璧だ。パンと米、そして固形食等を上手く組み合わせている」
「……そういう意味じゃないやい。って……ナガミツちゃん! 駄目! これ駄目!」
咄嗟にトゥリフィリは、ナガミツの手にしていた漫画雑誌をひったくる。
それは、俗に言う
慌ててそれをキジトラに投げ返す。
あえて、不要だなんだは言わない。だが、やはりナガミツは真顔で首を
「班長、さっきの漫画ではなにを」
「忘れて! 忘れなさい! もぉ、キジトラー! ナガミツちゃんに変なもの見せないでよ」
「不思議だ。生殖行為をしているのはわかったが……何故、口で――」
「わーわー! いいから! ナガミツちゃん、いいから!」
その時だった。
不意に悲鳴が響き渡った。
若い女の声だ。
次の瞬間、三人は同時に地を蹴る。
遅れて舞い上がった風が、積まれた漫画のページを無数に巡らせる。読者を待つ本達を置き去りに、トゥリフィリは再度叫ばれた声の方へと走った。
すぐに左右に、ナガミツとキジトラが追いついてくる。
「班長、女の声だ。距離500、この先」
「カカカッ! これが俗にいう『
「キジトラ……お前は絹という繊維素材を見たことがないのか。絹は――」
「アホゥ! ものの例えだ、例え! 文学的表現を知らぬ奴め!」
なんだか、デキの悪い弟に悪い友達が増えたみたいだ。
だが、最悪ではない。
むしろトゥリフィリは、キジトラが積極的にナガミツとコミュニケーションを取ってくれてるのが嬉しい。持て余している訳ではないが、ナガミツにはもっと多様な仲間とのふれあいが必要だから。
それはなんだか、ちょっと母親めいた気もして少し妙な気分だった。
「見て、あそこっ! ……あ、あれ? えっとー? んんー? 君は」
そこには、へたりこむ女の子と……セーラー服姿の少女が一人。彼女は手にした日本刀をヒュン! と振ると、
長い黒髪の少女は、あの日一緒に戦った仲間だ。
もうトゥリフィリは仲間だと思っているのだが、あちらは三人を見て
「えと、サキさん……じゃないけど、キリコ、だよね?」
「……そ、キリコ。私はキリコなんだ……もう、キリコなんだから」
「そ、そう……大丈夫? 調子悪そうだけど。ね、ちょっと」
「構うな。……私は先を急ぐ。この女を都庁に連れて帰れ」
それだけ言って、キリコは密林の奥へと歩き出す。
すぐに追いかけようとしたトゥリフィリは、突然腰に抱きつかれた。
泣きべその女の子は、少し年上だろうか? サイドに結った髪に、肩を出したセーターが快活なイメージを与える。下はショートパンツで、すらりとした長い足が白かった。
彼女は
「ふえええっ、
「先輩!?」
「たっ、たたた、助かりました。そっちのキリちゃん先輩に助けられて、こうしてまた別の先輩に……あ、私のことはアオイって呼んでください。選抜試験、行けなくて」
「……S級能力者なのかあ。そっかそっか、おーよしよし怖かったねー……なんで先輩?」
「先輩は先輩だから先輩なんですっ! ふああ、腰が抜けちゃった」
キリコが
「奴はキリコ、古い
「ほう! もしや都市伝説にある
「お、おいっ!
ともあれ、アオイをあやしつつトゥリフィリは安堵の溜息を零した。
キリコとの再会もそうだが、アオイの無事が嬉しかった。また一人、目の前で力及ばず死なれてしまったら……そう考えると、あまりにも心が冷たくなって凍えてしまう。もう、誰も死なせたくない。自分に
そう思えば、震えるアオイが不思議と温かく感じるのだった。