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 決戦の日は来た。
 今がまさに、その時だ。
 ジルベルトは、緊張感に身を硬くしつつも振り返る。四人の仲間たちは、誰もが無言で頷いていた。これが最期になるかもしれないと知っても、迷宮の強敵には自ら進んで挑むのが冒険者の(サガ)だった。
 自分もそうなんだと思ったら、不思議とジルベルトは心が軽くなった。

「……みんな、いい? 多分、過去最高にヤバい敵だけど」
「はいっ! みんなはまひろが守るです! 兄様もみんなも、全部! ぜーんぶですっ!」
「いやなんか、義妹(いもうと)が悪いな。ま、気楽にやろうや」
「そゆこと。後にはおいちゃんがいるから、ドーンと派手にやって頂戴ねーぇ?」

 みな、思いは一つだった。
 最後に、長杖を持ったプリンセスの少女が大きく頷く。

(わらわ)はかの海王ケトスとも会ったことがある。偉大なるかな、海の支配者……通じるかはわからんが、説得も試みてみようぞ」

 アーモロード生まれのシェイレーヌも、いつになく真面目な表情を凍らせている。今日はまひろにヴァイン、カラブローネ、そしてこのシェイレーヌがパーティの仲間だ。
 皆、サブクラスを習得し万全の態勢で挑んでくれている。
 意を決して、ジルベルトは巨大な扉を両手で開いた。
 観音開きに視界が広がると、すぐに大広間の隅に宝箱が置かれているのが見えた。恐らく、あれが海の一族が紛失したという資料の、最後の文献だろう。
 思わず駆け出しそうになったが、シェイレーヌが天を仰いで声を張り上げる。

「海の王、ケトスに申し上げる! 妾は禍神(まがつがみ)の姫巫女、シェイレーヌ! どうか、この先への旅を許したもう! かしこみ、かしこみ、申し上げたてまつる!」

 ジルベルトも天井を見上げて、そこに巨影を見る。
 真っ直ぐ海面まで突き抜けた天井は、もはや太陽の光も弱く細く照らす程度。その中を、悠々と泳ぐ巨鯨(きょげい)の姿が影を作る。
 そして、その巨体はゆったりと威厳を保って目の前に降りてきた。
 真っ白なそれは、常軌を逸した巨躯を誇る(くじら)だ。

『人の子よ、我が名を呼ぶは幾年月の果ての今日(こんにち)か。ここより先、何人(なんぴと)たりとも通す訳にはいかぬ』


 頭の中に直接声が響く。
 ジルベルトだけじゃなく、全員がその言葉に呆然と立ち尽くす。
 目の前に今、神にも等しい存在が浮いていた。その威容に自然と、足元から身震いが這い上がってくる。ゴクリと喉を鳴らしつつ、なんとかジルベルトは砲剣を構えた。
 その前に立って、シェイレーヌがさらなる言葉を選ぶ。

「どうか、御慈悲を……御身もまた海の王、アーモロードのケトスと同じではないのか!」
『アーモロード……懐かしい名ぞ、乙女。いや……神竜が創りし救いの半身と半身、その二つが交わった人間よ』
「この先に待つレムリアの秘宝を、妾たちは探しておる! どうか」

 だが、返事は大広間を深海に引きずり込むような潮吹きだった。同時に、巨体が嘘のようなスピードでケトスが迫る。すぐにジルベルトはシェイレーヌを(かば)い、その前にまひろが盾をかざして立ちはだかる。

「うぐっ! す、凄い勢いです。まさに海の王様なのですっ!」
「クソッ、やるしかねえのか? おいちゃん、まずは!」
「頭から縛ってみるかねえ。その前に、ちょいと病魔のおすそ分けだヨ」

 戦端は開かれた。
 あるいは、最初から対話の可能性などなかったのかもしれない。それでも、シェイレーヌが援護の号令を叫ぶ。ニングやアルサスとはまた別の、(よど)んだ冷気のような支援の術がジルベルトたちを包む。
 やはり、どこか普通のプリンセスの持つ号令の力ではない。
 だが。じっとりぬめるようなこれもまた、仲間の身体能力を飛躍的に向上させてくれるのだ。

