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 渋谷には確かに、復興のきざしが満ち溢れていた。
 それが今は、危険な迷宮(ダンジョン)に逆戻りである。
 手近なマモノを片付けつつ、トゥリフィリは走りながら奥歯を噛み締めた。ここはSKYの協力もあって、人々の暮らしが戻りつつあったのだ。
 竜災害のずっと前、若者たちがファッションとスイーツに瞳を輝かせていた頃……そんな時代を少しでも取り戻そうとする、人々の努力がそこかしこで花開いていた。
 それが今、再びフロワロの赤に覆われようとしている。

「フィー、あそこにダイゴとネコだ! 戦ってやがる!」

 ナガミツの声が加速する。
 ヴン! と身を低く地を蹴って、瞬時に彼は前に出た。
 その時にはもう、トゥリフィリはSKY(スカイ)のリーダーたちを視認し、銃を構えていた。
 阿吽(あうん)の呼吸で援護に飛び込み、あっという間に背中合わせでフォローし合う。ナガミツは勿論(もちろん)、ダイゴとネコも百戦錬磨のS級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)だった。
 援軍の登場で、SKYの二人も一瞬笑顔になる。

「よっす、フィー! ニャハハ、来てくれたかあ」
「ナガミツも、久しいな。だが、まずは目の前の敵を叩く!」

 かつて、タケハヤの右腕だった二人だ。そして、互いに『あいつが右腕、自分はせいぜい左腕』と認め合ってる仲である。
 ネコのサイキックとダイゴの体術、この二つは1+1を10にも100にも膨らませていた。
 そして、彼らとかつて戦ったトゥリフィリもまた、同じことができる。
 ナガミツの繰り出す蹴りの死角に、トゥリフィリは確実に射撃を捩じ込む。時には、今ナガミツがいる場所へも弾丸をばらまく。その一撃が通過する時にはもう、ナガミツは次の敵へと身を(ひるがえ)しているのだから。
 圧倒的な物量で押し寄せるマモノを、トゥリフィリたちは次から次へと撃退していった。

「ヒュー! やるじゃん、フィー!」
「ネコさんこそ!」
「ここはあたしたちの街、渋谷なんだ! SKYが……タケハヤたちが、守ってきた渋谷なんだからねっ!」

 だが、快進撃もここまでだった。
 不意にあたりが暗くなり、巨大な影がトゥリフィリたちを飲み込む。
 耳障りな甲高い鳴き声は、忘れられない悪夢の記憶を呼び覚ました。
 そして、トゥリフィリは改めて現実を再認識する。
 ありえないとは思っていても、真実からは目を逸らさない。
 そう思って見上げれば、上空からスリーピー・ホロウが襲いかかってきた。

「ほんとに復活してる……ナガミツちゃんっ!」
「おうっ! 速攻で畳み掛けるぜ? 夢見る暇もないほどになっ!」

 スリーピー・ホロウは強力な帝竜(ていりゅう)で、以前もトゥリフィリたちは苦戦を強いられた。その理由は、強力な幻覚を伴う催眠攻撃である。
 物理的なダメージは勿論、精神的にもハードな相手だ。
 だが、戦うのは既に二度目で、手の内は把握している。

「ま、それでも防ぎようがない一面はあるけど……やるしかない!」

 周囲に生い茂る木々を利用して、三角跳びでナガミツが飛び蹴りを放つ。その卓越した身体能力も、今は少しだけ普段のキレがない。
 やはりまだ、躯体が本調子ではないのだ。
 それでも、ナガミツを信じてトゥリフィリは援護射撃を敢行する。
 ナガミツ自身、思い知っているし噛み締めている筈だ。
 予備機である弟のカネミツを犠牲に、再び戦う肉体を得たという現実……彼は今、苦しみもがきながらも、その決断が意味あるものだったと証明したいのだ。

「ナイスだ、フィー! っと、まずは一発!」

 スリーピー・ホロウは、以前よりも力を増していた。
 特に、巨体が嘘のような機動力でナガミツの飛び蹴りを避ける。
 ただ、強くなったのはトゥリフィリたちムラクモ13班も一緒である。
 トゥリフィリはナガミツが重力つかまり落下を始めた、その直下に木々の枝葉をぶちまけた。乱射と跳弾を利用して、周囲の樹木を撃ちまくる。
 ナガミツは空中で体勢を整え、まるで空中を駆け抜けるように再攻撃を放った。
 さしものスリーピー・ホロウも、意表を突かれて高度を上げる。
 いける、戦える……手応えを感じたトゥリフィリだったが、次の瞬間に局面が一変した。

「イッ、イイイイイ、イノッ! 俺の格好いいとこ、みみみ、見とけよ!」
「わっ、わわ、わか、わかってるしい! グチこそ、見とけって感じぃ!」

 イノとグチが現れた。
 釘バットを持参して、どうやらスリーピー・ホロウと戦うつもりらしい。
 そして、恐るべき帝竜はその姿を見逃さなかった。
 SKYの人間は皆、かつてムラクモ機関の総長だったナツメに人体実験を施された。必定、数名のS級能力者を生み出すに至ったが、中には力の弱い者たちもいるのだ。
 咄嗟にトゥリフィリは、意を決して駆け出した。
 考えるより先に動いていた。

「イノッ! グチッ! 伏せて!」

 体を浴びせるようにして、二人を庇う。
 その時にはもう、トゥリフィリの体は毒の鱗粉を浴びていた。痺れるような眠気が訪れ、必死に意識を保とうとするが……暗転する世界の中、彼女は底しれぬ闇へ落ちていった。




 気がつくとトゥリフィリは、国会議事堂にいた。
 わかってる、これが悪夢だと理解はしている。でも、それだけだ。

『と、とにかく、ナガミツちゃんたちがいるから大丈夫。きっと、イノとグチも無事だ』

 自分に言い聞かせるように呟いた。
 だが、妙だ。
 以前見た夢とは随分勝手が違う。
 それもその筈で、声に出した言葉が空気を震わせずに消えてゆく。
 そして、背後で響いた声に振り向いて、そのことに気付いた。

『そこにいたのか、班長。待たせてすまない』

 ナガミツの声だった。
 思わず振り向き、浮かべた笑みが凍る。
 現れたナガミツは、まるで一緒の時間を忘れたように無表情だった。まるで、一番最初のロボットみたいだった頃に戻ってしまったみたいである。
 そして、そんな彼がトゥリフィリをすり抜けた。
 まるで自分が幽霊になったかのような、錯覚。
 催眠状態で見る悪夢で、今回のトゥリフィリは意識だけの存在になっていたのだった。

『嘘、ナガミツちゃん……待って、班長って呼ばないで。ぼくだよ、フィーだよ』

 その震える声も届かない。
 そして、ナガミツを目で追って驚愕の光景を目にする。
 この世界では、トゥリフィリに代わって意外な人物が13班を率いていた。

『おう、ナガミツ。遅かったな。準備はいいか?』
『ああ。まずは東京駅から潰すんだよな』
『そうだ。一度取り返せた世界だ、何度でも奪い返すさ』
『了解した、班長』

 そこには、キジトラの姿があった。
 間違いない、現実と寸分たがわぬ姿だ。しかし、心なしか表情が硬い。抜けるような青空の如き笑顔と、過積載気味(かせきさいぎみ)の自信。そうしたものが感じられなかった。
 そして、トゥリフィリはまだ知らず、気付くことさえできない。
 今自分が見ている夢が、次元も空間も異にする別の世界線だということを。

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