都庁を奪還してから、
ムラクモ機関を中心に、都民の多くが避難生活に慣れ始めている。まだまだ不安だらけで全てが不足していたが、自衛隊の活躍も会って徐々に日々は安定しつつある。
トゥリフィリもゆずりは達の物資回収15班と、毎日忙しく働いていた。
今日も衣料品の配布が行われ、玄関前のエントランスホールは混雑していた。
そんな中で、トゥリフィリは少女の手を握って歩く。
「キリちゃん、はぐれないでね。えっと、シイナはどこに……ああ、いたいた」
都庁に来てからも、キリコはツンケンとして全く周囲に
だが、不思議とそんな彼女を誰もが構って優しく接した。それがわかるからだろうか? キリコもまた、相変わらずの憎まれ口を叩きつつも素直だ。
今日も、セーラー服しか持ってない彼女のために、シイナが服を選んでくれる予定である。そして、金髪をツインテールに結った女装姿は目立って、すぐに見つけることができた。
「あ、フィー! こっちこっちー、やほー!」
「シイナ、キリちゃんも来たよ」
「よしよし、君が噂のキリちゃんね……むふふ、ちょっと好みかも」
「こらこら、そういう顔しないの! キリちゃん、シイナとはもう一緒に仕事したことあるよね? 今日はさ、服をみんなで選ぼう? いつも着たきり
キリコはいつもセーラー服姿だ。
トゥリフィリが顔を覗き込むと、彼女は
「これ、姉さんのだから。唯一残ったものだから」
「あ……サキさんの」
今のキリコが生まれたのは、先代が死んだからだ。
キリコの名とセーラー服以外、何も残さずに彼女は死んだ……サキという本当の名前すら残さず、675代目
そして、そのことが一人の少年を
キリコは今でもここにいる……
そんなことを思い出して、ついついトゥリフィリも深刻な顔になってしまう。
だが、腰に両手を当ててシイナはぺっかりと笑った。
「大事な服なら、手入れして着回さないとねー? ずっとそればっかり着てると
相変わらずのマイペースで、シイナはワゴンの前へと二人を引っ張る。
まるでバーゲンセールのように混雑する中、久々にトゥリフィリは避難民達の笑顔を見た。ここには部屋着からドレスまで、ありとあらゆる衣服が持ち込まれている。渋谷で
そして、
一着を奪い合う声も聴こえるが、同じくらい一着を譲り合う笑顔も多かった。
「はいこれ! もー、キリちゃんもフィーも細いから羨ましいんですよ? あと、これとこれと、これも!」
「あ、ありがと……キリちゃんも、ほら」
「うん……ありがとう、シイナ」
キリコはおずおずと礼を言って、渡されたジャージやパジャマ、そして任務にも耐えそうな服を何着か手にした。
そして、トゥリフィリも自分にシイナが選んでくれたものへ目を落とす。
「ねえ、シイナ……これ、スカートなんだけど」
「そだよん? フィーさ、綺麗な脚してんだからスカートとかはきなよー」
「や、それは……いやいや! それは!」
「ナガミっちゃんも言ってたよ? 班長の脚って凄いよなーって」
「……ホ、ホント?」
「まあ、半分くらい脚力的な意味だろうけど、ムフフ」
「だよね、そうだよね。ナガミツちゃんだもんね」
ここにいない少年の話題が、不思議な女子力で広がってゆく。
そんな時、何故か不機嫌そうにキリコはトゥリフィリの手を強く握ってきた。変な
そして、ボーイッシュ女子と女装男子が揃って服を選び出す。
トゥリフィリも自分でキリコにアレコレ選びつつ、めぼしいものを物色した。
「あ、これいいかも! ねえフィー、こういうのは――んん?」
シイナが手にして引っ張ったのは、ちょっと大人っぽいスーツだ。タイトスカートとセットで、キャリアウーマンの強さを演出してくれそうな一着である。常々自衛隊やムラクモ機関の会議に出る
いつも普段通りの服装で出ているが、周囲は制服とスーツばかりだったから。
しかし、シイナの手にしたスーツは奇妙な抵抗感でワゴンの中を出てこない。
そして、その逆端を握る少女と目が合った。
「エジーさ、こういうのも着なよ。すらっと欲しくて背が高いんだから絶対に似合う……おろ? おろろ?」
そこには、エグランティエを連れたチサキがいた。
ゴスロリ同士で一着を奪い合う構図になって、視線と視線がバチバチと交わる。
「わたしの方が先に目ぇつけたんですけどー? っていうか、フィーは班長だからこういうのも必要だし?」
「ほうほう、ほうほうほうほう! ……んで? フィーにはちょっとサイズが会わないんじゃないかなあ? ね、エジー?」
「……ん、わたしは別に……ああそうだ、羽々斬。下着とかは足りてるかい? こっちおいで」
エグランティエはのらりくらりと苦笑しつつも、やんわり面倒ごとから逃げた。
キリコもエグランティエがあれこれ言えば、不思議といつも素直だ。
剣で戦うサムライ同士、彼女なりに目上のエグランティエへ敬意を感じているのだろう。それとも姉の
そして、目の前ではスーパーゴスロリ大戦が始まる。
「ほらー、エジー行っちゃったよ? ってことは、フィーのでいいよね、これさー」
「はっはっは、シイナは面白いなあ……あ、ちょっと、そんなに引っ張らないでよ!」
「手、離せば? 伸びちゃうって」
「伸ばすのは鼻の下だけ、ってね! あんましがめつい子は
「べーつにー? わたしは自分さえよければいいし。チサキこそどうなのさ」
「フッ、よくぞ聞いてくれました。じゃあ……詳しくは部屋で? する? ……
「そうくるかー、ムフフ……それも、いいかなあ」
おいおい君達とトゥリフィリが
不意に地面が揺れた。
ぐらりと都庁全体が震えて、轟音。
耳をつんざく爆発音だ。
「な、何? いつもの地震!? ……じゃ、ない!」
巨大な地下の
だが、今回の揺れは明らかに違う。
そして、明確な敵意をもった攻撃だとトゥリフィリは直感した。
エントランスの全ての都民が、不安げに顔を見合わせる中で悲鳴を聴く。
パニックが広がりつつあった、その時だった。
野太い声がぶっきらぼうに叫ばれた。
「心配ねえよ、こりゃ
振り返る視線の先に、腕組み佇む巨漢の姿があった。
それは、衣類の山を抱えたアオイと一緒のガトウだ。彼は周囲を安心させるようにぐるりと見渡し、再度大きな声で「大丈夫だ!」と太鼓判を押す。
だが、その目はトゥリフィリを見付けて小さく告げてきた。
再び戦いが始まると。
その日、池袋方面からの帝竜の恐るべき攻撃が始まったのだった。