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 迷宮(ダンジョン)と化した池袋駅からの、帝竜(ていりゅう)の直接攻撃。
 圧倒的な破壊力を持つ光学熱量兵器は、徐々にその狙いを都庁へと近付けていた。着弾が少しずつ、正確になってゆく。
 だが、ムラクモ機関と関係各部署、そして自衛隊を交えた会議は紛糾(ふんきゅう)していた。
 けっきょくトゥリフィリは、いつもの格好で出席していた。
 先程からずっと、ナツメに食って掛かっているのはリンだった。

「とにかく、我々自衛隊に今度は任せてくれ! これ以上、民間人を危険には(さら)せない!」
「あら、でもただの普通の人間でしかない自衛隊じゃ……犠牲を出すばかりよ?」
「そんなことはない! そちらの持ってるドラゴンの情報、Dz(ディーゼット)の技術をわけてもらえれば」
「それはできない相談ね。ドラゴンの殲滅(せんめつ)は私達ムラクモ機関の仕事よ。適材適所……自衛隊には引き続き、都庁を守ってもらわないと。それくらいしかお願いできないんだし」
「何だとっ!」

 リンの気持ちはわかるし、ナツメの言い方も少し適切ではない。
 こういう時は、ただ事実と現実を言うだけでは人は動かない。正論は正論でしかなく、正しさだけでは誰も救われないのだ。
 だが、リンがまだ喋っているのを遮り、ナツメはトゥリフィリを見詰めてきた。

「13班の班長として、意見が聞きたいわ。それと……率直に聞くわ、トゥリフィリ」
「私との話はまだ終わってないぞ、ナツメ総長!」
「いいえ、もう終わりよ。で、どうなの? トゥリフィリ……今回も帝竜を倒せるのかしら?」

 トゥリフィリは言葉に詰まった。
 リンは自分を一睨(ひとにら)みして、自分を投げ捨てるように椅子に沈む。
 険悪な空気の中、トゥリフィリはおずおずと立ち上がった。

「えと、できるだけ最善は尽くします、けど……ちょっと情報が少なくて、まだ。まず、池袋に行ってみないことには」
「そうね。自衛隊には先に展開してもらってるけど、あまり有益な情報が得られないし……(らち)が明かないなら、13班しか頼れないわ」

 ナツメには恐らく、悪気はない。
 そもそも、自衛隊など良し悪しや善悪で見ていないのだ。
 全く相手にしていない……無関心。
 それは嫌悪をぶつけられるよりも、時に堪える。
 そうこうしていると、隣の少女がそっと耳打ちしてくれる。ガトウと一緒に出席している、アオイが小さな声をひそめてきた。

(センパイ、ちょっと何か空気悪くないですか?)
(んー、リンさんも頑張ってるんだから、仲良く連携できないのかな……ただ)
(ただ?)
(自衛隊の皆さんはやっぱり、普通の人だから……無闇に消耗してほしくないし、ドラゴンの相手は危険なのも確かだけど)
(ですね……もっとこー、オブラートに包んでくれれば……あ、そういえば最近のオブラートって、色んな味があるんですよ! 私はチョコ味が好きです!)

 リンがゴホン! と咳払(せきばら)いをした。
 それでアオイは、さっと身を正してお喋りをやめる。
 そして、やれやれと腕組みしたまま、隣で巨漢が喋り出した。

「埒があかねえのは変わらねえ。どうだ、ナツメ総長……組織の垣根(かきね)はとっぱらってよお、みんなでできることをやりゃいいじゃねえか」
「あら、ガトウ……私はさっきからそう言ってるのよ? 自衛隊にもできることをして欲しいって」
「言い方がよかねえなあ。そうだろ、隊長さんよぉ? うちは竜やマモノが専門のムラクモ機関だが、あっちだって日本を守る兵隊さんだ。ナワバリ意識なんざ邪魔だ! 邪魔!」

 ガトウの提案は、自衛隊との完全な情報共有、そして技術提供だった。現在、トゥリフィリ達が集めたDzは今、研究用にムラクモ機関が管理していた。S級能力者には優先して、工房が作った最新の武器や防具が与えられている。
 ドラゴンの生命の結晶でもある、万能資材Dz……その恩恵は計り知れない。
 だが、自衛隊はいまだ支給された装備だけで戦っている。
 ドラゴンは勿論(もちろん)、マモノが相手でも苦戦は必至だ。
 ガトウはナツメを()めつけて重々しい言葉を(つむ)ぐ。

