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 激戦の熱も冷めやらぬ空気が、風圧にかき消されてゆく。
 頭上を大型ヘリが通過し、一瞬だけショウジとイズミも視線を滑らせた。
 次の瞬間、トゥリフィリの視界は煙幕のような煙で覆われた。そして、衝撃波……ビリビリと肌を震わせ、張り詰めた空気が沸騰する。
 そして、風が灰色のヴェールを拭ってゆく。
 そこには、鋼の花と咲く乙女の背中があった。

「フィー、無事ですカ! 助けにきまシタ!」

 地を突き穿(うが)った(こぶし)(ひるがえ)し、ゆっくりと立ち上がる長身痩躯の影。
 それは、今は13班の一員となったガーベラだった。
 意外な増援の出現に、真っ先にイズミが唇を尖らせ叫ぶ。

「こんの、裏切り者の恩知らずがっ! やっぱ壊れたポンコツね」
「違いマス! 私は壊れてなどいまセン!」
「人間様に対するその態度が、ブッ壊れてるって言ってんのよ!」

 すかさずトゥリフィリが口を挟もうとした、その時だった。
 不意にキュイン! とガーベラが空を仰ぐ。
 視線を逸らされ、イズミの表情が苛立ちに歪んだ。

「ちょっと、なによポンコツ! ちゃんと私を見ろっての!」
「ちょ、ちょっと……ソーリー、すみまセン。イズミ、少し待ってほしいデス」

 同時に、悲鳴が落ちてくる。
 あられもない声は妙に幼くて、あどけないのに……ガーベラと同じくらいダイナマイトバディな女の子が降ってきた。

「ふぎゃああああああああ! たっ、高いよぉおおおおお! ヘリコプター、きらあああい!」

 女の子……そう、幼女だった。
 大きな大きなむちぷり童女が落ちてきて、ガーベラはそっと両手を広げてそれを受け止める。
 あちゃー、とトゥリフィリも苦笑すれば、自然と緊迫のストレスが霧散した。
 へばったノリトに肩を貸すキジトラも、チベットスナギツネのような顔をしている。

「大丈夫デスカ? エリヤ」
「ふええ、死ぬかと思ったよぉ……エヘヘ、おキクちゃんありがとう!」

 どうやらエリヤも、ガーベラについてきたらしい。
 なかなかにヤンチャで手のかかるお子様だが、不思議とガーベラは笑顔である。
 どういう訳か、ムラクモ機関にやってきたガーベラの面倒を見るんだ! と、エリヤがお姉さんぶって張り切っているのである。
 勿論(もちろん)、実質的には逆だ。
 エリヤの世話を焼く中で、ガーベラは自然と周囲に溶け込めたのである。

「よーし、下ろして! わたし、おキクちゃんをいじめる悪い子、やっつけちゃうから。だって、わたしがお姉さんだもん!」

 よいしょ、とガーベラが下ろしてやると、エリヤはフンスと鼻息も荒くナイフを抜く。
 その姿を見て逆に、キジトラは自分の得物を鞘へと収めた。

「エリヤ、練習の成果を見せてみろ。俺様の教えを活かせば、セクト11など敵ではなぁい!」
「わかってるよぉ、トラにい! ノリにいも見ててね……わたし、頑張る!」

 ヘロヘロのノリトも、力強くサムズ・アップして、そのまま床にへたり込んでしまった。
 なんだか一気にゆるーい空気が広がったが、それもここまで。クールに傍観を決め込んでいたショウジが、静かに銃を構える。

「その気配……ホムンクルスか。ポンコツにお似合いのバケモノって訳だ」
「! エリヤはバケモノじゃありまセン!」
「壊れてないって言ったな? ガーベラ……なら、この場で壊して処分する。行くぞっ、イズミ!」

 戦端は開かれた。
 13班にとっても、望まぬ戦いではあった。
 しかし、激突は不可避……瞬時にエリヤもガーベラも表情を引き締める。
 そして、気付けばトゥリフィリも銃を収めてなりゆきを見守っていた。
 二人に絶対的な信頼を預けているし、必ず勝てると信じている。
 エリヤなら、ガーベラが抱えて背負ったものを分かち合えると思うのだ。

