吹き
かつて激戦区だった製鉄所は今、再び
そして、入り口で警戒心を尖らせるトゥリフィリの目に、
「フロワロ……ここにもまた、以前みたいに」
鮮烈な赤が飛び込んできた。
例の黒いフロワロではなく、通常種のようだ。
だが、一時期は駆除され除染がなされたこの場所は、再び鮮血の
間違いなく、
トリニトロが復活したという話は、もはや疑いなき真実として目の前に横たわっていた。
「班長、こっちはクリアだ。先に進もう」
キジトラがすぐ横に並んで、先を指し示す。
幸い、建物としての構造は以前とそう変わらないようだった。ならば、一年前の記録をもとに最短距離で帝竜を目指せる。
しかし、それについてもノリトのポジティブな言葉が背を押してくれた。
「資材や物資の回収は後続のシイナたちに任せる方向で」
「索敵、お願いできる? ノリト」
「フッ、お任せを。竜なんかに、夜明けの朝日を拝ませませんよ」
ちょっといいフレーズだと自分でも思ったのか、即座にノリトはスマートフォンを取り出しメモを取った。それから、再びノートパソコンを広げる。
無線機からも、国会議事堂のムラクモ機関にいるナビゲーターの声が響く。
『フィー、こっちでモニターしてるから速攻で頼むぜ!』
『ナビは任せてくださいっ』
ムツとナナのコンビも、心なしか声に緊張が感じられた。
その向こう側では、忙しそうな一般職員の気配が行き来している。
だから、トゥリフィリは一度深呼吸して笑った。
「大丈夫だよ、ムツ。ナナも。ナビよろしく、なにかあったらすぐに教えてね」
『了解だ!』
『きっ、気をつけてね、フィー』
大きく頷き、一歩を踏み出す。
この道は、いつか駆け抜けた道だ。
二度目となる今回は、こちら側にもはっきりとしたアドバンテージがある。周囲をキジトラとノリトが改めてくれたが、攻略ルートは前回のものが使えそうだ。
それに、元から油断という概念は13班には存在しない。
「よし、行こうっ! 最短ルートでトリニトロを叩くよっ」
三人の狩る者たちが、走り出した。
――そう、狩る者。
謎の少女アイテル、そしてその姉エメルはトゥリフィリたちを『狩る者』と呼んだ。その意味はまだ、トゥリフィリにはわからない。仲間たちもそれは同じである。
だが、ドラゴンスレイヤーという意味ならば、それを否定することもできなかった。
突如として飛来した人類の天敵、竜。
その驚異を排除し、人々の生命と暮らしを守るのがトゥリフィリたちの使命だからだ。
『おっ、こりゃラッキーだ! フィー、すぐにエレベーターが使えるぜ。電源が入ってる』
『周囲に反応は……な、ないよっ。上のフロアまでの直通ですっ』
ムツとナナの声を拾えば、ノリトが送られたデータをノートパソコンの画面に映し出す。マッピングされた通路の奥に、エレベーターを示すアイコンが光っていた。
以前は電源を復旧させるために、かなり階段を昇り降りしたのを思い出す。
どうやら今回は、大幅に攻略手順を省略できそうだった。
だが、訝しげにキジトラが首を傾げて走る。
「誰が電源を……以前攻略し終えた姿のまま、再迷宮化したというのか?」
「キジトラ先輩、多分それって」
「……班長も妙だと思うか」
「うん。それに、少し心当たりもあるんだ」
そう、砂漠を渡っている時からの妙な違和感がある。
再び帝竜によって活性化したにしては……この迷宮は静か過ぎるのだ。
まるでそう、誰かが先に進んでいるかのような感覚がある。今こうして走る通路でさえ、既に危険を排除し終えたかのような静けさが漂っていた。
だが、今は考えてる余裕はない。
そして、カンカンと靴を歌わせる通路の先に、エレベーターの扉が見えてきた。
「キジトラ先輩っ、先行してください。ぼくがフォローを」
「委細承知!」
銃を抜いて背後を振り向く。
体力的にやや難があるノリトが、早くもふらふらになりながら必死でついてきていた。
その背後に、突如として殺気が無数に澱んで濁る。
出現したマモノたちは、不定形のクリーチャーだ。廃棄物や廃材、薬物や化合物がごっちゃになったゲル状の悪意である。
沸騰に近い温度で煮えたぎっているのか、どれも泡立ち怒っているように見えた。
「ノリト、走って!」
「も、もぉ走ってますよ! い、息が」
矢継ぎ早にトゥリフィリは弾丸を放った。
それは、ノリトの背後でマグマスライムが飛び上がるのと同時。
片手で射撃を続けつつ、トゥリフィリは落ち着いてもう片方の拳銃を引き抜く。両手は今日も、左右が別々の生き物のようにタスクを分担して動く。
二丁拳銃で改めて、倍の火力で掃射する。
かろうじてふらふらとノリトがエレベーターに飛び込んで、そこでへばって倒れ込んだ。
「キジトラ先輩、閉めてくださいっ!」
叫ぶと同時に、ゆっくりトゥリフィリは下がりだした。
ゆっくり閉まるエレベーターの扉に飛び込む。
転がるように身を投げ出しつつ、すぐに弾倉を交換。
左右から狭まる視界の向こうに、マモノたちを見送ったその時だった。
突然、ガクン! とエレベーターが停止する。
「ん、今なにか……ひっ、ひええっ! フィー、キジトラ先輩も! うっ、うう、上に音源! デカいです!」
天井を指差すノリトの指が震えていた。
視線で追って見上げれば、不意に頭上で異音が響く。まるで金属を梳るような、耳に痛い金切り声だ。
「班長、俺様が行くっ!」
「了解、キジトラ先輩! 援護射撃するから、間髪入れず上がってくださいっ」
天井の向こうへと精神を集中して、見えない敵を感じ取る。
数は1、やや大きいが竜ではない。
だが、この揺れと
天井を貫通した弾丸の先で、悲鳴が鳴り響く。
同時に、緊急用の天井ハッチを蹴破るようにして、キジトラが上がっていった。
そうして、エレベーターは不規則に揺れながら上昇を始めるのだった。