「とりあえず、もう少し俺とシロツメクサのお嬢ちゃんとで、Dzを稼いでくる。下見がてら、池袋にも行ってみたいしな。それでどうだ? ナツメ総長」
「……いいでしょう、承認します。では、各セクションはただちに準備を。それと、最後に13班へ通達よ。これは決定事項だから聞いて頂戴。今回の池袋へは――」

 その時だった。
 バン! と勢い良く会議室のドアが開かれた。
 誰もが振り向き死線を注ぐ中、一人の少女が肩で息をしながら立っている。
 思わず立ち上がったトゥリフィリは、彼女の名前を発してしまう。

「キリちゃん!? ど、どうしたの」

 そこには、セーラー服姿のキリコが立っていた。
 その手には、一振りの太刀が握られている。
 彼女は息を整えると、キッと最奥へと視線の矢を射る。そこには、平然とした顔で腰掛けるナツメの姿があった。
 キリコはそのままナツメを睨みながら、皆が座る円卓にやってきた。

「ナツメ総長ッ! 池袋の迷宮化は聞いている。どうして私が池袋に出てはいけないのだ!」

 トゥリフィリも初耳で、思わず「えっ?」と声をあげてしまった。
 隣ではアオイが、(すで)に会議は終わったと思ってチョコバーを食べ始めている。それで、突然のキリコの登場に驚いたのか、それを(くわ)えたままで固まっていた。
 キリコの剣幕たるやそうとうのもので、激怒に眉根を釣り上げている。

「何故、私にだけ待機命令がでているんだ。説明してもらうぞ、ナツメ総長」
「……羽々斬(はばきり)巫女(みこ)、第676代目キリコとして貴女には特別な仕事があるわ」
「そう、私はキリコとして竜を斬り、魔を断つ! そのために、私は……俺はっ、姉さんと一つになった。姉さんの死さえ、この身に詰め込み今までを捨てたんだ!」

 改めて言葉にされると、その衝撃の事実は胸に重い。
 トゥリフィリは、サキという真の名を教えてくれた少女のことを鮮明に覚えている。そして、生命が一瞬で奪われたことも。
 その面影(おもかげ)を残す二人目のキリコは、本来はまだ会ったこともない少年だったのだ。
 だが、それが当然とでも言うようにナツメは溜息を零す。

「……貴女の仕事はそれだけじゃないわ。むしろ、危険な前線での戦闘は極力控えてもらいます」
「では、私に何をしろと言うんだっ! 姉さんの代わりなんだ、私はもう!」
「そうよ? だから……先代に代わって、 () () () () () () () () () () () 。今、血筋を調節して手配しています。沢山の子を儲けて、天ノ羽々宮(てんのはばみや)の血筋を繋ぐことこそが本懐。どうかしら? キリコ」

 キリコは黙ってしまった。
 俯いたまま、床の一点を見詰めている。
 だが、達を握る手は硬く結ばれ、トゥリフィリには爪が手に食い込む音さえ聴こえてきそうに思える。まだ中学生くらいの子供に、ナツメは子供を作れと言うのだ。
 高貴な血筋を絶やすなというなら、それも大事だろう。
 それでも、まだ自分が巫女であることすら完全に受け入れられない、少年と少女が同居してしまったキリコには残酷な話だった。
 しかし、ナツメには手心を加える様子もないし、いたわり気遣う気配もない。

「五、六人ほど用意してるから、大人しく待ってて頂戴。それに……神代(かみよ)の太古より連なる斬竜刀の血筋……無駄遣いはできないわ。なら、もう一振りを使えばいいだけよ。そうよね? 一式」

 トゥリフィリをはじめ、会議室の全員が見た。
 キリコを追いかけてきたのか、ドアの前にナガミツの姿があった。彼はいつもの無表情で黙って頷く。
 それはまるで、従順な操り人形のようだ。
 悔しげに振り向き、ナガミツを見て……キリコは一際悔しそうに(くちびる)を歪めた。
 この日、ムラクモ機動13班の池袋への派遣が正式に決定した。

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