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 その先に開けた空間では、意外な面々が各々に振り返る。
 エグランティエとカジカ、そしてシイナだ。
 そして、彼女たちの頭上に闇が(よど)んでいる。何度も何度も見てきた、真竜(しんりゅう)フォーマルハウトの紋章だ。それは今、暗黒よりも尚深い漆黒で光を吸い込んでいた。

「おや、フィー。タツキリとハバキリも一緒かい」
「あれぇ、わたしたちの方があとから突入したんだけどなー」
「あれだねえ、ここは空間も時間も、次元さえも歪んでるってことでショ」

 三人とも無事だ。
 だが、皆が手負いで血に(まみ)れている。
 どうやらトゥリフィリたちが来る前からずっと、フォーマルハウトと戦っていたらしい。
 三者三様に満身創痍(まんしんそうい)で、しかしその目に宿る光は強い。
 だからトゥリフィリも、仲間たちと共に並ぶ。

「みんなっ、無事? あとは任せて、ぼくたちが!」
「だーめっ! 横取り泥棒猫は嫌われちゃうよん?」
「シイナ、でも。みんなも、もう」
「へーき、へーき! ……フィーたちはさあ、わたしたちの切り札なんだから。前座くらいわたしたちに任せてねぇん? レッツ・露払(つゆばら)いっ!」

 それは、フォーマルハウトから闇が広がるのと同時だった。
 にらいで揺れるその影から、無数の触手が尖って伸びる。トゥリフィリたちは大きく下がったが、逆にシイナとエグランティエが前へと加速した。
 床に突き立つ仄暗(ほのぐら)い触手は、気体とは思えぬ質量で空間を揺らがせる。
 その中を二人は、一気に駆け抜けた。
 最小の動きで避け、致命打にならぬ一撃は裂けることさえ惜しんでの突撃。

「今度こそっ! エジー、バッサリやっちゃって!」
「ああ。守りは任せたよ、シイナ」

 抜刀の光と共に、一閃がフォーマルハウトを両断する。
 同時に、殺到する闇の刺突を全てシイナが弾いた。
 攻防一体の、息もつかせぬ戦い。
 それを一歩引いて支えているのは、カジカだった。
 彼は今、無数の光学キーボードを周囲に浮かべて、踊るように指を歌わせている。まだまだ聴こえて響くアダヒメの歌に、コーラスを添えるようなリズムとテンポだった。
 高レベルのハッカーによる支援と補助で、前衛の身体能力は強化されている。
 それでエグランティエとシイナは、互いを庇い合って戦えるのだ。

『ク、ヌヌヌ……これが、狩る者の、力……おのれ人間! おのれ地球人類!』

 真っ二つになったフォーマルハウトだったが、再び己を凝縮するように闇を集める。
 ダメージは通ってる、遠目に見るトゥリフィリにも手応えが感じられる。しかし、初めて悔しげなうめきを漏らしたフォーマルハウトは、さらに苛烈な攻撃を周囲へとばらまいた。
 それは、距離を取って見守るトゥリフィリたちさえも包みこんで八つ裂きにせんと迫りくる。すぐにナガミツとキリコが守ってくれたが、そのさらに前に小さな背中が立っていた。

「だーかーらー、フィーたちはやらせないってば。わたしを前に余所見? そういうとこだぞ、フォーマルハウトくん?」
『家畜風情が……種無しの出来損ない、繁殖能力を持たぬ無価値なイレギュラーが』
「るせーぞ、バーカ! 種もなけりゃあ実もならない、そんなわたしだって咲いてやるんだから」

 激しい衝撃波を伴い、鋭く尖った触手が乱れ飛ぶ中……その数本を片手で鷲掴(わしづか)みにしてシイナが立っていた。彼女がグイとその手に力を込めれば、引っ張られて空中の影が揺らぐ。

「今だよっ、エジー!」
「あいよ! ……そろそろ正体、見せたらどうだい? 手の内は読めてんだよ」
『グ、ググググ! 人間風情が! 我が真なる姿をさらすまでもないわ! この影で十分! 我が神意に逆らう罪を、その身で(あがな)うがいい!』

