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 全てのコンフュカッターの設定が完了した。
 たとえ何度復活しようと、スリーピー・ホロウに対処する13班の作業は変わらない。そして、強力な幻惑攻撃を封じることができれば、その時点で勝利の(いとぐち)は見えてくる。
 そして、チャンスを逃さずものにするのがトゥリフィリたちの強さだ。

「みんなっ、マモノが引いてる……これ、来るよっ!」

 トゥリフィリは拳銃の弾倉(マガジン)を交換しつつ、周囲に目配せする。
 まるで潮が引くように、マモノたちが下がっていった。そして、まるで逃げるように一匹、また一匹と消えてゆく。
 どちらかというと、野生動物や土着の低俗霊が中心のマモノたちだ。
 彼らにもわかるのだろう……この迷宮に鎮座する、本物の悪意の到来が。
 耳をつんざく絶叫、空気が震えて濁るような感覚が訪れた。
 まさしく音連れ、巨大な影が頭上を覆った。

「うし、ユキ! お前たち、自分の身は自分で守れよ……こいつは俺とフィーでやる!」

 実際、ユキノジョウたちはもう限界の(はず)だ。
 トゥリフィリの目にも、十分に奮闘した様子が見て取れる。
 カルナなどはもうへばって大の字に倒れているが、三人はそれでもコンフュカッターを守る様子を見せてくれる。あれが破壊されれば、今度こそ人類は甘い悪夢に飲み込まれてしまうだろう。

「速攻で決めるっ! そうそう何度も手こずるぼくたちじゃない!」
「あたぼうよ! 復活再生怪獣ってなあ、弱くなるのがお約束だからなあ!」
「へ? そなの?」
「ああ! キジトラが教えてくれたぜ!」

 また妙な知識をと苦笑しつつ、駆け出すトゥリフィリが風になる。
 あっという間に、スリーピー・ホロウが周囲の空気を曇らせた。毒の鱗粉が宙を舞い、背後でユキノジョウたちが咳き込む気配が感じられた。
 だが、それも既に学習済みの攻撃パターンだった。
 トゥリフィリは地を這う影のように身を低くして、あらゆる状態異常を置き去りに馳せる。その先にはもう、周囲の樹木を利用して高く高く跳躍するナガミツの背があった。

「復活しただけで、成長してねえ! なら、日々強くなってる俺たちの敵じゃねえ、ン、だっ――よおおおっ!」

 突き刺すような飛び蹴りが天を衝く。
 ナガミツは自分自身を矢にみたてて、己の筋力を弓として一点突破を図る。まるで重力を無視して逆らうように、スリーピー・ホロウの巨体が宙でグニャリとくの字に曲がった。
 おぞましい絶叫と共に、全身を震わせ激痛に身悶えるスリーピー・ホロウ。
 その隙を見逃すトゥリフィリではなかった。
 ナガミツの着地をフォローしつつ、ありったけの弾丸を一点集中でブチ撒ける。

「ナガミツちゃんの言う通りっ! って、ナガミツちゃん! 無理は駄目だよ、まだ身体が」
「問題ねぇ! 動かねえなら、無理矢理動かす! 実戦で馴染(なじ)ませてくからよ!」
「またそんな無茶を……男の子ってもー、どーしてかなあ」

 苦笑しつつも、トゥリフィリは感心してしまった。
 確かにナガミツは、先日より若干だが動きがいい。それは、ほぼ毎日ずっと一緒のトゥリフィリには一目瞭然だった。
 まだ、ぎこちなくて動きは硬い。
 だが、確実に新たな肉体をナガミツはものにしつつある。
 本当の自分を取り戻す、そうでなければ新たに作り出す。そういう作業の連続が、今のナガミツを支えているのだ。そして、彼が人間並みに諦めの悪い人型戦闘機であるということは、トゥリフィリ自身が誰よりもよく知っていた。

「っと、いけねえ! おい、ユキ! そっち行ったぞ!」
「……は? はあああああ? ちょ、まっ! えっ、と、ととと、とにかくコンフュカッターを!」

 状況が不利と見るなり、スリーピー・ホロウは巨体を(ひるがえ)した。
 トゥリフィリやナガミツとの戦闘よりも、コンフュカッターの排除を優先するようである。
 勿論、そんなことをやすやすと許すトゥリフィリたち13班じゃない。
 そして、13班じゃなくても……S級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)じゃなくても、仲間たちは懸命だった。

