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 吹き(すさ)ぶ風に今、無数の黒煙が揺れている。
 かつて激戦区だった製鉄所は今、再び魔宮(ラビリンス)へと変貌を遂げていた。夜の闇に煌々と明かりが灯り、警備システムも絶賛稼働中である。
 そして、入り口で警戒心を尖らせるトゥリフィリの目に、

「フロワロ……ここにもまた、以前みたいに」

 鮮烈な赤が飛び込んできた。
 例の黒いフロワロではなく、通常種のようだ。
 だが、一時期は駆除され除染がなされたこの場所は、再び鮮血の(ごと)(くれない)に沈んでいる。
 間違いなく、帝竜(ていりゅう)による迷宮(ダンジョン)化の影響だった。
 トリニトロが復活したという話は、もはや疑いなき真実として目の前に横たわっていた。

「班長、こっちはクリアだ。先に進もう」

 キジトラがすぐ横に並んで、先を指し示す。
 幸い、建物としての構造は以前とそう変わらないようだった。ならば、一年前の記録をもとに最短距離で帝竜を目指せる。
 勿論(もちろん)、行く手を阻む竜やマモノの存在は厄介だ。
 しかし、それについてもノリトのポジティブな言葉が背を押してくれた。

「資材や物資の回収は後続のシイナたちに任せる方向で」
「索敵、お願いできる? ノリト」
「フッ、お任せを。竜なんかに、夜明けの朝日を拝ませませんよ」

 ちょっといいフレーズだと自分でも思ったのか、即座にノリトはスマートフォンを取り出しメモを取った。それから、再びノートパソコンを広げる。
 無線機からも、国会議事堂のムラクモ機関にいるナビゲーターの声が響く。

『フィー、こっちでモニターしてるから速攻で頼むぜ!』
『ナビは任せてくださいっ』

 ムツとナナのコンビも、心なしか声に緊張が感じられた。
 その向こう側では、忙しそうな一般職員の気配が行き来している。
 だから、トゥリフィリは一度深呼吸して笑った。

「大丈夫だよ、ムツ。ナナも。ナビよろしく、なにかあったらすぐに教えてね」
『了解だ!』
『きっ、気をつけてね、フィー』

 大きく頷き、一歩を踏み出す。
 この道は、いつか駆け抜けた道だ。
 二度目となる今回は、こちら側にもはっきりとしたアドバンテージがある。周囲をキジトラとノリトが改めてくれたが、攻略ルートは前回のものが使えそうだ。
 それに、元から油断という概念は13班には存在しない。

「よし、行こうっ! 最短ルートでトリニトロを叩くよっ」

 三人の狩る者たちが、走り出した。
 ――そう、狩る者。
 謎の少女アイテル、そしてその姉エメルはトゥリフィリたちを『狩る者』と呼んだ。その意味はまだ、トゥリフィリにはわからない。仲間たちもそれは同じである。
 だが、ドラゴンスレイヤーという意味ならば、それを否定することもできなかった。
 突如として飛来した人類の天敵、竜。
 その驚異を排除し、人々の生命と暮らしを守るのがトゥリフィリたちの使命だからだ。

『おっ、こりゃラッキーだ! フィー、すぐにエレベーターが使えるぜ。電源が入ってる』
『周囲に反応は……な、ないよっ。上のフロアまでの直通ですっ』

 ムツとナナの声を拾えば、ノリトが送られたデータをノートパソコンの画面に映し出す。マッピングされた通路の奥に、エレベーターを示すアイコンが光っていた。
 以前は電源を復旧させるために、かなり階段を昇り降りしたのを思い出す。
 どうやら今回は、大幅に攻略手順を省略できそうだった。
 だが、訝しげにキジトラが首を傾げて走る。

「誰が電源を……以前攻略し終えた姿のまま、再迷宮化したというのか?」
「キジトラ先輩、多分それって」
「……班長も妙だと思うか」
「うん。それに、少し心当たりもあるんだ」

 そう、砂漠を渡っている時からの妙な違和感がある。
 再び帝竜によって活性化したにしては……この迷宮は静か過ぎるのだ。
 まるでそう、誰かが先に進んでいるかのような感覚がある。今こうして走る通路でさえ、既に危険を排除し終えたかのような静けさが漂っていた。
 だが、今は考えてる余裕はない。
 そして、カンカンと靴を歌わせる通路の先に、エレベーターの扉が見えてきた。

「キジトラ先輩っ、先行してください。ぼくがフォローを」
「委細承知!」

 銃を抜いて背後を振り向く。
 体力的にやや難があるノリトが、早くもふらふらになりながら必死でついてきていた。
 その背後に、突如として殺気が無数に澱んで濁る。
 出現したマモノたちは、不定形のクリーチャーだ。廃棄物や廃材、薬物や化合物がごっちゃになったゲル状の悪意である。
 沸騰に近い温度で煮えたぎっているのか、どれも泡立ち怒っているように見えた。

「ノリト、走って!」
「も、もぉ走ってますよ! い、息が」

 矢継ぎ早にトゥリフィリは弾丸を放った。
 それは、ノリトの背後でマグマスライムが飛び上がるのと同時。
 片手で射撃を続けつつ、トゥリフィリは落ち着いてもう片方の拳銃を引き抜く。両手は今日も、左右が別々の生き物のようにタスクを分担して動く。
 二丁拳銃で改めて、倍の火力で掃射する。
 かろうじてふらふらとノリトがエレベーターに飛び込んで、そこでへばって倒れ込んだ。

「キジトラ先輩、閉めてくださいっ!」

 叫ぶと同時に、ゆっくりトゥリフィリは下がりだした。
 流石(さすが)に数が多くて、撃っても撃っても向かってくる。この手のマモノに対しては、打撃や銃撃は少し効果が薄い。サムライの斬撃攻撃、もしくはサイキックの属性攻撃が有効だが、今のメンバーではこれが精一杯だった。
 ゆっくり閉まるエレベーターの扉に飛び込む。
 転がるように身を投げ出しつつ、すぐに弾倉を交換。
 左右から狭まる視界の向こうに、マモノたちを見送ったその時だった。
 突然、ガクン! とエレベーターが停止する。

「ん、今なにか……ひっ、ひええっ! フィー、キジトラ先輩も! うっ、うう、上に音源! デカいです!」

 天井を指差すノリトの指が震えていた。
 視線で追って見上げれば、不意に頭上で異音が響く。まるで金属を梳るような、耳に痛い金切り声だ。

「班長、俺様が行くっ!」
「了解、キジトラ先輩! 援護射撃するから、間髪入れず上がってくださいっ」

 天井の向こうへと精神を集中して、見えない敵を感じ取る。
 数は1、やや大きいが竜ではない。
 だが、この揺れと(きし)みは恐らく、エレベーターを吊るすケーブルに手をかけている感触だ。だから、トゥリフィリは脳裏に浮かぶイメージに対して精密な射撃を放った。
 天井を貫通した弾丸の先で、悲鳴が鳴り響く。
 同時に、緊急用の天井ハッチを蹴破るようにして、キジトラが上がっていった。
 そうして、エレベーターは不規則に揺れながら上昇を始めるのだった。

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