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 工場のメインシャフトに直結したエレベーターのお陰で、以前より遥かに迅速にトゥリフィリたちは歩を進めていた。
 それでも、最後は走って階段を駆け上がる。
 その先に熱波の暴君が再臨していることは、肌を(あぶ)る熱気でひしひしと伝わってきた。
 そして、ドアを蹴破(けやぶ)り外へと出る。
 屋上のヘリポートは、さながら獄炎地獄といった有様だった。

「キジトラ先輩、ノリトもっ! やるよ!」
「おうっ!」
「いいですとも!」

 再戦だからといって、油断はしない。
 それは帝竜(ていりゅう)トリニトロも同じようで、絶叫で熱気を沸騰させる。無数の顎門(アギト)が乱舞する様は、さながら炎の八岐大蛇だ。
 だが、トゥリフィリは勿論(もちろん)、13班の仲間たちも気迫では負けていない。
 以前は必死で余裕の気持ちが持てなかったが、今は違う。
 ここを通過点として、先を……未来を見据えて明日へと走る。

「いよぉし、ノリトォ! 奴を読め! 読み込め! そしてぇ、やれ!」
「がってん! ……とと、承知していますよキジトラ先輩!」

 頼れる仲間たちに背を預けて、真っ先にトゥリフィリは走り出す。
 そのすぐ横を、すぐにキジトラが駆け抜けていった。
 同じトリックスターでも、二人の身体能力は大きく違う。トゥリフィリが機動力と俊敏性でオールレンジをカバーするガンスリンガーなら……キジトラは瞬発力と爆発力に特化した一撃必殺の忍者。
 そして、水と油にも思える二人のコンビネーションは阿吽(あうん)の呼吸だ。

「キジトラ先輩、まずは首を減らすよっ!」
「承知! 再生怪獣など俺様の敵ではないわ、クハハハハハハッ! おおっと!」

 当然、トリニトロも必死で反撃してくる。
 トリニトロの本体は、中空に浮かぶ結晶体だ。そして、そこからあふれるマグマが竜の首となって無数にキジトラを襲う。
 なんだかちょっと、以前ナガミツと一緒に見たアニメの敵キャラに似てる。
 ただ、アニメと違って今は命のやり取りの真っ最中だ。
 四方八方から迫る(ほのお)の牙を、キジトラは巧みな体捌きでいなしていた。

「フハハ、以前よりも力が増しておるではないか! だがっ!」
「ぼくたちの敵じゃ、ないっ!」

 トゥリフィリはマガジンを交換するや、二丁拳銃を交互に踊らせた。まるでデタラメのように、実もせず気配を拾って乱射する。その弾丸は全て、ムラクモ機関の工房が作った特注の炸裂弾だ。
 キジトラを囲む竜の首が、次々と派手に爆散して弾け飛ぶ。
 次から次へと襲い来る牙の、その移動する先へとトゥリフィリは弾丸をばらまいた。
 同時に、本体への道が開けてキジトラが躍動する。
 疾走、跳躍、そして一閃。

「むっ! 手応えが……意外に硬い! ノリト、支援を頼むぞ!」
「やってますってば、先輩! あと40秒! いえ、20秒ください!」
「任せたぁ! では、時間を稼いでやるか!」

 ちらりと背後を見やれば、無数の光学キーボードをノリトが叩きまくっている。上下左右にと手と指を踊らせ、彼は0と1の支配領域へと帝竜を引きずりこもうとしていた。
 ハッカーの支援は相手の支配、時として物理法則をも書き換える。
 しかし、ノリトほどの腕前でも強敵相手には時間がかかるのが玉に(きず)だった。
 だが、タカタカ、タッ、ターン! と鍵盤のようにキーボードは歌った。

「フッ、掌握完了……クレッシェンド! 忌まわしき竜よ、お前の命運は尽き、っ、ほああっ! ほあっちゃ、あちゃちゃちゃちゃあああああ!」

 無数のブレスが流星のように降り注いで、ノリトは火の雨の中を転げ回っていた。それでもまだ、必死にハッキング状態を維持している。
 そして、トリニトロ本体の合金で覆われた防御が緩んだ。
 その隙を見逃すトゥリフィリとキジトラではなかった。