長船(オサフネ)君、説明してる時間がありません! わたしを読んで下さい!」
「はぁ!? いいんちょ、ちょっと待てって」
「いいんです! 早く触ってください!」

 フォローに走るナガミツが「お!」と驚きに目を丸くした。
 トゥリフィリだって同じで、思わず「あ!」と声が漏れ出た。
 コンフュカッターの前で、迫るスリーピー・ホロウの絶叫を前に……何故かユキノジョウは、フミノの胸を鷲掴みしていた。正確には、フミノがユキノジョウの手を掴んで触らせたのだ。
 瞬間、二人はすぐに走り出す。
 ユキノジョウは、既に戦闘不能なカルナを背負って離脱した。が、逃げた訳ではない……最後の力で、ありったけの精神力でサイキックを発現させた。
 炎が舞い上がり、腰を落としたフミノを包む。
 それはまるで、紅蓮で織った焔の羽衣だった。
 フミノはカウンターの構えでスリーピー・ホロウの体当たりを受け止める。そして、力で押し負けながらもいなして捌き、真っ赤に燃える拳を叩き込んだ。

「芯を外しました! でも、コンフュカッターは無事です!」
「よしきた! おいナガミツ! 俺らはここまでだ、そろそろ決めろっ!」

 いよいよ手詰まりになったスリーピー・ホロウが、怒りで鱗粉を撒き散らす。毒や混乱、そして眠りを誘う死の空気が(よど)んだ。ますます空気中の毒素が濃度を増してゆく。
 だが、もう時は僅かしか必要ない。
 不完全とはいえ、弱点の炎を零距離(ゼロきょり)で浴びたのだ。
 それも、カウンターで。
 スリーピー・ホロウは目に見えてスピードが落ち、ダメージが感じられた。

「んじゃ、ま」
「決めるよ、ねっ!」

 ナガミツが僅かに身を屈めて、全身をバネに変え跳躍。そのまま彼は、大きく弧を描く蹴りで頭上を薙ぎ払う。さながら(つるぎ)の如く空気を引き裂き、真空の刃がスリーピー・ホロウを切り刻んだ。
 ざっくりと首元が斬られて、既にスリーピー・ホロウは悲鳴すらあげられなかった。
 斬竜刀の斬れ味に続いて、トゥリフィリも容赦なくトドメを撃ち込む。
 寸分たがわず、傷口の一点に弾丸が集中して叩き込まれた。
 帝竜(ていりゅう)といえど、無敵に近い肉体の内側ならば致命打は避けられない。
 最後に一声吼えるや、絶命したスリーピー・ホロウは落下して動かなくなった。

「むにゃ? わ、わたしは……おお、やったか! 帝竜を倒した、ぞ……!」
「カルナ、も少し寝てろって。あと、お前も頑張ったもんな。すぐへばったけど。んで? なあ、ナガミツ。さっきからこう……恐い視線を感じてたんだけど」

 ユキノジョウはその場にへたり込みながらも、トゥリフィリとナガミツの背後を指さした。
 振り返るとそこには、信号機の上に二つの人影がある。
 それはセクト11のショウジとイズミだった。二人共、いつからそこにいたのか……トゥリフィリは全く気付かなかった。戦闘に集中していて、そうでなければ今頃生きてはいなかった。
 だが、疲労困憊の中でもセクト11にはムラクモ機関の一員として応対しなければならない。

「ショウジさん、それにイズミさんも。もしかして……竜検体が目的ですか?」
「話が早いな、13班! 復活したのも驚きだが、再度お前たちが勝つのも驚いたぜ。……そう、スリーピー・ホロウの竜検体を渡してもらおうか」

 再び緊張が走る。
 ナガミツが無言で構えれば、イズミも腰の剣に手をかけた。
 一触即発の空気に、思わずトゥリフィリはゴクリと喉を鳴らす。
 そして、彼女はこの場のリーダーとして意外な決定をショウジに伝えるのだった。

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