それはまさしく、悪夢だった。
そう自覚してるのだから、トゥリフィリにとっては
問題は、そうと分かっていても抜け出せないもどかしさがつきまとうことだ。しかも、目を背けることもできないし、干渉もできない。
トゥリフィリはスリーピー・ホロウが生み出した悪夢を体験していた。
夢の全てが自分を通り過ぎてゆく、素通りする。
それなのに、ひたすら破滅に突き進む世界を見守るしかなかった。
『参ったな……でも、大丈夫。ここは、夢の世界。決して現実なんかじゃない』
そう自分に言い聞かせて、トゥリフィリは腰を据えた。恐らく今頃、現実では仲間たちが肉体を回収してくれてるだろうし、守ってくれてる。国会議事堂にはやる気を復活させたキリノだっているし、二度目ともなればスリーピー・ホロウ対策は期待が持てる。
問題は……この惨状を見せつけられて、自分の精神が持つかどうか。
それほどまでに、悪夢の内容は手酷いものだった。
今、トゥリフィリが放り込まれた世界には酸の雨が降っている。
『班長、メイン
そう言って、キジトラにぎこちなく少女が笑いかける。
それは、ボディを女性型のスペアに交換したナガミツだった。この世界線では、どうやらカネミツはいないらしい。それとも、既に……そう思うとトゥリフィリは胸が傷んだ。
夢の中では
例えば、キリコ……太古の昔より日ノ本を守ってきた、
キジトラは今、そうした面々の写真が並ぶ中で振り返る。
『ナガミツ……なんだ、またそっちのボディを使ってるのか。落ち着かんからやめてくれ』
『ああ、俺も落ち着かない。なんだか、自分が自分じゃないみたいだ』
『……フン、ガラにもなく気を使いよって。いいからこっちに来い』
『また、昔の仲間たちのことを考えていたのか?』
『今も、仲間だ。生きてなくても、俺様の胸にまだ深く刻まれてる……ずっと、仲間だとな』
もう、トゥリフィリは察し始めている。
この夢の世界では、ムラクモ13班は東京を、世界を救えない。
現実世界でのトゥリフィリは、多くの仲間たちに支えられて戦っていた。勿論、ナガミツやキジトラ、そして戦闘はできなくてもキリコたちが助けてくれている。
そういった全てが、この世界では足りないのだ。
ジリ貧な中でしかし、キジトラが諦めるとは思えない。
そこがまた切なくて、トゥリフィリは奥歯を噛み締める。
『次の出撃は班長と、俺と……あとは、エジーに頼むしかないな』
『もう少し
『カルナたちではまだ、竜の相手はきついだろう』
『結局、今ある戦力のヘビーローテになる訳だが。まあ、しょうがない。準備するか、相棒』
『ああ。今度こそ……もう、俺が誰も死なせない』
『よせよせ、フラグっぽく聴こえるぞ? ククク……俺様がお前のような相棒を死なせるものかよ。悪いが地獄まで付き合ってもらおう』
まただ。
また、二人は少なくなった仲間たちと共に戦いに
それをトゥリフィリは黙って見送るしかできない。
この夢の世界では、トゥリフィリは誰にも認知できない霞のような存在だ。だからといって、見るもの全てに心は動くし、悲しみや怒りはちゃんとある。
そのことを痛感させられていた、その時だった。
キジトラとナガミツが部屋を出てゆくのを見送っていると、不意にそっと肩を抱かれた。
なにかと思って振り返ると、目の前に
『まあ……まあまあ、まあ! フィーではありませんか』
『えっ!? ちょ、ちょっと待って、ぼくが見えるの? てか、触られてる!』
『どうしてこんな世界線に迷い込んだのです? ……ああ、なるほど。ここは特異点の存在しなかった世界線。フィーがいなかった可能性へ分岐した
そこには、アダヒメがいた。
彼女だけがはっきりと、幽霊のようなトゥリフィリに身を寄せてくれたのである。しかも、あっという間にトゥリフィリの事情を察した。
その笑みが、どこか悲痛な寂しさに満ちている。
無理もないと思っても、心細さからトゥリフィリはアダヒメの包容に沈んだ。
着物姿のアダヒメに抱きすがって、思わず泣きそうになってしまった。
『アダヒメちゃん、ここ……ぼくが見てる夢の世界なんだ。復活したスリーピー・ホロウと戦ってて』
『なるほど……帝竜の幻惑の力が、この世界線をトレースしているのですね』
『なんか、よくわからないけど、そうみたい。アダヒメちゃんは、どうして?』
『ふふふ……わたしは常にこうなのです。自ら望んで、こうして数多の世界線を永久に
『エメルさんが? え、ちょっと待って……アダヒメちゃんはあのアダヒメちゃんなの?』
『全てのわたしは連続している、一繋ぎのアダヒメですよ? さあ、フィー……もうお帰りなさい。
そして、全てが輪郭を失ってゆく。
徐々に世界が滲んで歪み、その中でアダヒメだけが輝いていた。
安心させるように微笑む、その頬に光の筋が伝う。
アダヒメの言葉の半分も理解できなかったが、トゥリフィリはわかった。直感で感じたのだ。ここは、行き止まりの世界。失い過ぎた絶望の世界だ。
だから、それでもトゥリフィリは消えゆく中で叫んだ。
『アダヒメちゃんっ! あっちで待ってる! ぼくの、ぼくたちの世界で!』
瞬時に全てが白く染まって、眩い闇の中へと溶けて消える。
儚げな微笑を浮かべたアダヒメも、気付けば霧散して見えなくなっていた。
そしてトゥリフィリは、長い長い夢からの覚醒を果たした。
目覚めた瞬間、身を起こして飛び起きる。
周囲の者たちが驚いた様子で、何人かが駆け寄ってきた。その中には、あのイノとグチもいた。ここは大きなテントの中で、どうやら医療キャンプかなにかのようだった。
気付けば汗びっしょりで、現実感も手探りな中でトゥリフィリは周囲を見渡す。
「あっ! トゥリフィリさん! ちっす! あ、あの……あざした! すませんした!」
「この通りだしー、勘弁してだしー! うっ、うう……目覚めてよかったあああああ!」
訳も分からず、
まだ、現実感が追いついてこない。
だが、ここが元いた自分の世界だとすぐに知れた。
ドカドカとテントに、二人の男がやってくる。
「おう、班長! 目が覚めたか……ククク、
「だから、フィーは大丈夫だって言ってんだろ、キジトラ」
「うむ、そいつは重畳! ナガミツ、コンフュカッターの設置状況は!」
「エジーが今、最後のやつを置きにいってる。ってか、なんで班長ぶるんだよ、おいキジトラ!」
「カカカッ! 今の俺様は班長代理! うむ、実に格好いいし気分がいい!」
いつものナガミツとキジトラがそこにいた。
ナガミツは目覚めたトゥリフィリに小さな安堵を伝えてくる。そして、キジトラは豪快に笑いつつ、グッ! と親指を立ててサムズ・アップしてみせるのだった。