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 トゥリフィリは今、強大な覇気を前に身を震わせる。
 (すで)にもう、目の前の男はトゥリフィリが知っているタケハヤではない。蒼き翼を広げ、雷の槍を手にした竜の化身……その瞳にはもう、(かつ)ての優しさがなかった。
 本能的に、真竜ニアラ以上の恐るべき敵だと察する。
 だが、不思議と恐怖も嫌悪も感じない。
 ただ、タケハヤの想いを受け止めたい。
 それしか考えられなかった。
 臆することなく身構えるトゥリフィリの左右で、ナガミツとキリコも臨戦態勢だ。そんな三人を見て、タケハヤは血の底から沸き上がるような声を響かせる。

「全力で頼むぜ……俺ごと竜の力を封印してくれ。そして、この身に刻んでくれ……お前たちの強さを。竜へと()した俺の力を、唯一上回る人間だけの強さをな」

 ――人間だけの強さ。
 それをもう、トゥリフィリは知っていた。
 激闘の中で触れて、身に付け、己の中に燃やし続けてきた。
 自分たちが竜災害に打ち勝てたのは、狩る者と呼ばれる選ばれた人間だからじゃない。ただの人間であり、その他大勢と同じ人間で有り続けてきたからだ。
 その根源、人間の本質こそが最大の武器だとわかったのである。

「いこう、ナガミツちゃん! キリちゃん!」
「おう。こういうの、気持ちには気持ちで応えるっていうんだろ?」
「タケハヤは強い、けど……それでも、私たちは彼を超えなければいけないっ」

 三人は同時に、地を蹴った。
 死闘が始まる。
 タケハヤの雄叫びは既に、人間の声も言葉も失っていた。
 獰猛な人を象る竜が、翼を羽撃(はばた)かせる。
 突風の中でトゥリフィリは、冷静に二人の仲間と連携していた。

「キリちゃん、特訓の成果を見せてね!」
「うんっ! 私は……タケハヤの(こころざし)に報いたい」
「ナガミツちゃんは、キリちゃんに合わせつつガンガンいって! キリちゃんの方がタケハヤさんの力と技を知ってるから!」
「任せろ……俺はもう、以前の俺じゃねえ!」

 だが、タケハヤの猛攻が始まると、瞬時にトゥリフィリたちの決意が蹴散らされる。
 吹き荒れる風の中で、(とどろ)く稲妻が無数に襲った。
 近付くこともできずに、ナガミツとキリコが引き剥がされる。
 トゥリフィリは、自分を守ってくれるナガミツの影から弾丸を叩き込んだ。だが、タケハヤは見もせず槍を回転させて全てを(はじ)く。
 触れるどころか、近付くこともできない。
 それなのに、驚くべき力を前に奇妙な笑みが浮かんだ。
 それは、敬意(リスペクト)だ。

「凄い……タケハヤさん、こんな力を自分の身体に。でも、勝つよ!」
「来い、13班! 頼む、早く……はや、ク……ハヤク、オレヲトメロオオオオ!」

 タケハヤの理性が薄れてゆく。
 変わって、竜の攻撃性が浮き出てきた。
 もはやそこには、手加減も配慮もない。
 気を抜けば殺される……タケハヤは本気だ。だが、それでもトゥリフィリには、不思議な安堵感と、一抹の寂しさがある。
 荒れ狂う風圧の中で、両の足を踏み締め銃口を向ける。

「タケハヤさん、ぼく……ぼく、もっと話したかった。竜災害がなければ……ううん、でも今は言葉ではなく、力で語り合う! 認めてもらって、休んでもらうんだ」

 背に自分を庇ってくれる、ナガミツが肩越しに振り向いた。
 彼の目が、静かに頷いていた。
 だから、乱気流にも似た空気の津波に、()えて逆らい走り出す。
 すぐにナガミツが、手を伸ばしてトゥリフィリの手と手を繋いだ。
 まるで根が生えた大樹のように、ナガミツは揺るがない。濁流の如き突風のさなかでも、彼はトゥリフィリを支えて、そのまま真っ直ぐタケハヤへと放り投げた。
 自分自身を弾丸にしての、跳躍。
 同時にトゥリフィリは、風の壁を乗り越えた。

