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 上下も左右もない空間を、ひたすらにトゥリフィリは駆け抜ける。
 ナガミツもキリコも、何も言わずに眼の前を走っていた。
 そして、三者は三様に足を止める。
 それは、脳裏に不遜な声が響くのと同時だった。

『人間よ……文明を喰む家畜よ。なにゆえ我に逆らう? なぜに真理に抗うのだ?』

 ナガミツやキリコにも聴こえたようで、二人は互いに頷き合ってトゥリフィリを振り返った。二人の眼差しに促され、一呼吸置いてからトゥリフィリは静かに言い放つ。
 全人類を、地球の生命を、あまねく宇宙の全てを代表しての一言。

「ぼくたちだって生きてるんだ。守りたい人がいて、支え合って生きてきたから」

 冷笑がくぐもって聴こえた。
 どこまでも暗く冷たく、嘲るような笑いだった。

『これは宇宙の摂理(せつり)なのだ……同時に、我ら七柱の真竜(しんりゅう)こそが、宇宙の平穏を管理している。我こそが唯一無二の正義なのだ』
「ぼくたちを家畜呼ばわりして正義なんだ?」
左様(さよう)。人間とて動物を家畜にし、食らう』
「そう、僕たちは誰だって、どんな動物だって……他者に生命を譲ってもらって、そうして生きてる。そのことに感謝と敬意を感じるからこそ、ぼくたちはここに来た」
『食物連鎖、その頂点が我らだという話だ。万物の霊長などとほざく人間、貴様らは自然を破壊し、惑星の寿命さえ貪り食らってきた』
「そのことは否定しない。同時に、それを防いだり癒やしたりする人だっている。けど、フォーマルハウト……君たち真竜はどうだい? ひたすらに文明を貪り、なにも感じないの?」

 一瞬の沈黙があった。
 トゥリフィリの言葉が響いた、そうとは考えられない。
 それでも、トゥリフィリは感じるままに思ったことを言の葉に乗せた。
 そこに偽りはなく、フォーマルハウトの語る言葉もまた真実。しかし、その物言いは一方的過ぎる上に、傲慢(ごうまん)なる(おご)りに満ちていた。
 神を自称し、あらゆる全てが自分のためにあると思っている。
 トゥリフィリたちのように、生命の循環の一部であるとは毛ほども思っていないのだ。

『笑止……笑止! 笑止! 笑止! クハハハハハ! これは失笑ものぞ、小娘!』
「笑止って、なんか派手に笑ってるけど」
「いいから黙ってろ、キリ。相手にするのも馬鹿馬鹿しいしよ。フィーの言葉が全てだろ」

 あ、そこ突っ込んじゃうんだ、とキリコを見て笑みが浮かんだ。
 気付けば手に汗を握ってて、全身が震えて汗に凍えていた。
 それでも、あまりにも普段通りのナガミツとキリコを見て、トゥリフィリの中の怯えや恐怖が溶けてゆく。

「僕たちは家畜を育てて食べるし、植物も魚も獲って食べる。住むために森を切り開くし、暖を取るため石油を燃やす。みんなでそれをやって、時には奪い合ったりもする。でも」

 でも、それでも。
 人類は愚かだと言われて否定する気はないが、愚かなだけだとは思っていない。
 それはトゥリフィリの両親がそうであり、仲間たちがそういう人たちだからだ。
 地球という巨大な生命体があるとすれば、恐らく人類はがん細胞かなにかだと言う人もいる。悲観的すぎるし、自嘲がすぎると思う。
 確かに人類は環境を破壊し、この惑星の数億年もの安定を百年で壊してしまった。
 だが、次の百年、次の次の百年もそうだとは限らない。
 そういう可能性は生まれ続けて、今もこの星に満ち始めている。
 ならば、今ここで不遜な神の生贄になる訳にはいかない。

