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 とりあえず、東京スカイタワーまでの足は確保した。
 眼の前に今、巨大な黄色いバスが停車している。

「はとバスだ……ツマグロさんたち、凄いの回収してきちゃったなあ」

 見上げるトゥリフィリは驚きに目を丸める。
 しかも、だ。先程ワジたちがなにやら怪しいエンジンを無理矢理に取り付けていた。これはもう、(ひついj)を被った(おおかみ)ならぬ、(はと)を被った(たか)である。
 大型免許はないと言ってたが、カグラが運転するので大丈夫だろう。
 そして、回収班は今も仕事をしている。
 大切なものを拾って持ち帰る、それが彼女たちの……ゆずりはの仕事だから。
 振り返れば、ゆずりはの前に膝を抱えている少女がいる。
 二人の会話は、聞き耳を立てなくても自然と聞こえてきた。

「駄目、わたし……もう駄目、震えが止まらないの。わたしなんて」

 涙声はアヤメだ。
 突如として活性化したフロワロによって、都内の大地は漆黒(しっこく)に塗り潰されようとしている。当然、移動手段があっても通れる道がなくなっていた。
 それをなんとかすると言って、ヘリでアダヒメが出ていったのが半時間程前。
 しかも、護衛はキジトラとリコリスの二人だけである。
 アヤメも同行を求められたが……へたりこんで動けなくなっているのだ。
 無理もないと思うし、敢えて声をかけない優しさをトゥリフィリは選ぶ。
 同時に、敢えて声をかける優しさに絶大な信頼を感じていた。

「アヤメ、怖いよね……わたしも怖いよ? 凄く、怖い」
「でも……でもっ、ゆずりはちゃんは……い、いっ、行くんだよね」
「うん。一仕事終えたらね」
「……みんな、本当に強いんだ。S級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)だなんていっても、わたしとは全然」
「それは違うよ、アヤメ」

 そっと屈むと、頭をあげたアヤメの涙顔をゆずりはが抱き締める。
 まるで幼子をあやすように、背中をぽんぽんとたたきながら彼女は言葉を選んだ。

「わたしたちは回収班、だから……いまね、探して拾うよ?」
「な、なにを……」
「アヤメの中にね、勇気を探してるの。かならずあるから、それを拾うの」
「そんな……ないよ! そんなのないっ! わたしになんか、ないんだ!」
「そんなことないよ」

 そうこうしていると、カネサダがやってきた。
 同時に、ゆずりはのスマートフォンからカネミツも語り始める。

「ないなら作れよ、なあ相棒? 大丈夫だぜ、アヤメ」
「そうだ、作れなくても生まれてくる。勇気が湧き出るその時を、僕が守る」
「おいおい相棒、そこは『僕たち』だろ? ……いいんだぜ、アヤメ」
「必ず動き出せる、その一瞬は確かにアヤメを待っているから」

 その時だった。
 国会議事堂のエントランスに臨時の前線本部を設営してたカジカが叫んだ。
 あの人が大声だなんて珍しいなと思いつつ、トゥリフィリは駆け出す。すぐにナガミツたちも集まってきたが、ゆずりははアヤメを抱いたまま動かない。
 その目はそっと、トゥリフィリと頷きを交わしていた。
 そして、トゥリフィリたちは中央の大型モニターの前に集まる。

「いやねえ、リコリスちゃんを通して現地の映像と音声が届いてるんだけど、これは、ねえ」

 流石(さすが)のカジカも、声が上ずっている。
 それも無理はない。
 リコリスは今、東京スカイタワーの頂上、展望台のさらに上に立っていた。それも、吹きさらしの風が叩きつける高高度に生身をさらしている。
 そして、一歩先に歩み出るアダヒメとキジトラの前に、禍々(まがまが)しい影が浮かんでいた。
 それこそ、あの日東京を再び竜災害に沈めた邪悪、真竜フォーマルハウトだ。
 まるで黒い炎のように揺らめいて、その姿は実体をなかなか表さない。
 このまま黒いフロワロの侵蝕で全てを滅ぼすつもりなのだ。
 決して自らは手を汚さず、この惑星を瘴気で包んで窒息死させる……そのあとで、死んだ家畜を食べてまわるという訳である。
 だが、届くアダヒメの声は静かに透き通っていた。

『この時を……待っていました。数万年、数億年……巡る輪廻(りんね)の果てを目指して、(あやま)ちに(まみ)れながら』
『ク、ハハ! クハハハハッ! 滅竜の呪いに()したルシェの娘よ! 貴様らの命運は尽きた』
『それはわたしの台詞(せりふ)です、フォーマルハウト。今、終焉(しゅうえん)を歌う(とき)……時空に響けっ、滅竜斬歌(めつりゅうざんか)っ!』

 アダヒメが歌い出した。
 すかさずフォーマルハウトから、無数の光が暗く闇のように放たれる。
 その全てを、キジトラとリコリスが迎え撃った。
 そして、奇跡が起きた。

「カジカさんっ! た、たっ、大変です!」
「どしたい? ノリト君」
「都内の……あ、いえ、地球上のフロワロが! 色が!」

 トゥリフィリにも肌で感じられた。
 濃密によどんでゆく瘴気の勢いが、あっという間に弱まった。
 目視でも、国会まで迫ったフロワロの色が赤く戻ってゆく。
 ――道は今、開けた。
 通常のフロワロならば、例のはとバスで蹴散らして進める。

「それにしても、この歌……お、おかしいですよカジカさん!」
「だーから、落ち着きなさいって」
「神曲だから録音したいんですけど、どんな媒体にも入ってこないんです!」
「そりゃつまり……空気の振動で伝わってくる歌じゃないってことだネ」

 カジカとノリトの言う通りだった。
 全く知らない言葉で、歌詞ともハミングとも取れぬ歌声が舞い響く。それはあっという間に、地球全土に広がっていった。
 改めてトゥリフィリは、アダヒメの隠し持った切り札に舌を巻く。
 任せろとはこういうことだった……今、時間と次元をも超えて響き渡る、それは全ての竜への鎮魂歌(レクイエム)。そして、人の意志を導く勇気の讃歌だった。

「よしっ、ナガミツちゃん! みんなも! ……行こう」
「ああ! 行って終わらせようぜ。今がチャンスだ」

 今回は13班全員で挑む総力戦だ。
 普段は国会議事堂で働くことが多い、アゼルやフレッサも一緒である。
 守りを捨てて、総攻撃。
 フロワロの侵蝕が全てを染める前に、一気呵成(いっきかせい)にフォーマルハウトを叩く作戦である。
 そのさきがけとして、歌は星の海を超えて銀河に響く。
 フロワロは禍々しい暗黒の花びらを揺らしながら、身悶えるように赤くしおれていった。

「さあ、全員乗った乗ったあ! ……バスは初めてだがな、タイヤが四つついてりゃ俺の手足も同然ってやつだぜ」
「はーい、それでは皆様! 本日ははとバスをご利用いただきありがとうございまぁす。本日は……地獄の鉄火場への片道切符、激走! 殺竜大バトルツアーでございまーす!」

 カグラがハンドルを握って、シイナがまるでバスの添乗員のようにしなりと笑う。
 片道切符、それはない。
 必ず生きて返ってくると、トゥリフィリは静かに心の奥に結んだ。
 そうして、真に狩る者として覚醒しつつある戦士たちが、老若男女を問わず旅立つ。
 はとバスはその見た目を裏切る暴力的なエキゾーストを奏でるや、真っ赤に染まる車道へと飛び出すなり突っ走るのだった。

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