《前へ戻るTEXT表示登場人物紹介へ用語集へ次へ》

 闇が暗く光る。
 己の影を飲み込むように、漆黒の輝きがまろびでる。
 それは、まさしく神威(しんい)
 神々しいその姿に、思わずトゥリフィリは全身の感覚が遠のくのを感じた。
 暗黒の光を広げる、それは神の化身。
 否、神を自称する宇宙の暴君だ。
 圧倒的なその姿に、思わず緊張で身が固くなった。
 そんな中、隣でキリコが手を握ってくる。

「気を強く持って、トゥリ姉。あれは、常人なら見るだけで発狂してしまう、正真正銘の真竜(しんりゅう)。でも、私たちなら」
「あ、ありがと、キリちゃん。ぼく、今……気持ちを持ってかれそうになった」

 そんな中、ナガミツは力尽きた仲間たちを回収して、そっと部屋の隅に横たえた。
 みな、限界を超えた領域での激闘に倒れた仲間たちだ。
 その力が、あれを引っ張り出したのである。
 振り向くナガミツは、空中に揺らめく敵を見据えて拳をバキボキと鳴らした。

「ようやく姿を現したな、フォーマルハウト」

 それはまるで、虚無(きょむ)を詰め込んだ闇の鎧だ。
 その左右に、瘴気の渦が手のような形を浮かべている。
 網膜を通じて、遺伝子そのものへと伝わる真の恐怖……トゥリフィリは狩る者であると同時に、一人の人間だ。その全身の細胞が、宇宙の摂理(せつり)に震えている。
 それを今、強い意志でねじ伏せ銃を抜いた。

「よくも我をこの場に……神罰を受けてニエとなれィ! 家畜ゥゥゥゥゥゥ!」

 鼓膜を痺れさせるような肉声。
 今までのような、脳裏に響く声ではなかった。
 確かに今、この場にフォーマルハウトという竜がいる。
 真竜とはいえ、竜は竜だ。
 そして、トゥリフィリたちは竜を狩る者……大小二振りの斬竜刀(ざんりゅうとう)と共にあるもの。
 なによりトゥリフィリ自身、竜殺剣(りゅさつけん)を託された全生命の代表なのだ。

「おうキリ、なんか吠えてっぞ」
「ようやく真の姿を現したね。でも、弱い犬ほどよく吠えるって言うよ?」
「そりゃお前、失礼だろ。犬に。奴は犬畜生(いぬちくしょう)にも劣る宇宙の支配者様だぜ」
「かわいいもんね、犬。ナガミツ、また犬になってよ。私も遊びたい」
「やーだね。まあ、次の駆体のメンテの時にでも――」

 ちょっと二人とも、なに言ってるの?
 そう思ったら、自然とトゥリフィリの緊張感がほぐれて消える。
 同時に、ブルブル震える空中のフォーマルハウトから、怒りに満ちた声が割れ響いた。

「貴様等ァ! もはや生かしておかぬ、許せぬ……ッ!」
「っるせーな、もう喋るな。黙って消えろ」
「真竜フォーマルハウト、覚悟っ! 私が、私たち斬竜刀が」
手前(てめ)ぇを、(たた)っ斬る。覚悟はいいな?」

 返事は苛烈な衝撃波だった。
 呪いを帯びた爪が振るわれ、異世界と化した迷宮が揺れる。
 当たれば致命傷は免れない。
 まさしく神の一撃に等しい攻撃だった。
 だが、トゥリフィリは(すで)にいつもの自分を取り戻している。

「ナガミツちゃん、爪を折って! ディフェンスよろしく! キリちゃんは脚を使ってチャンスを待って! 隙は、ぼくが作るっ!」

 天変地異にも等しい激震の中を、走る。
 フォーマルハウトの眼光は、それ自体が破壊のまなざし。視線の先に次々と炎があがる。その中を疾駆するトゥリフィリは、どうにか銃弾で応戦した。
 自分に心の中で言い聞かせる。
 常に竜を倒してきた。
 真竜ニアラだって退けてきた。
 いつもと同じでいい。
 普段通り、竜を狩るだけだ。

「ヌウウウウウウウウ! チョコマカと五月蝿(うるさ)い家畜がァ!」
「少しずつでも削って、大技を出させる……そこだよっ!」

 縦横無尽に宙を舞う、左右一対の巨大な手。その片方をトゥリフィリの射撃が撃ち抜いた。ダメージが通った感触はない。だが、僅かに左右のコンビネーションにズレが生じた。
 それは、コンマ0秒に近い僅かな時間。
 だが、トゥリフィリたちにとっては永遠にも等しい瞬間だった。
 すかさずナガミツが前に出る。
 身を低く、翔ぶように真っ直ぐ突撃してゆく。

「死ににきおったか! 我にその血を捧げよ! 機械人形!」
「やなこった! 俺の全ては俺のもの、俺と共に歩く奴のもんだっ!」

 激しい衝撃音と共に、ナガミツの左腕が捻れて折れる。
 それは同時に、フォーマルハウトの爪が砕けるのと同時だった。
 その力は牙を割り、爪を裂く。
 渾身のディフェンスで、ナガミツのカウンターがフォーマルハウトの腕を止めた。
 止めようとして受けきれず、ダメージを負いながらも痛撃を返していた。
 さしものフォーマルハウトも、驚きを隠せない。

「我の手が、指が! 爪がァ! 家畜ごときにィィィィィィィ!」
「へっ、その家畜にお前は負けるんだよ。何故(なぜ)ならなあ」
「私たちは家畜じゃない、人間だからだっ!」

 逆巻く旋風(つむじかぜ)を置き去りに、ドン! とキリコが地を蹴った。
 その手に握った太刀を、鞘の奥へと引き絞る。
 縮地(しゅくち)(はや)さはトゥリフィリの目にも、一瞬遅れて消える残像しか見えない。
 全くの無拍子(むびょうし)、それは技の起こりがない秘奥義、究極の剣技だった。

「この技、日ノ本(ひのもと)凶祓(まがばらい)の血ィ! またも、またしても我等にたてつくか!」
「この瞬間、この一撃に全てを……我らが羽々斬(はばきり)の巫女の、まっとき刃を受けよ!」

 光が走った。
 それしか見えなかった。
 気付いたら、払い抜けたキリコがフォーマルハウトの背後に立っていた。彼女は無言でくるくると太刀を回して、静かに鞘へと収める。
 刹那、鞘ごと太刀は砕けて割れた。
 稀代の業物(わざもの)といえども、神代(かみよ)の技に刀身が耐えられなかったのだ。
 そして、フォーマルハウトは全く動かなくなった。

「バ、カ、な……我、は……真、竜……宇宙の、摂理……神……」

 ピシリとほつれた。
 そのままひび割れ、フォーマルハウトは無数の直線に刻まれ砕け始めた。
 トゥリフィリは勝利を確信して、腰の後に下げていた竜殺剣を握る。

「今だよ、トゥリ姉っ!」
「決めろ、フィー!」

 仲間たちの声に背を押されて、走り出す。
 両親からいろいろなことを教わって、ナイフの扱いも一通りは学んだ。だが、この刃は力や技で振るうものではない。
 竜殺剣は心で振るう。
 意思の力がそのまま刃になっているのだ。
 それが今は、胸の奥で理解できていた。
 だが……突如として()端微塵(ぱみじん)に爆散したフォーマルハウトは、まばゆい光を放って舞い上がる。それはあまりにも眩しくて、身を()くような熱光で周囲を塗り潰した。

《前へ戻るTEXT表示登場人物紹介へ用語集へ次へ》