「やっぱ麻痺や毒は通らないねえ。よしヴァイン、頭からいくヨ」
「よしきた! サブクラスで精度の増した狙撃……そこだっ!」

 一瞬、瞑想するように目を閉じ、開眼と同時にヴァインが弾丸を放った。彼はセスタスという、普段とは全く異なる職能を得ていた。しかし、その中には精神を統一させる術や、より強力に相手の五体を封じるスキルが存在した。
 あのだらしなく野放図(のほうず)でいいかげんなヴァインでも、銃の腕だけは確かだ。
 それは今、研ぎ澄まされた集中力で普段よりも鋭く敵へと飲み込まれてゆく。

「っし! 頭を封じた! 次は――」
「あっ、兄様! 危険が危ないのです!」

 ジルベルトはシェイレーヌを「ちょっとごめん!」と小脇に抱えて、次いで米俵のように肩に担いだ。そして跳躍、直後に海水が濁流となって広間に満ち満ちた。
 凍える氷のごとき荒波が襲って、ヴァインとカラブローネをまひろが守る。
 もとよりむちぷり美少女要塞だったまひろの盾は今、鉄壁の防波堤として海流を抑え込む。しかも、彼女の成長はそれだけではなかった。

「おいちゃん、尾びれを……脚をお願いです! この大洪水はそれで封じられるのです!」
「はいよ、っと。まあ、逆においちゃんが今の波で脚を縛られたんだけどネ」
「! なら、まひろが守るです! 兄様のついでに守り通すです!」
「あ、うん、まあ、なんだ……ありがとよぉ? んじゃ、いいとこ見せちゃいますかねえ」

 すでに荒波の逆巻く大洋と化したこの戦場は、完全にケトスの支配領域だった。今、ジルベルトたちは偉大なる海の王、その玉座にひれ伏しているも同然だったのだ。
 そしてまた、巨大な引き波が一同を襲う。
 しかし、その波濤の白い泡が舞い上がる中に方陣の光。
 両手で杖を地面に、海底に突き立てつつカラブローネが術を励起(れいき)させる。

「やっぱ、勝手知ったる本職が一番だね、うんうん。さて……暴れなさんな、ケトスさんよぉ」

 広がる方陣はケトスを包んで、その強靭な尾びれを封じた。何度か避けられたが、ものの数分でケトスの津波攻撃は封じられたのだ。その時にはもう、方陣はまるであやとりのように姿を変えて新たな形に変わる。
 麻痺の方陣が発動した瞬間、ジルベルトはシェイレーヌを降ろして走った。

「脚を封じれたなら……かわせはしないっ!」
「援護するぞよ、ジル! 禍神よ、その力を持って海王の……ケトスの力を打ち消せっ!」

 再び潮を吹いたケトスの、その機敏な動作が僅かに鈍る。
 その瞬間をジルベルトは見逃さなかった。重すぎる砲剣にはまだ不慣れだが、自分ならではの使い方もわかりはじめている。
 ミラージュソードの連撃を浴びせれば、無数の残像がジルベルトの動きをなぞった。
 一発一発は微々たるダメージだが、蓄積すればさすがにケトスも痛みに唸る。
 それでも恐るべき痛撃を放とうとした、その間隙にジルベルトが飛ぶ。

「これが、今の私のフルドライブッ! いっ、けええええええっ!」

 親友のリベルタのような、本職のインペリアルではないからドライブの威力はどうしても半減してしまう。その代わり、ジルベルトには一発の威力を重ねて束ねる手数があった。
 あっという間にフレイムドライブでジルベルトがケトスを払い抜ける。
 同時に、無数の残像が同じフレイムドライブを解き放った。
 火と火が炎になる時、紅蓮の(ほむら)は必殺の一撃となって()ぜる。
 激闘の中、どうにかジルベルトたちはケトス討伐を成し遂げるのだった。

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