「チャンスだっ! キジトラ先輩! このまま畳み込むよっ」
「しからば、まずはこいつだ……ふんっ!」

 ナイフを逆手に持ち替え、身を低くキジトラが馳せる。這うように、影のように、影さえも置き去りに疾駆する。
 彼は一瞬でトリニトロの(ふところ)深く肉薄するや、強烈な斬り上げと共に天を駆けた。

「しょぉぉぉぉ、りゅううう、けええええんっ! 無敵時間!」

 なんだか謎のテンションで絶叫していたが、ノリトのツッコミを聞きつつトゥリフィリも走る。縦一文字にざっくりと、トリニトロの分厚い装甲が真っ二つになっていた。
 チのように炎を滴らせたその傷口へと、ありったけの弾丸を叩き込む。
 その時にはもう、周囲の火竜はハッキングの影響で動かなくなっていた。

「これでっ、トドメ!」

 排莢(はいきょう)される空薬莢(からやっきょう)が宙を舞う。
 それが落下して地に弾む間も待たずに、次々と速射で弾丸を撃ち込む。
 全く同じ場所に1mm(ミリ)のズレもなく重ねてゆく。
 S級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)の力を今、トゥリフィリは極限の集中力で爆発させていた。
 寸分違わず竜を穿(うが)つ魔弾が、連なり繋がって一矢となる。
 最後には、億へと貫通してトリニトロは刺し貫かれた。
 シュウ! と気化する音と共に、その燃え盛る肉体が黒く朽ちていった。

「ふう、なんとかなった……みんな、平気?」
「うむっ! これにて(りょう)! 俺様は大丈夫だ」
「な、なんとか、生きて、ます……死ぬかと思いました」

 犠牲者がいないとしって、あとから安堵と恐怖がトゥリフィリを襲った。
 何度戦っても、この感覚は忘れられない。
 そして、忘れてはいけないとも思う。
 たった今、人類の天敵とはいえ命を奪った。そして、そうしなければ自分は勿論、大切な仲間たちも殺されていた。
 これは、宇宙のそこかしこで戦われている生存競争なのだ。
 そして、トゥリフィリたちの抵抗こそが人類の生存戦略なのである。

「とりあえず、竜検体を確保して帰ろっか。少し疲れちゃった」
「だな。おいノリト、立てるか? 俺様に掴まれ、あと少しは身体を鍛えろ」
「わ、私はほら、こう、バックス担当ですから。そういうのはフォワードにお任せで……むっ!」

 不意にノリトが、目元も険しく虚空を睨んだ。
 その視線の先で、空虚な拍手が乾いた音を立てる。
 そして、手をたたきながら一人の青年が現れた。その横には、影のように少女が寄り添っている。
 それは、セクト11のショウジとイズミだった。

「やるじゃないか、13班。なかなかの出し物だったぜ?」
「フン、私たちならもっと早く倒せたわ。随分手こずってたじゃない」

 どうやら二人は、今までの激闘を隠れて見ていたらしい。
 トゥリフィリは戦闘中も鋭敏な感覚を尖らせていたが、気配を殺した二人を察知することができなかった。それほどまでに、ショウジとイズミは卓越した隠密の術を持っているのだ。
 だが、今は違う。
 肌がひりつくような殺気が、周囲へと放たれていた。

「……ショウジさん。竜検体ならおすそ分けできますけど。ぼくは、あなたたちとは」
「そうそう何度も恵んでもらう訳にもいかねえよ。それに……俺たちはいつだって、欲しいものは実力で手に入れてきたのさ」
「そゆこと! 検体を置いてさっさと、尻尾巻いて逃げな? 弱いやつは追わない、それがセクト11の流儀だしさ」

 人類同士が戦う必要性を、トゥリフィリは全く感じていない。
 しかし、どうやら激突は不可避のようだ。
 それも、トリニトロとの戦いで消耗した直後にである。
 焦燥感が込み上げる中、ふと爆音に顔を上げると……巨大な影がその場の全員を包み込み、激しい突風が周囲を薙ぎ払うのだった。

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