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 エレベーターを降りると、不意に視界が開ける。
 屋外へと出たトゥリフィリ達を待っていたのは、沸騰した空だった。見渡す限りに、四方は砂の海。その灼けた熱風が、空気の全てを陽炎(かげろう)のように波立たせている。
 外気に触れているのに、解放感も清涼感も招くことができなかった。

「うへぇ、しかも……階段」
「大丈夫か、フィー?」
「おうー、平気……だけど、やっばいなあ。流石(さすが)に体力の消耗が」

 だが、背後を歩く少年は涼しい顔をしている。
 やはり、見た目通りの年齢じゃない気がした。だって、年を取ると暑さに鈍感になる人だっている。でも、熱中症とかに注意しないと老人は大変らしい。
 みんなで給水タイムを取り、機能的に必要ないと言うナガミツにも水を飲ませる。
 まるで白湯(さゆ)のようなペットボトルの中身を、トゥリフィリはゆっくり口に(ふく)んだ。

「さて! この階段の上に……いるね? 準備はいいかな、ナガミツちゃん! アゼルおじいちゃんも!」
「いつでもいける」
「まあ、なんとかなるだろう。そのために僕は、わざわざロンドンから来たのだからね」

 長い一本道の階段を、登る。
 その間、アゼルが諸外国の情勢を話してくれた。(すで)に欧州は壊滅し、EU(ユーロ)各国は統治機構そのものを失ってしまったらしい。イギリスも勿論(もちろん)、政府も王室も音信途絶である。
 アジアはもっと酷い……広大なユーラシア大陸には、情報が行き渡らないからだ。
 当然、入ってくる情報も少なく、得られた僅かな報告はどれも絶望的だった。

「さ、フィー。ナガミツも。帝竜の玉座に到着さ……行こうか」

 開けたヘリポートに出ると、そこに奇妙な物体が浮かんでいた。
 四角錐(しかくすい)を底面同士、上下に張り合わせたような立体が浮いている。まるでマグマでできた水晶(クリスタル)だ。煮え(たぎ)る業火が内包されており、見ているだけでも熱気が伝わってくる。
 間違いない、この国分寺を砂漠に変えた帝竜(ていりゅう)だ。
 今までとは一線を(かく)したその(たたず)まいに、トゥリフィリは緊張感を(とが)らせる。そして、異形の帝竜は三人を察知するなり、すぐさまドラゴンの本性を(あらわ)にした。

「みんな、行くよっ! 気をつけて!」

 トゥリフィリの声に呼応するように、凝縮された平面上のマグマが躍動する。それはやがて、無数の鎌首をもたげた竜を現出させた。まるで日本神話の伝承にある八岐大蛇(ヤマタノオロチ)である。
 全ての首が独立して襲い来る中、トゥリフィリは駆け出すナガミツの背中を援護した。
 すぐにアゼルが、氷の結界を張り巡らせる。

「ナガミツ、あの首を全部引き付けてくれ(たま)え」
「ひでぇ奴だな、ジジイ」
「だが、その効率性は理解してる(はず)だ。君に今、攻撃に対する冷気での自動反撃術式を付与(エンチャント)した。僕は少し規模の大きな術式を練るから」
「わーってる! フィーは勿論、ジジイにも指一本……首一本触れさせねえ!」

 戦闘が始まった。
 絶叫と咆哮を連鎖させて、首の全てが(うごめ)き火を放つ。
 だが、攻撃が集中する中でナガミツは果敢に戦っていた。見ていて心配になるが、信じてトゥリフィリも銃爪(トリガー)を銃身に押し込む。
 吐き出される弾丸は全て、ナガミツの死角へ回り込む炎蛇(えんじゃ)を打ち砕いた。
 戦術はいつも通り、ナガミツがオフェンス、トゥリフィリがバックス。想定外だったが、アゼルの加入で一発の爆発力も期待できそうだ。

「ナガミツちゃん、一度下がって! ……ナガミツちゃん?」
「いや、もう少し……もうちょっとで、できそうだ」
「できそう? なにが――」

 巨大な帝竜の名は、都庁でナビゲートしてくれているムツとナナが教えてくれた。命名、トリニトロ……三位一体の劇薬という訳である。
 トリニトロの攻撃は全て、ナガミツが身を盾にして防いでくれている。
 アゼルが時々治癒の術式を走らせるので、大きなダメージはまだなさそうだ。
 だが、チリチリと詰め襟を燃やしながら戦う背中に、トゥリフィリは少し不安を覚える。トリニトロの攻撃は激しいが、苛烈を極める程ではないからだ。
 なにか、大きな攻撃を準備しながら戦ってるように見える。