「でもね、フォーマルハウト。人間には意思があって、心がある。人の姿を象る機械にすら、心が芽生えるんだ」

 ちらりとナガミツを見て、大きな頷きを拾う。
 そこには、無機質で無表情な人型戦闘機の姿はなかった。
 本質的にナガミツはマシーンだが、皆と同じ意思の力に満ちている。
 それは、長く辛い戦いの中でトゥリフィリたちと支え合ってきたからこその、心だ。
 そして、それが真竜フォーマルハウトには全く感じられない。

「心があって、誰かを想って、憎んだり恨んだり、(うらや)んだり(さげす)んだり……そして、それでもやっぱり誰かを大切に想う。そういう心がお前にはない。想像すらできないでしょ?」
『心……意思、想い……ム、ムウ……それは』
「理解しなくていい、わかる必要はないよ。今からその意味を……お前に刻みつけに行くから」

 改めての、宣戦布告。
 トゥリフィリはもしかしたら、生まれて初めての劇場に燃えたぎっているのかもしれなかった。自覚はないけど、これほどに怒りと憤りを感じたことはない。
 ほがらかで明るく優しい、ちょっと抜けててどこまでも普通で。
 そんな一人の少女、等身大の女の子として神に挑む。
 そう思っていると、目の前の空間が歪んだ。

『ならば来るがいい……我もまた、貴様らを刻んで千切り散らしてやろう。心や意思、想いといった形なきものが、どれほどに弱く儚い無意味な存在かを』
「本当に食べることしか考えてないんだね……宇宙の支配者とか言って、その実なにも生み出さない。生命の種をまいても、育てない。ただ消費するだけの悲しい存在、それが真竜」
『貴様ぁ! 我を、我らを黒うするか! たかが人間の小娘が』

 その時だった。
 今まで黙っていたナガミツとキリコが前に出る。
 眼の前には今、次のエリアへと続くであろうゲートが渦巻いていた。
 その奥、奈落の深淵にも似た闇の中から、呼んでいる。
 真竜フォーマルハウトが誘っているような邪気がほとばしった。
 だが、ナガミツとキリコは全く動じていない。

「るせえんだよ、黙れって……いや、黙らせる」
「私たちは斬竜刀、お前たち竜の天敵と知れ」
「あとなあ、ゴタクばっか並べやがって。食えるもんなら食ってみろよ」
「もし、私たちが真に狩る者ならば……お前になんか、絶対に負けない」

 眼の前のゲートが激しくゆらいだ。
 まるで、吹き出す瘴気が沸騰してるかのように揺れ動く。
 どうやらフォーマルハウトの逆鱗に触れたらしい。
 それっきり、脳内に響く声は聴こえなくなってしまった。

「……いい? ナガミツちゃん。キリちゃんも」
「おう」
「周囲にマモノやドラゴンがいない……みんなも今この瞬間、どこかで戦ってる」

 首肯を返して、まっすぐにトゥリフィリはゲートへと歩く。
 その先に待つは、神……正真正銘、宇宙鵜飼百(うちゅうかいびゃく)の瞬間から全てを支配してきたこの世の理、その具現体だ。
 確かに、宇宙の法則から見れば、真竜フォーマルハウトは正しいのだろう。
 この広大な世界の全てが、彼らの牧場であり食卓という訳だ。
 だが、それを見過ごせないし、はいそうですかと受け入れられない。
 何故なら、人間には、まっときあらゆる生命には、可能性の光があるからだ。
 かつて母星を滅ぼされたヒュプノスの民、エメルとアイテルが託してくれた。彼女たちが見出してくれた狩る者として今、最後の決戦へとトゥリフィリは挑む。

「んじゃ、ま……いつも通りにいこ」
「ああ。竜を狩るなんざ、俺たちには当たり前過ぎる日常だ」
「いつかそうすることがなくなるために。今は黙って斬るのみだね」

 三人で踏み出す先に、吸い込まれる感覚。
 そうして、視界が光に包まれた瞬間、トゥリフィリは見た。
 戦う仲間たちの背中と、その頭上に浮かぶ醜悪な闇の紋章を。
 全てを睥睨するかのように今、フォーマルハウトが宙にゆらゆらと浮かんでいるのだった。

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