 瘴気が溢れてほとばしる。
 まるで悪意と殺意の濁流(だくりゅう)だ。
 濁る空気の中でしかし、エグランティエが抜刀した太刀で奇妙な構えを取る。
 まるで弓に矢をつがえるように、かざした左手の向こうにフォーマルハウトを見据える。そうして引き絞った右手には、一撃必殺の刃が輝いていた。
 びりびりと震える空気の中、彼女の周囲で床がめくれて瓦礫(がれき)が舞い上がる。
 エグランティエの髪が逆立ち、凝縮された力が臨界まで高められていった。
 同時に、それを襲う攻撃を全てシイナが叩き落とす。

「……一意専心。一点集中。シイナ、あと30秒おくれ。それで幕を引くよ」
「かしこまり! ってことで、カジカさーん? 例のアレ、できるよね? 前にノリト君がやってくれたやつ」
「あのねえ、気安くそゆこと言わないの。……今度こそ死んじゃうよ?」
「やだなあ、そこは(からだ)知ったる仲じゃない? ちょうどよく程々に決めちゃってよん」

 ナガミツが「え?」って顔になった。
 キリコも目を丸くして黙る。
 逆にトゥリフィリは、やっぱりかと思う自分が意外だった。
 そして、あまりに危険な大博打に思わず声をあげる。

「シイナ、それだめっ! 忘れたの? 一年前、東京タワーで」
「まーまー、ここは任せて。シイナちゃんだって男の子! いっちょ男気、決めてやるもんね!」

 それは、カジカが一瞬の戸惑(とまど)いを飲み込んだ瞬間だった。
 複雑なキータッチと共に、まばゆい光がシイナを包み込む。背にエグランティエを庇ったまま、激しい攻撃にさらされる彼が輝き出した。
 強いて言うなら、燃え尽きる寸前の蝋燭(ろうそく)だ。
 その最後の瞬間の、ひときわまばゆい生命の炎がほとばしる。

「おっし、キタキタ、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! ドンとこいフォマ公っ! わたしの鉄壁ディフェンス、抜かせないよん! 抜かせて、あげないんだからああああああっ!」

 血潮が燃えて沸騰し、全身から熱風が吹き出していた。
 シイナは着込んだゴスロリを胸元から左右に両手で引き千切る。華奢で細身の背中は、とてもデストロイヤーには見えない。そして、胸から貫通して未だにはっきり残っている、大きな大きな疵痕(きずあと)が見えた。
 刹那、その姿が見えなくなる。
 極限の集中力を高めるエグランティエの前が、残像だらけの見えない壁になった。

『ヌウウウウウウウウウ! 落ちろ、堕ちろ墜ちろ! 家畜以下の存在があああああ!』
「遅い、遅い遅い! そんなんじゃ、シイナちゃんの無限パリングは抜けないぜー? わはは! は……っ、グ! このぉ……おんどりゃあああああ!」

 一瞬に凝縮された無限の攻防が、終わった。
 吹き飛ぶシイナを貫通して、フォーマルハウトの攻撃がエグランティエを襲う。避けずにそれを余さずもらって、それでも彼女は構えを崩さず目を見開いた。
 既に全てのリソースを限界まで使い切って、カジカも片膝をついている。
 そして、決着の瞬間が静かに叫ばれた。

「序幕は終わりだ、正体を現せ……フォーマルハウトッ!」

 全身に食い込み刺し貫く触手を振り払って、血飛沫に全身を飾ったエグランティエの一撃。見えない刺突が距離を殺して、遅れて空気が切り裂かれる。
 音の速さを超えた乾坤一擲の突きが、影の中心を穿(うが)ち貫いた。
 それは小さな点。
 僅かに空いた穴。
 だが、それは闇を纏って影に隠れる、フォーマルハウトの本体へと届いたようだった。

「フィー、タツキリもハバキリも……頼むよ、真打ち……」

 血を吐き倒れるエグランティエの頭上で、影にひびが走る。
 そして、今までさんざんトゥリフィリたちを愚弄してきた巨大な紋章は、木っ端微塵に砕けて散った。その奥から、恐るべき姿がゆっくりと解き放たれれうのだった。

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