「っし、こうか! さっき見たやつの応用だ……(こぶし)でも、気流の(うず)をぶつければ」

 突然、ナガミツの周囲で炎の勢いが弱まった。
 どうやら彼なりに、戦う中で創意工夫(そういくふう)しているらしい。アゼルの仲間であるホムンクルス、オーマと呼ばれた巨漢のトリックスターがやっていた技である。攻撃の衝撃波で真空状態を作り、炎と熱を遮断するのだ。
 トゥリフィリの目にも、以前よりナガミツの動きがシャープに見えた。

「ナガミツちゃん、ナイスッ! こっちもちょっと涼しい!」
「だろ? 最後尾のジジイが干物(ひもの)になっちゃ、元も子もねえからよ」
「失礼な、僕は肉体年齢だけなら12歳だぞ。さて……!」

 不意に周囲の気温と気圧が下がった。
 キン、と耳が少し痛み、同時にトリニトロの動きが鈍る。
 アゼルの術式がありったけの冷気を放出した瞬間だった。肉眼で見えるほどの冷たい気流が渦巻き、あっという間にトリニトロを凍らせてゆく。白い(しも)に覆われる中で、乱舞する首という首が小さく細くなっていった。
 だが、トリニトロは身震いするように揺れながら、徐々に(うな)り声を響かせる。

「……やべぇな、おいジジイ! 今のをもう一発だ!」
「無理を言うなあ、少し待ち給えよ」
「あ、ちょっと二人共……これ、ひょっとして……ゴメンッ! みんな、下がって! 身を守って!」

 トゥリフィリの声に、仲間達が反応して飛び退く。
 次の瞬間、白い蒸気を巻き上げトリニトロは復活した。同時に、その周囲の温度が急激に上がってゆく。刹那(せつな)、再び燃え盛るトリニトロの全身から、真紅の獄炎(ごくえん)(ほとばし)った。
 フレイムベーンの熾烈なる乱撃が、周囲の鉄骨をも溶かしながら撒き散らされる。
 脚を使って避けつつ、トゥリフィリは両手の銃のマガジンを交換する。
 背後では、アゼルを小脇に抱えたナガミツが熱波の防波堤になっていた。先程習得した、真空断層を使う術を持ってしても、この火焔(かえん)は完全には防ぎきれない。
 だが、ナガミツの不敵な笑みは不思議な頼もしさをトゥリフィリに感じさせる。

「よお、ジジイ……前にSKY(スカイ)のダイゴってのがやってたんだがよ」
「なに? ふむ、なるほど……試してみる価値はありそうだ」
「っし、フィー! ジジイを頼む!」
「あっ、こら! 人を投げるんじゃないっ!」

 空中で放られたアゼルが、素早く術式を構築する。
 無数の文字列が乱舞する中、生まれた冷気がナガミツの右手へと凝縮されていった。あれは確か、SKYのダイゴとネコが見せた連携の技である。それを、今日会ったばかりのアゼルとやろうというのだ。しかも、ぶっつけ本番で。
 正直驚いたが、先程(すで)に見た通りである……ナガミツは戦闘の中で学習し、成長する。
 まるで斬竜刀(ざんりゅうとう)という名の自分を研ぎ澄ましてゆくようだ。

「っしゃ、こいつでっ! 終わりだっ!」

 ナガミツはマグマの奔流(ほんりゅう)が乱れ舞う中で、疾走(はし)る。
 そのまま、振りかぶった右の拳を、オーバーハンドでトリニトロへと叩き付けた。悲鳴が幾重(いくえ)にも連鎖して、トリニトロの巨体が大きく揺れ動く。
 だが、浅い。
 即席の連携で、オリジナルの威力が出ていない。
 そんな中でも、強く拳を押し込み()じ込んで、ナガミツは絶対零度の冷気をトリニトロへと埋め込む。同時に、腕を引っこ抜くや身構えた。

「終わりだって、言ってん、だ、ろァ!」

 そのままナガミツは、断末魔にも似た反撃を避けて跳躍(ジャンプ)する。
 真っ赤な太陽に身を隠すや、急降下で飛び蹴りが炸裂した。そのままナガミツは、トリニトロの体内深くへ突っ込んだ氷河の塊ごと貫通する。
 完全に停止して凍り付いたトリニトロの向こうに、ゆっくりと立ち上がるナガミツの背中。こうしてトゥリフィリ達はまた一匹、都内に巣食う帝竜を討伐することに成功したのだった。

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