「おキクちゃん! あっちのおっかない子、わたしがやっつけるね!」
「くっ、ショー兄ぃ! こいつは私が叩いて潰す! かかってこいよ、クソデカ女!」

 ショウジの舌打ちを置き去りに、イズミが突出する。彼女は、兄とのコンビネーションを自ら捨てて加速した。その先でエリヤもまた、ナイフを逆手に持ち変える。
 無数の斬撃がイズミから放たれ、空気は真空の刃となってかき乱された。
 だが、鉄壁の守りがエリヤを守る。
 散ることを知らぬ鉄の花は、嵐の中で咲き誇った。

「ディフェンスは私が任されマシタ!」
「ちぃ! ポンコツがあ! スクラップにしてやるっ!」
「イズミ、あなたはとても強い戦士……でも、私は負けマセン!」

 崩れたフォーメーションをフォローするように、ショウジが距離を詰めてくる。その銃口がガーベラに狙いを定めた、次の瞬間だった。
 エリヤのナイフが手を離れて、迷いなく宙へと放たれる。
 それはS級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)を再現した錬金術の秘技……子供に思えてても、エリヤは完全無欠のムラクモ13班名誉隊員たった。

「な、なにぃ!? ファック、こんな芸当が……ッ!?」

 エリヤの投擲(とうてき)したナイフは、真っ直ぐショウジの拳銃に突き刺さっていた。その銃口をこじ開け引き裂くように、真正面から綺麗にバレルを断ち割っていた。
 人間では、たとえS級能力者でも不可能な曲芸レベルのサーカスである。
 そして、動揺が走った兄妹の間隙に再びガーベラが咲く。
 阿吽(あうん)の呼吸で攻守を入れ替え、エリヤの援護でガーベラが地を蹴った。瞬発力を爆発させた彼女は、正しく人間重戦車……乙女の姿に凝縮された突破兵器だった。

零距離(ゼロきょり)、取りマシタ!」
「速いッ! だがなあ、ガーベラァ!」
「ショー兄ぃ! 下がって! 私が助けに――」
「駄目だよー、おキクちゃんの邪魔はさせないもんね!」

 立ち塞がるエリヤを、イズミは目に見えぬ一閃で横薙ぎに切り払う。
 しかし、エリヤはその内側へと飛び込んでいた。僅かに彼女の長髪が細切れに舞うが、その時にはもうイズミは脳天に全力チョップを食らって昏倒する。
 そして、ガーベラは全身全霊の鉄拳を振りかぶっていた。
 ショウジに一瞬の迷いが生じて、本人はすぐそのミスに気付いた。
 そう、致命的なミス……一瞬彼は、愛銃を貫くナイフを抜くか、そのままガーベラを撃つかを悩んだのだ。コンマ0秒の最奥に見える1は、ガーベラには十分過ぎる時間だった。

「ショウジ隊長、私は、壊れてマセン! たとえ壊れて朽ち果ててでも……守りたいもの、できマシタ!」
「上等だぜ、ガーベラッ! それでこそ戦士、ステイツが威信をかけて建造したドラゴンスレイヤーだ!」

 ガーベラの拳がハンマーのように叩きつけられる。空気を切り裂く右ストレートが、エリヤのナイフの芯を捉えた。
 それは、ショウジが躊躇(ためら)いを捨てて銃爪を引き絞るのと同時。
 激しい衝撃音と共に、暴発した銃が爆発する。
 その炎と衝撃の中で、ガーベラの右腕が木端微塵(こっぱみじん)に砕け散った。
 その時にはもう、ショウジはバックステップで距離を取る。彼がもう一丁の銃を抜き、撃鉄を引き上げた時には……(すで)に勝負は決まっていた。

「隊長、勝負ありデス。私は……人は、倒したくないのデス。私は、きっと、絶対に……竜を切り裂くドラゴンスレイヤーだと思うのデス」

 銃の爆発と同時に、ショウジは下がった。
 逆に、右腕を捨てて……ガーベラは業火を突っ切り突進したのだ。
 左の拳が今、ショウジの鼻先で震えているのだった。
 トゥリフィリが勝負アリと見て、間に割って入る。
 セクト11との因縁は今、鋼の意思によって決着をみたのだった。

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