ふと目を覚ましたトゥリフィリは、ナガミツの腕に抱かれていた。
どうやら二人きりの
お互い言葉を選ぶ中でも、先程の夢を共有した一夜が確かに感じられた。
「お、おはよ……ナガミツちゃん」
「おう、おはようフィー」
「夢、見てたね。一緒に」
「ああ。夢だったけど、俺は……俺たちは確かに受け取った」
そう、
遥かな
それは、人類の明日であり、この星の未来かもしれない。
その全てであり、ほんのささやかな願いでもある。
だが、タケハヤの想いを共有して分かち合った二人は、改めて決意と覚悟を言葉にする必要を感じなかった。自然と、どちらからともなくそっと
ぎこちないナガミツのキスは、初めてのトゥリフィリにも緊張を伝えてくる。
不器用だが真摯な気持ちも一緒に。
「ん……ナガミツちゃん、えっと」
「あ、ああ。その……どうだ?」
「どうだ、って言われても……ぼくだって初めてだから」
「そ、そうなのか!?」
「そうだよっ! ……なんか、変なキス。でも、伝わったよ? 沢山、全部」
自然と笑みが浮かんで、トゥリフィリはナガミツを強く強く抱き締めた。
驚いた様子を見せたが、ナガミツもそっと両腕で包んでくれる。
だが、二人の
不意にドアがけたたましくノックされる。
「班長! ナガミツも、そこにいるな! ええい、服を着たら開けてくれ。緊急だ!」
声の主はキジトラだ。
しかも、常に不敵な余裕をたたえた彼が、今ばかりは
それだけでもう、ただごとではないと感じられた。
そして、先程の夢を思い出す。
キジトラは突然、フレッサに呼び出されて退場したのだ。
そのキジトラに
軽く身なりを整え、ドアを開ければ血相を変えた顔が出迎えてくれる。
「おう、いたな! どうだ、ナガミツ! 昨夜はお楽しみでしたね、というやつか!」
「なんだそりゃ、キジトラ。意味がわからん。それより……夢を、覚えてるか?」
「あ? 夢だぁ? ……そういえば、妙な夢を見た、気がする。それなのに、
慌てた様子でキジトラが走り出す。
その背を追って、トゥリフィリはナガミツと共に都庁を下へと降り始めた。
エレベーターを待つのももどかしいのか、転がるように階段を駆け下りる。
ナガミツと一緒にキジトラを追うトゥリフィリは、胸中に妙な胸騒ぎを感じた。不安、それも大きな喪失を呼び込むような冷たさだ。酷く落ち着かなくて、その正体が全くわからないのがもどかしい。
キジトラはかいつまんで、状況を教えてくれた。
「今朝、キリ坊が目を覚ましてな」
「あっ、キリちゃんも起きたんだ……よかった」
「寝過ぎだっつーの。……無事、なんだな?」
ナガミツの言葉に、キジトラは重々しく
しかし、その様子は仲間の目覚めを喜べていなかった。
「二人共、キリ坊の実家の話は知っているな?」
「えっと……
「そうだ。
キジトラの言葉に、ちょっと
だが、トゥリフィリはもう知っている。二人はもう、互いを認めあっている。どっちが本物の斬竜刀か、どっちが優れた斬竜刀かはもう、関係ないのだ。
昔のもののふ、さぶらいは腰に大小を差してこそ一人前と聞く。
つまりはそういうことだと、トゥリフィリは自分の中で納得していた。
大小二振りの斬竜刀、それを腰にはく者こそがトゥリフィリだと、二人が思ってるとも知らずに。
そして、キジトラの言葉は緊迫感を増してゆく。
「羽々斬の巫女の使命は、二つ。一つは
トゥリフィリは耳を疑った。
キジトラの言葉は、14歳の少女であるキリコにはあまりにも現実感がなさすぎる。
同じことを思ったのか、ストレートに聴き返すナガミツの声は
「子供を産むこと、だぁ!? おうこら、キジトラ! 子供に子供を産めってのかよ!」
「……それがならわし、らしい」
「らしい、ってオイオイ、なんだそりゃ! キリは俺たちと一緒に戦った! 必死に! それが、役目が済んだらあとは、次の巫女を産んで終わりかよ」
「俺様に言うな、俺様に! ……納得してる者などいないし、キリ坊のあれは納得ではない。あれは諦めというのだ、あのバカモノめ。あんな顔で笑うとはな」
あっという間に、トゥリフィリたちは一階のエントランスに到着した。
そこは人混みでごった返していて、なにやら揉めているらしい。
どうにか避難民たちをかき分け、その中心へと三人は急ぐ。
視界が開けるとそこには……セーラー服を着た包帯姿のキリコがいた。彼女はトゥリフィリたちに気付くと、周囲の黒服たちを手で下がらせ、歩み寄ってくる。
そう、なにやら物々しい黒服の男たちが、キリコを迎えに来ていた。
警護というには物騒な雰囲気で、まるで監視だ。
それなのに、どこか今日のキリコはいつになく晴れやかな笑顔だった。
「トゥリねえ、ナガミツも。ひょっとして、見送りにきてくれたの? ふふ、ありがとう」
「キリちゃん、あのっ! ね、ねえ、どうしたの?」
「ん、ちょっと……もう竜災害の脅威は取り除かれたから。私には、他にもなすべきことがあるんだ。だから、お別れ。トゥリねえ、ナガミツ……今までありがとう」
キリコはトゥリフィリの手を取った。
そして、ナガミツの手も取り、その両方を重ねる。
「トゥリねえもナガミツも、好きだった。私は自分が誰なのか、俺はどこにいったのかわからなくなりそうで……でも、今は二人が好き。だから……ずっと、私の好きな二人でいて。二人で一緒に、これからも」
そう言うと、キリコは手を離した。
時間だとばかりに、周囲の男たちが彼女を連れて行こうとする。
だが、誰も口を挟めないし、見えない壁でもあるかのように前に踏み出せない。
――ナガミツ以外の誰もが。
「おい待て、キリッ! お前、行くんじゃねえよ! なにしてんだよ、なあ!」
駆け寄ろうとするナガミツは、すぐに警護の男たちに押し止められる。男たちの鍛え方もあるが、今のナガミツはまだまだ修復中でフルパワーは出せないようだ。
それでも彼は、身を
「大事な使命ってなんだよ! なすべきことって……それがお前のやりたいことか! 俺たちと一緒にいるより大事なことなのかよ! 俺とお前、二人で斬竜刀だって――」
その瞬間だった。
不意に、細身のすらりとした影がトゥリフィリの視界を横切る。
彼は――そう、若い少年だった――手にした太刀を
鈍い音が響いて、当身でナガミツが床へと突っ伏す。
やはり、ナガミツは今は本調子ではない。そう思っていると、謎の少年はサングラスを外す。そこには、驚きの顔があった。
同じ驚きを感じたのか、ゆずりはの隣でカネミツが「て、
「手間をかけさせるな、オリジナル。巫女様には高貴なる義務がある。造られただけの僕たちとは違うんだ」
それだけ言って、少年は行ってしまった。
なにか言いたげなキリコも、連れ去られてしまう。
だが、トゥリフィリは唐突な敗北感の中で言葉を失っていた。
こうして西暦2020年の竜災害は、人類の勝利で幕を閉じる。
さらなる戦いが待つとも知らず、巡る季節が冬を連れてくるのだった。