トゥリフィリが目を覚ますと、そこには見覚えのある天井が広がっていた。
すぐに都庁の医務室だと気付いて、身を起こす。
なんだか不思議な夢を見ていたし、誰かに会った気がする。思い出せないのに覚えてるし、忘れたかもしれないけど知っていた。その人になにかを
だが、現在の時間軸の記憶を整理すると、どうも最終決戦からの脱出で意識は途切れていた。
「そっか……ぼく、無事に帰ってこれたんだ」
体に痛むところはないし、疲労感は少し残っているが気だるさはない。
なにより、今日という日の目覚めの朝はもう、竜災害による滅びへの一歩ではない。破滅へと向かう日々は終わりを告げ、今日からは復興のための一歩を踏み出せるのだ。
それは、トゥリフィリと13班の仲間にとっては大勝利だった。
そう思って視線を巡らせると……ベッドに上体をもたげる少年の姿がある。
トゥリフィリの寝ていたベッドに身を預けて、ナガミツが眠っていた。
人型戦闘機、いわゆるロボットであるナガミツにとって、睡眠とはデータの整理等の自己メンテナンスでしかない。だが、専用のケイジや部屋のベッドではなく、この場所で眠りこけている理由が今は、トゥリフィリにはよくわかった。
「ナガミツちゃん、ずっとそこにいてくれたんだ。ふふ、でも酷い怪我……治る、よね?」
ナガミツは今、左腕をテーピングでがんじがらめにされていた。
ほかにも、あちこち傷だらけである。
そっとトゥリフィリは、ナガミツへと手を伸べた。
その時、真横でカーテンがレールを走る音がして声が響いた。
「寝かせといてあげなよー? ナガミっちゃん、三日感ずっと側にいたんだよん?」
振り向くと隣のベッドに、シイナが座っていた。
身体の汗を拭いていたらしく、手にはタオルを握っている。
上半身裸の彼は、普段が普段だけに思わずドキリとさせられた。
さらに、シイナの薄い胸には、彼の可憐な美貌を裏切る驚きが刻まれている。
「おはよ、シイナ……って、その傷!」
「ああ、これ? ふふ、わたし傷物にされちゃった。……でも、生きてる」
「う、うん。え、もう大丈夫なの?」
「もち! 完治だよん? アゼル君がね、わたしの命を繋いでくれたの。おかしいの、ほぼ即死だったわたしを助けておいて、傷跡が残ってしまったって謝るしさ」
「……そっか、おじいちゃんが」
シイナは寝間着を再び着ながら教えてくれた。
人竜ミズチとの戦いで、シイナは心臓を貫かれた。内臓もずたずたで、それでも生きていられたのはS級能力者だったからだ。運動能力Sランクのシイナは、
だが、それでも死への秒読みを遅らせることしかできなかった。
稀代の錬金術師アゼルがいなければ、本当に死んでいたとシイナは笑う。
「よかった……じゃあ、13班は」
「うん。オーマさん以外、みんな無事……エリヤがもう、泣いて泣いて、本当に泣き止まなくてさ。ずっと抱き締めてあげてたら、なんか、こういうのもいいなって思って」
「尊い犠牲、って言葉でも軽過ぎるよね。短い間だったけど……もっと、話しておけばよかった。ぼく、なんにもしてあげられなかった」
「うん。みんなそうだよ。誰だってそう。でも、だからきっと忘れない。一生忘れない、一瞬たりとも忘れられない……仲間だったからねい」
ニパッと笑って、シイナはいつもの調子だ。
そんな彼を見ていたら、不意に視界が歪んだ。
全てが滲んで、ぼやけてゆく。
「あ、あれ? 涙が……」
「ありゃ、ごめーん! 泣かせちゃったかにゃ? フィー、女の涙は安売り厳禁だよ? ナガミっちゃんに使える最強の必殺技なんだから。ね、泣かないで」
「うん……でも、全部が終わったら、なんか」
とめどなく涙が溢れる。
人類の勝利は、明日を未来へと繋げることができた。
だが、その先にいるはずの人間が、いない。
多くの人が、竜との戦いに散っていった。
アゼルの造ったホムンクルス、オーマ……巨漢の紳士だが、寡黙で物静かで、いつも悪童じみたマスターの世話に忙殺されていた。それでも、カジカと静かに酒を飲んでる姿を見たことがあるし、子供たちの遊び相手を務める意外な一面も持ってる。
ガトウやナガレといった、先達たちも今はもういない。
託された希望が重いのは、去っていった人たちがあまりに大きな存在だからだ。
「全てが救えるなんて、ぼく……
「そだね、うん……でも、それでも……フィー、去った人たちのことを覚えてようよ。ずっと忘れず、これからも一緒に生きてこ?」
「……うん。うんっ」
涙を手で拭って、無理に笑ってみる。
シイナも潤んだ瞳で、ニシシと笑った。
そうこうしていると、ナガミツが小さく唸って
何度か
「フィー! 大丈夫か、身体は平気か? いやお前、ずっと起きなくて……俺は」
「おはよ、ナガミツちゃん」
「あ、ああ……おはようございます」
「なんで敬語なのさ、ふふ」
「あ、いや……よかった。あ、腹は減ってるか?
詰め寄るようにして、ナガミツが両肩に手を置いてくる。
傷だらけの少年は今、自分のことをそっちのけでトゥリフィリを心配してくれていた。こんなにもうろたえたナガミツを見るのは初めてで、思わず笑みが浮かぶ。
辛い戦いで、失い亡くすばかりの日々だった。
だが、それは全て無駄ではなかった。
平和と未来を取り戻して、そしてもう一つ。
人形のような機械仕掛けの少年は、今はもうトゥリフィリにはとても大切な一人の男の子だった。当たり前のようにそこに存在して、ごく普通に皆と触れ合う、そんなナガミツにいつのまにかなっていた。
だから、好きになってしまった、そう思った。
戸惑いを伴ってあやふやだった想いが、今ははっきりとわかる。
そしてそれが、嫌ではないのだ。
「心配かけたよね、ナガミツちゃん。ぼくはもう大丈夫。みんなは?」
「キリの奴が起きねえ。けど、あいつだって
「うん」
「みんなあれから大忙しで、今はキリノを中心に復興計画の立案を始めてる。日本各地と連絡を取るためにも、東京スカイタワーの通信施設をまず直そうって」
「そっか……じゃあ、ぼくも寝てばかりいられないよね」
そっとナガミツの手に手を重ねて、安心させるように頷く。
そうしてベッドから立ち上がろうとしたが、不意によろけた。
思った以上に、肉体のダメージは残っているらしい。
倒れそうになった瞬間、強く強く抱き締められた。
シイナがチャシャ猫みたいに笑ってカーテンを閉める気配だけが、伝わる。けど、それも真っ白く消えてゆく。
ナガミツの胸の中で、トゥリフィリはなにも考えられなくなってしまった。
「ナ、ナガミツちゃん? ちょっと痛い、かな……ごめん」
「ごめん、じゃねえよ……フィー、お前は俺の戦う理由で、俺に戦う意味をくれた。そんなお前を失ったら、俺は」
「大げさだよ、もぉ。でも……ありがとう。よしよし、ナガミツちゃんも頑張ったね」
「おう」
そっと抱き返して、ポンポンと背中を優しく撫でる。そうして見上げれば、自然とトゥリフィリは目を閉じた。瞼の裏側を薔薇色に染める感触が、ひんやりと