トゥリフィリ達ムラクモ13班は、また一つの激闘を制した。
国分寺は支配者たる
それでも、日々平和へと進んで、近付いている。
そう信じて、今日もトゥリフィリは働くだけだった。
「えっと、
今日も今日とて、都庁舎は避難民でごったがえしている。
だが、最近雰囲気が変わってきた。
度重なる竜災害の驚異と、謎の大量失踪事件……そんな中でも、人々はしたたかで
ムラクモ機関も自衛隊も、かなり民間人の力を借りている現状があった。
「ありゃ、キジトラ先輩だ。おーいっ、おはよーございますー! ……どしたの?」
地下へと降りたトゥリフィリが目撃したのは、
幸い、国分寺の攻略で燃料問題が解決されたのが突破口となった。
一部のモンスターが落とす素材が、燃料として有用と実証されたのである。
それで工事が急ピッチで進んでいる
「おう、フィーか……コイツを少し教育していたところだ」
「えっと、アゼルおじいちゃんがなにかした?」
「するとこだった……しでかすために、工事現場にちょっとな」
キジトラはネコのように吊り下げたアゼルを、床へと落とす。
「イタタ……おいおい青年、老人はいたわり
「やかましい。銭湯の完成前からのぞき穴を作るなんざ、見過ごせんな」
「そう、見過ごせんのだよ……聞けば、混浴風呂になるそうではないか」
「そういう意味じゃない。ったく……フィー、どこでこのスケベ小僧を拾ってきたのだ?」
拾ったというか、勝手についてきたのだ。
国分寺での共闘後、アゼルは都庁にやってきた。ムラクモ機関としても
錬金術師アゼル・アランデルといえば、魔術会では有名人だそうだ。
そんな彼が、ホムンクルスであるオーマともう一人――
「キジにい、マスターのこと許してあげてー! お願いだよぉ〜」
もう一人、ナイスバディな
そのエリヤが、キジトラの背中にしがみつく。
トゥリフィリはむんにゅりたわんで圧縮されるエリヤの胸を見て「ああ、これが『当ててんのよ』ってやつかあ」などと、
そして、キジトラはむちぷり幼女に抱きつかれても平然としている。
この男も謎が多いが、一つだけはっきりしていた。
頼れる仲間で、あのナガミツの友達……悪友にして親友だ。
「ええいエリヤ、離れろ。暑い! ……そういう訳でフィー、これが風呂場にのぞき穴を作ろうとしていたから、叩き出した。処分してくれ」
「えっと……とりあえず、ちょっとお説教かな。フレッサさんに突き出しとく」
フレッサの名を出した途端、ビクン! とアゼルは床の上で震えた。そして、そのまま飛び起きるなり、トゥリフィリの脚にしがみついてくる。
「そ、それだけは勘弁してくれ給えよ! 僕はね、魔女は昔から苦手なのだよ。彼女のような素晴らしい美女が……ああ、考えただけで恐ろしい!」
「魔法も錬金術も似たようなもんじゃないの?」
「それは違うね、フィー。結果が同じでも手段が異なる。まあ……うん、その、フレッサはいい腕の魔女だがね。……彼女には逆らえないから、困る」
ぶつぶつと呟くアゼルを、脚から引っ剥がして床に転がす。
そうこうしていると、不意に天井の光が遮られる。
振り返ると、トゥリフィリの前にサングラスをかけた巨漢が立っていた。見上げるような大男は、オーマである。
彼は
「マスター、こちらにおいででしたか。お客様がいらしております」
「うん? 来客かい? はて、誰だろうか」
「
その時、トゥリフィリは不思議な感覚に
オーマの影から現れたのは、小さな女の子だ。年の頃は十歳前後、赤い服を着ている。
そして、
トゥリフィリもまた、彼女から目が話せない。
それも一瞬で、すぐに少女はアゼルの前に歩み出た。
「久しいな、アゼル。私だ、エメルだ。……こんなナリになってしまったがな」
その少女の名は、エメル。
まるで鮮血のような
敵意を発散し、憎悪を隠しもしない。
すぐそばにいて、トゥリフィリは肌が
アゼルも不意に真剣な表情になると、床から立ち上がった。
「……久々だね、エメル。百年ぶりくらいかな?」
「そのようだな」
「僕に合わせて、そんな
「汚い目で見るな、馬鹿者」
「君は確か、アメリカにいたはずじゃ……そうだ、彼は元気かい?」
二人の共通の友人の話だろう。
だが、エメルと呼ばれた少女は平坦な声で
「アメリカ大統領……ジャック・ミュラーか。奴は死んだ」
以前何度か、トゥリフィリは会議室の通信で大統領を見ている。なにより、平和だった時代からよくテレビのニュースで報道されていた。
その彼が、死んだ。
つまり、アメリカ合衆国はドラゴンを前に陥落したのだ。
そして、さらなる驚きがトゥリフィリを襲う。
「ジャックが……死んだ? は、はは……冗談はよし給えよ」
「お前は随分と奴に肩入れてしていたな。……人間のすることはわからん」
「僕が、彼に教えた。知識を与え、経験へと導き……そうして彼は、あの国の大統領になった。僕の、最後の教え子だった」
「最後まで国と民を守って死んだ。私は、それを見捨てて脱出してきたのだ」
思い出した。
エメルは、大統領の隣にいた秘書に似ている。
金髪に紅い目の、凍れる氷河のように冷たい女性。
恐らく親子かなにかだろう。
だが、それよりもトゥリフィリは……
「アゼルおじいちゃん? あ、あのぉ」
「ん、ああ。大丈夫だ、フィー。僕は平気だ。そうか、ジャックは……あの馬鹿者め。この老いぼれより先に
世界のリーダーたるあの男は、恐らくアゼルにとって親しい人だったのだ。そして、その人は永遠に去ってしまった。もういない。多くの者達と同様、逝ってしまったのだ。
トゥリフィリは思わず、膝を突いてアゼルを抱き締めていた。
この時ばかりは、普段の下心をアゼルは全く見せないのだった。