「真上っ、取った!」

 見上げるタケハヤへと、真上から二丁拳銃を向ける。
 巨大な翼が生み出す風は、頭上には広がっていなかった。それを察したトゥリフィリの行動に、阿吽(あうん)の呼吸でナガミツが応えてくれたのだ。
 だが、全弾発射でぶちまけられた弾丸が弾かれる。
 それも、計算済みだ。

「トゥリねえ、任せて! (なまり)(つぶて)よ、驟雨(しゅうう)と注げ!」

 風圧が緩んだ、その瞬間にキリコが駆け出していた。その縮地(しゅくち)の極意が、あっという間に残像を引き連れタケハヤを囲む。
 キリコの振るう剣の切っ先が、弾かれた弾丸の一つ一つを打ち返していた。
 跳弾に踊る弾と弾とが、トゥリフィリさえも予測できない全方位攻撃となってタケハヤを包む。勿論(もちろん)、その大半は槍と尾とに叩き落された。
 それさえも、予想の範囲内。
 そして、本命の一撃が疾風となって肉薄する。
 跳弾の処理に追われるタケハヤの(ふところ)に、ナガミツが飛び込んだ。

「ウ、ア、アアア……ナガミツウウウウウッ!」
「おうっ! 俺は、ここだ……あんたの前に、目の前にいるっ!」

 繰り出された槍の刺突が、ナガミツの胸元をすり抜ける。
 大きく右に身を捩って、円の運動でギリギリ避ける。
 だが、竜の力で繰り出された槍は、渦巻く衝撃波でナガミツの詰め襟を切り裂いてゆく。それでも、その力に逆らわず受け流して、そのまま回転と同時にナガミツが後回し蹴りを放つ。
 ガン! と鈍い音が響いて、僅かにタケハヤが怯んだ。
 蹴り足をそのまま振り抜いて、さらにナガミツが回転する。
 竜巻のようにその場で、円運動のモーメントを裏拳に、中段回し蹴りに乗せた。

「グッ! ガ、ァ、、ハアアア!」
「硬ぇぜ、こいつは……そうだ、あんたはタフだったぜ、タケハヤ」
「ナガ、ミツ……カルモノオオオオオオ!」
「ドラゴンクロニクルの力に負けない、人の意思が強かった。そうだろ? だから……それを俺も、俺たちも見せてやる!」

 タケハヤは、脇腹にめり込んだナガミツの蹴りを片手で掴んだ。
 ミシリと嫌な音が響いて、夢であることを忘れそうになる。着地したトゥリフィリは、素早くマガジンを交換しつつ足を使った。
 ナガミツと対峙しているタケハヤには、きっと死角ができる(はず)
 全知全能の竜に生まれた、(わず)かな隙も見逃さない。
 そして、ナガミツが小さな希望に繋がる道をこじ開けた。

「何度も、組手したよな……タケハヤ、あんたは強かった。今の強さは、あんたが負けかけてる竜の力。タケハヤって男を知る俺には、全然生ぬるいぜ!」

 片足を掴まれたまま、ナガミツが飛んだ。
 そのまま、バク転の要領で縦回転……逆の足でタケハヤを蹴り上げる。
 浮き上がる竜の頭上では、居合に構えたキリコが落ちてくる。

「タケハヤッ! ――ありがとう。私を、鍛えてくれて……この血を、認めてくれて」
「グッ、ア、アアアッ! ハバキリイイイイイイイ!」
「いつかまた、私は……私たちは、会いに来るよ。それまで、おやすみ……おやすみなさい」

 咄嗟(とっさ)にタケハヤが、急降下するキリコへと槍を投擲(とうてき)した。
 だが、それを完全なタイミングでトゥリフィリが狙撃する。
 僅かに軌道を逸れた槍は、遥か天高くに消えた。
 そして、タケハヤは抜刀の一閃で大地に叩きつけられる。

「ガアアアッ! ッ、ガア……かはっ! へへ……それでこそ、だぜ……あばよ、13班。一足、先に……グハッ! み……未来で、待ってる、からよ」

 トゥリフィリの視界が、眩い光に狭められる。
 目に映る全てが、静かに輪郭を解いていった。
 長い夢が終わりを迎える……その中へ消えてゆくタケハヤが、一瞬笑った気がした。その笑みが確かに、ありがとうと笑っていた。
 そう思った、そんな気がしただけでトゥリフィリには十分だった。

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